第二十一話
そして翌日……。オレたちがそろって現れたので、アルミラさんと、エルネストさんは驚き、三か月ぶりの再会にアルミラさんと、抱き合ういとまも与えないほどに、ルジェナさんが婚礼のすべてを仕切り始めたんだよね。
数日かけるかと思いきや、半日ほどで婚礼の儀式は終わり、オレとアルミラさんは、ルジェナさんにともなわれて炭焼き小屋へと、移動していた。
ちなみに、今日からアルミラさんはここに寝泊まりするらしい。
「このようなところまで、ご足労いただいた理由なのですが……。アルミラ殿からの例の申し出なのですが、心苦しいのですがお断りいたします。例の事情はご承知のはずなので、そのご存念を聞きたくはありますが、意志を告げておきます」
なんだかよく分からないんだけど、オレに水の精霊魔術を使えるようにするための儀式とか、断られたって事でいいの?
「その事情はよく知っていますが、かなうことなら、それでも受け入れて欲しいと願いましたし、あなたにとっても悪い話ではないと思ったのですけど……」
よく分からないけど、アルミラさんは、やわらかい笑みで要求を口にするタイプ。
ルジェナさんが北風だったら、アルミラさんは太陽や~。
「ほ、ほう……。わたしには到底、そのようには思えないのですがねぇ……」
ルジェナさんは何を怒っているのか、こめかみをひくつかせながらも、アルミラさんには強く押せないのか、意志を曲げない事だけを表明していた。
「あなたほどの術者がわかりませんか? 以前のわたしと、いまのわたしの違いを……」
アルミラさんは、柔らかい笑みを浮かべて、両手を軽く広げながら、根気強い交渉を続けた。
「たしかに……。以前と比べれば格段に……。では、この男が……だと言うのですか?」
ルジェナさんはアルミラさんの耳元で話し始めたので、話の内容が完全に伝わらないんだけど。
「ですが、この男はあなたの……なのでしょう? いくら、野合や……多妻制が……とはいえ」
うーん。ルジェナさんにチラ見されてるんだけど、会話するたびに、眼光が鋭くなるのはどういう事だろう。
「わたしは、結果のすべてを受け入れるつもりでいますし、それだけの……があると思うのですよ。まずは、試すだけでも……」
よく分からないけど、アルミラさんがオレの事を信頼してくれているっていうのは、ひしひしと感じた。
「まぁ……。過剰なまでの魔法能力がある事は認めますが、それを制しきれているとは、到底言えませんね」
あ、悪口だと突然声が大きくなるとか、ほんとにもー。
「そのためにも、あなたの協力が必要なのです。なにがしかの対価が必要であるというのなら、わたしがあの……を引き継ぐ事を考えても……」
「まさか! そのような事ができるはずがないではありませんか。わかりました。村に来て、三日で縁が得られたら……。という事にしますよ」
「そうですか……ありがとうございます。出会い方が違っていれば、とも思いますし、あまり意固地にならぬよう……」
うわ、あのルジェナさんをアルミラさんが説教してるよ! しゅげぇ! マジで一生ついていきますぅっ!
「まさか、その日のうちにとんぼ返りするとは、お忙しいんでしょうねぇ……」
オレは恨みがましい視線をルジェナさんに放った。
せっかく二人っきりで甘い時間を過ごせると思ったのにぃっ!
「ええ……。こなしてもこなしても、仕事がなくならないもので、非才の身を嘆いていますよ……」
ちらっと聞いたところによると、ルジェナさんは水の部族の族長の次女で、事実上のオピニオンリーダーなのだそうで、すべてを仕切っているのだそうな。
「北東に向かってるみたいですけど、どのあたりにあるんですか? アインツヴァル子爵領に近いんでしょうか」
「アインツヴァルの西です。船で来たのなら、川が分岐していたでしょう。北の川を通れば、半日程度で村に着くんですよ」
男の戦士三人の中では、一番年若いミストさんに訪ねてみると、客人扱いになったせいか、気安く話してくれた。
だとしたら、いざという時の姫の脱出ルートとしても使えそうだなぁ……。
「ミスト! 次はおまえが斥候の番ですよ! 気を引き締めて!」
「はいっ!」
軽く雑談でもして情報を引き出そうかと思った次の瞬間、ルジェナさんが顔も向けずに指示を下し、ミストさんは表情を変えて、隊列の先頭に歩いていった。
「はぁ……」
徒歩で二日の旅……オレの体力では強行軍になりそうな事もあり、オレはため息を漏らした。
「ほえー……いい場所に村を構えてますね……天然の要害の地ですねぇ」
このあたりでは一番の台形の高地にあり、外敵の進入路は一か所に限られてる上に、張り出した岩の上には、川の対岸にある高地へと、木製の橋がかけられるようになっていた。
「フンっ――。知ったような事を……まぁいい」
ルジェナさんに鼻で笑われたけど、そんなおかしい事は言ってないよね?
