第二十話
「ひぃっ! ちっ……ちち、ちがいますって!」
魔物ならともかく、助けてあげた人間に命を脅かされる事になるなんて、初めての事で、オレは声が裏返ってしまっていた。
「何者かは知らぬが、自然を破壊して驚喜するような者が、部族の者であるはずがない! ならば、盗っ人かごろつきであると判断するのは、当然の事!」
たしかにその通りかもしれない。援護しようってのが第一で、自然の事とかは第二だと思ったけど、この人たちとは優先順位が違っていたんだ……。
「オレは……冒険者で……げふぉっ!」
「勝手な発言など許していないぞ、盗っ人!」
オレは背中の中心を圧迫されてしまい、顔を砂の混じった土の上に押しつけてしまう。
「冒険者? そういえば、これは魔法の腕輪だな……。だが、食い詰めた冒険者が盗っ人に早変わりする事など……」
うわぁ……そういえば、身分は保障しても、行動とかを保証してくれるわけじゃないよね
「ああ、ルジェナ! いったい何をしているのです?」
「姉上! 戻られたのですか……。見てください! これはエルネスト殿の小刀……盗んだか凶行におよんだかは分かりませぬが……」
あ、なんかさっきの人が戻って来たみたいだけど、ちっとも助かる気がしないのはなんで……。
「その方は、妹御のアルミラ殿の思い人なのですよ? 助けてくださったのに、なぜそのような無体なまねを!」
「なっ……それはまことなのですか? 姉上……」
「はい……。それに相違……ありま……せんっ」
オレは顔を上げる事もできないので、回りの砂をまき散らしながら、なんとか言葉を発する事ができた。
「あー……いでで。こんな痛い思い、アルケインさんのパーティーの時でもした事なかったよ」
ようやく解放されたので、オレは痛む手首をさすりながら立ち上がった。
「で、魔法でこの炎を消す事はできるのですか?」
「いえ……そのぉ……無理ですね。火の元素魔術しか使えないので……うーん……何か方法は……ぶわぁっ!」
背後から、オレの顔から上を水分の多い霧のような物が通過して行き、炎上している木々の火を消し止めていった。
「な……何をするんですか……」
後ろを振り返ると、ルジェナとか呼ばれていた妹さんは、川に手をやって、霧というよりは大量の泡のようなものを発生させ続けていた。
「このような暴挙を起こすなど、水でもかぶって頭を冷やすべきだと思ったからです!」
うわ……だめだ。こういう学級委員長とか仕切り屋タイプの上に理路整然としている上に弁が立って、反抗する気をなくすような、タイプの女性は苦手だぁ……。
「手段はおおいに間違ってはいましたが、身の危険も顧みずに支援していただいた事にはお礼を申しておきます――」
で、でたー! まず最初から否定で入るひとぉ。一応お礼を言ってるつもりなんだろうけど、説教されているようにしか感じないという。
「たしかに、後先を考えない行為でした……反省しています」
向こうもいちおうお礼を言ったのだから、こっちが反省しないと、向こうにポイントを与えたままになるから、オレはあわててしおらしい表情で謝った。
「ふぅ……なんとか、消し止めたようですね」
暗くなって来たので、オレは光の魔法を唱えていたんだけど、近づいて来たルジェナさんの容姿を、初めてまともに見たように思う。
紺色の髪を左右はあごの長さまで伸ばしていて、額はかなり出ている独特の髪型で、怜悧な印象を与える目と、すらりと伸びた鼻筋に、きつく閉じた唇が印象的だった。
「なにやら、中州のあたりで火を見ましたが、まさかあそこで野営をしていたのですか?」
ルジェナさんはオレの小舟と中州を交互に見て、いぶかしげに問いかけて来た。
「ええ……そうですけど。それが、なにか?」
「それがなにかですって? はっ! あんなところで寝ていたら、知らぬまにリザードマンに上陸されて、一撃で殺されてしまうところでしたよ? それで冒険者が勤まるとは……」
一定の敬意を払ってくれてるつもりだろうけど、オレの心にはビシバシと、容赦ない指摘が突き刺さっていた。
「いや、ここらがリザードマンの出没地帯だとは知りませんでしたから……」
「知らなかったと仰りましたか? これから赴く場所の情報も得ずに、たった一人で行動するとは、なんともはや……異世界の冒険者殿には度肝を抜かれますね」
うう……言っている事は間違ってはいないんだけど……どうよ、この、口げんかしても絶対負けそうな感じは。
もしこの人と人狼系ゲームをやって、敵対する関係だったら即座に白旗上げますから~。
「ふぅ……なんとか、応急処置はできましたよ……。ルジェナ……この方に、先ほどの非礼をおわびしたのですか?」
お姉さんがやって来たんだけど、なんか味方としては頼りにならなそう……。
「それはもう……」
「安全になりましたし、ここで野営をするつもりですが、あなたはどちらからおいでになられたのですか?」
「姉さん……あの中州で野営をしていたそうなのですよ」
「まぁ……」
「その、荷物とかを取って来ますね」
オレは、砂浜に乗り上げてしまっている小舟を、苦労して水辺に戻したんだけど。
「うわっ……船が流れる! もやい綱をわすれてた!」
「はぁっ……本当に世話が焼けますね。ミスト! あなたが船で、中州の荷物を回収して来なさい!」
ルジェナさんは、通りかかったミスト氏に命じてくれたので、オレはなんとかこれ以上の恥をさらさずにすんだ。
「もう、夜もふけましたし、姉上はお休みになってください」
「そう? では、よろしくお願いしますね? ルジェナ……」
たき火を囲んで、話していたんだけど、後方に置き去りにしていた荷物を、男の戦士二人が回収して、天幕を張り終えたので、お姉さんはオレにも礼を言って、天幕に入っていった。
「それにしても……。これまで、何人も紹介した村の若者を断っておきながら、異世界の男を迎え入れるとは……」
うわ、そこにまで文句を言って来ますか。
「その……アルミラさんたちとは、関係が深いんですか?」
「ええ……エルネスト殿とアルミラ殿は母が違いますが、アルミラ殿の母がわたしの部族出身なもので、いろいろと……」
っていうか、すべてが自分の思い通りにならないと気が済まないというか、相手を服従させないと気がすまない人なのかなぁ。
「それじゃあ、眠気も飛んだしオレが先に番をしますよ……」
「そうですか……では、お言葉に甘えて……」
そう言いながらも、ルジェナさんは自身の小刀の位置を確認しながら、お姉さんのいる天幕に歩いていった。
「はぁ……なぜわたしが、このような人間と……」
去り際にまでなんか、ディスられてるし……。勘弁して欲しいのは、こっちの方ですよ。
お兄さんとルジェナさんのお姉さんとの結婚で、当分アルミラさんと二人っきりになる時間なんて、取れそうにないなぁ。
オレは、星空を見上げて、たき火の煙が目に入って涙を流した。な、泣いてなんかいないんだからねっ!?
ええと、あのネタがわかる人はオサーンかオバサーンです。
ホイホイタグでもつけるべきかも。