「ですけど、水の精霊を奉じる村って言うから、湖みたいなのでもあるかと思ったんですけど」
まぁ、たしかに眼下の川に水は大量に流れているけど、イメージ的にはもっとこう……。
「早くついてこい! ぐずぐずするな!」
すたすたと歩いていたルジェナさんが、振り返りもせずに、オレに怒鳴った。もうやだ~。
「なるほど……。外縁部のあたりには木を残しているから、ぱっと見ただけでは、ここに村があるとは分からないんですね」
その後、ミストさんに村を案内してもらう事ができたんだけど、これまではお姉さんがルジェナさんの中和剤になってなっていたのが、いまではむきだしになっている事もあり、気のどくな程におびえているようだった。
「斜面を掘って平地を作って家を作ってるのかぁ。家は七つあるのかな?」
いま、ルジェナさんは一番大きい家に入っていったけど、族長に婚礼の報告をしているようだ。
「そうですね。六世帯がここに住んでいまして、一番手前の小屋に、オレたちが当番で詰めています」
「という事は、ここ以外にも世帯はあるわけ? 大規模なんだねぇ」
そういえば、火の部族のほかの人はどこに住んでいるんだろう。今度聞いてみよう。
「ええ……。ここを中心にして、周辺に八つの村があり、二百人ほどが住んでいますね」
ひぇっ? にひゃくにん? アデナでも西のはしのこのあたりでそれは、結構な人数なんでは?
「も……もしかして、そのすべてをルジェナさんが差配しているんですか?」
「ええ……。ルジェナさんが婚礼のために四日空けただけでも、混乱が生じているほどですから」
うわぁ……。それだけの責任を背負っているのなら、ある意味納得がいくなぁ。
「母に滞在の許可はいただいた。伏せっているので、お会いはできないが、客人を歓迎すると……」
なんか、族長が断ってくれたら良かったのに? って表情を隠しもしないんですけど~。
母って事は女性が族長になる方針なんだろうな。
「ありがとうございます……。もし困った事がありましたら、なんなりとお声をおかけください」
「いや、客人に働かせるわけにもいかぬのでな……」
即座に返答するとは、こっちのもくろみが読まれているんだろうなぁ。
「リザードマンが大量に繁殖し、群れをなしているとか。同じように、練度の高い攻撃をするようになったゴブリンと、オークロードの話があるのですが、いかがですか?」
このカードを切るしかないな。あんたら、婚礼の道中に襲われるほど戦力たりんのでしょ? アピールは逆効果っぽいんで。
「ゴブリンとオークロード……ですか」
うん。じっと見ていたから、まゆがぴくりと跳ね上がるのを確認できた。もう一押し。
「オレは、魔物語を話せるようになる魔法を使えますし、オレが捕まえたオークロードも尋問したんですよね――」
これでだめ押しだ。これでむげにするなら、将来の族長の資格がないと言っていい。
「では、お話をお聞かせ願おうか……」
何らかの巻き返しの策を練っていたみたいだけど、ここでそれをやると意固地って事にできるんだよね。
「ほう……。人間の側に裏切り者がいると……。それは聞き捨てがならんな――」
エルプシィの町での出来事を話すと、ルジェナさんはまゆを寄せて、特殊な草の根をせんじたらしいお茶を口にした。
「何をすれば縁が得られるかも分かりませんし、ただ無為に過ごすわけにもいきません。助力が得られるのなら、リザードマンを一匹捕まえて、尋問する事もできますが、どうでしょう?」
さらに、こっちからお願いしているようなニュアンスで、相手に居心地の悪さをプレゼント(笑)
「まぁ、指揮官級でなければ、さほど知能が高くないかもしれませんが、情報の有無は生死を分けると申します」
で、でたー! 頭も良くないのに、策士ぶってドヤ顔をするやつぅぅ。
「ならばさっそく手勢を集める事にするが、四・五人で事が足りるかどうか」
そうだよね。そんだけリザードマンが闊歩しているなら、見回りとかにも兵を割いているよね。
「そうですね。ほかを手薄にしたくなければ、わたしとミストさんでもなんとか……」
「それはどうかな。敵の群れが現れたからと言って、昨日のような事をされたのではわたしの立場がないのでな」
うわ、タイミングを狙っていたのか。
「ならば、そのあたりはお任せしますよ。夜が都合がいいのなら、いまのうちに仮眠をしておきますよ」
実際、歩き疲れたから休みたいんだよね。こう言っておけば、堂々と休めるじゃない?
「協力感謝する。ミストに寝床まで案内させよう……」
まぁ、少しはオレの事も認めてくれたみたいだなぁ。
「二匹……いや、三匹いますね。少し多いですが、どうしますか?」
結局、オレとルジェナさんとミストさんの三人で決行する事となり、夜目の利くミストさんが斥候を行ってくれていた。
「では、一匹の注意を引いて、こっちにおびき寄せましょう……」
「ほう……そのような事が……。では、お願いしよう」
「では……」
オレは無詠唱で光の魔法を最小限の明るさと大きさで顕現させて、草が生い茂っているあたりに定着させて、魔物語の魔法も唱えておいた。
「ミラゲルタァ……トゥスンラ……(こんな時期に光蛾でも集まっているのか?)」
「オルスタァ……ホンガゥル!(では、わたしが調べてきます)」
狙いはあたり、一匹だけがこっちの方に警戒しながら歩いて来ていた。
「ホルグェナ……ミレェタ(なんだ、もう光っていないぞ)」
リザードマンは、オレが隠れている位置に背中を向けていた。
(では……次に……魔力の矢よ!)
オレはおなじみの、魔力移動を使った魔力の矢をリザードマンに放った。
「トゥラッ……シゲシ……(なんだ……目が回る)」
リザードマンはこん倒したのだが、このままでは仲間がいずれ気づくはずだ。
「ホングァーリ! ラベラッ! スベィルタ!(おい! 誰か来てくれ! あっちの方で人間の姿が)」
オレは、これまたおなじみの拡声魔法を、残る二匹がいる方向の奥の方を起点に発動させて、魔物語で助けを呼んだ。
「ミィゲーラ! フンバルタ!(こんなところに、人間だと?)」
もう一人も駆けつけて来るものと信じたのか、二匹のリザードマンは、小走りで離れていった。
「もう大丈夫ですね。腕の腱を切って、用意した縄でしばりましょう!」
オレは、ミストさんの尊敬するようなまなざしと、ルジェナさんの複雑そうな表情に内心満足して、無事任務を達成した。
「ふぅ……いくつかのキーワードしか拾えませんでしたが、これは大きな前進だと思いますよ」
オレはリザードマンの拷問に立ち会い翻訳したあと、たき火の前にいるルジェナさんに語りかけた。
結局、『偉大なる指導者』だとか、『族長が急に体が大きくなって、賢くなった』というキーワードしか拾えなかったが、何者かが魔物に憑依して、一段階上の強さにした上で、指揮を執るようになったという結論が得られたのだ。
「そうだな……この事は、明日にでも全部族にて情報を共有できるべく、手配させてもらう。必要ならミグラの村とエルプシィの町まで走らせてもいい」
別にお礼は言っていないけど、情報の重要性と緊急性は認めてくれたって事だよね。
「そうですね。エルプシィの町はあれ以降、疑心暗鬼になっているようですし、人間の裏切り者ではなく、用済みになったから殺したという事を伝えるべきでしょう」
「おぬしの提案と行動に、心から礼を言わせてほしい」
どうにか、少しはルジェナさんに認められたようだ。