第十八話☆
ようやく盛り上がりを見せます。
知人の絵師の、”一花”さんに依頼して描いてもらった挿絵を挿入しています。
本来のポーズを描く前に、立ち絵を描いて衣装の確認まで、
してくれたのですが、その立ち絵がシーンにマッチするので、
ラフ段階でありながら、無理を言って公開させてもらいました。
さらに本命のポーズのラフも投入しました。
*正式版に入れ替えました。
一花さんのサイト
http://a-flower.sakura.ne.jp/
「どうしてこうなった……どうしてこうなった!?」
オレは、蜂起した賊軍……というよりは、オルテナの国軍の黒槍騎士団が主体となった一万人ほどの軍勢が、アデナへと向かうために、大きな門に近づいて来るのを、その目で確認していた。
あのあと、散発的なゲリラ活動で、強硬派がひそかにため込んだ物資をことごとく燃やしてやったというのにだ……。
姫も暗殺されそうになった事を証拠まで用いて告発し、穏健派も力を増して暗殺者の組織などものきなみ摘発し、さぁあとはアデナの王子との結婚を正式な物にしようとした瞬間、ブチ切れたのだ。
誰がって? すべての黒幕だったオルテナの王子がである。王位継承者でもあり、すでに国軍の将軍たちのほとんどを掌握していたと言うんだから、もはや暴発だとか決起だとか、そんな生やさしいものじゃない。ガチの戦争の始まりだ。
いま、姫様はサモンさんとともに、お姉さんを連れて避難しており、この軍勢を押しとどめる事ができるかもしれないのは、オレだけだった。
ここまでの展開を架空戦記風の小説に仕立てるなら、たぶん文庫本一冊半ぐらい。だけどあんまりな展開ばかりなので、オレはできれば読みたくないなぁ。
「むぅぅ……一万人かぁ……そんだけあればじゅうぶんだと思ってるんだろうねぇ」
幸いな事と言っていいのか、まだ宣戦布告には至っていない。というか、不意打ちを決めるつもりらしい。属国による宗主国への戦争は、周辺諸国からのひんしゅくを買うのは当然なので、宣戦布告しなかったぐらいの不義理は、への突っ張りにもならないみたいなんだよねぇ。
「まぁ、ビビらせて逃げ散るように仕向けるしかないんだけど……ガチで向かって来たら白旗を上げるしかないけど……きっと、許してはくれないんだろうなぁ……」
まだレベルは六のままだし、火の矢を三本連続でぽこぽこ撃っても、軍勢がビビってくれるかなぁ。火の球は下手すると死人が出るしなぁ。
「って、進軍が始まっちゃったぁ!」
なにやら王子が訓示とかしていたんだけど、ついに足並みをそろえて、オレが隠れている門の方に歩いて来ちゃったけど、どうするよ? どうするオレ!
「そういえば、あの時……」
アデナの演習場で魔法の実演をした時……六人の冒険者がかかげた剣に、同時に炎の剣を発動させたけど、この世界での支援魔法は、一人一人にかけないといけないのが普通らしい。
「という事はだ……」
もしかして魔法の矢だって、三本だなんて縛りを忘れて三十本にして、それを十回起動すればいいんじゃね? 威力を最低限に絞って数をふやすのなら、魔力的にも大丈夫そうだし。
「いけるかな……いや、いけそうだ」
そうすれば、三百本の火の矢を発生させられるわけだ。それを軍勢の頭上に顕現させたら、ビビるっしょ?
「うーん……だけどなぁ……」
けど、その三百本の火の矢をだ。すべてのコントロールなんてできないから、地面にたたきつけてしまうと、たぶん十人ぐらいは死んでしまうよね。
架空戦記の主人公なら、十人の死で一万の軍勢の足を止められるならば! とか、泣いて謝りながら放つかもしれないけど、オレにはどっちも無理だ。
「三百本でも全員はカバーできないわけだし……そうだ!」
オレは、一度だけ誤ってサモンさんに火の矢を当てそうになってしまった事があり、その時にあわてて手前で爆散させたんだよね。それを全部でやったら、火の粉が超絶舞い散ってド派手だろうな。
「よし……それでいこう。もしダメならどうなるか分からないけど、人を殺してしまうよりかはマシだ」
オレはついに覚悟を決めて、隠れていた場所から、正門の城壁の上の通路に立ちはだかった。
「なんだ? まさか、姫様が戦女神の舞いを披露してくれるのか?」
「おまえ、あれは男だぞ? 姫様と間違えるとは、不敬きわまる!」
何人かの兵士がオレに気づいたようだけど、足が止まるわけもないよねぇ。ならば……。
「待て待て待てぇい! アデナの盾であり矛であるオルテナが、何を血迷っているのだ!」
オレは拡声の共通魔法を使って、軍勢のあたりに大音声を響かせた。
「なんだあれは? もんのすげー声だな。うちの将軍より大声じゃねぇか?」
「いやいや……人間が出せる声の大きさじゃねーって……」
ようやく、軍勢の足並みが乱れてくれたけど……まずは一発。
「ファイヤーボール!」
オレはまず、あいさつ代わりに通常の魔力量の火の球を、軍勢たちに被害のおよばない位置でさく裂させた。
「なっ、なんだぁっ?」
「何が起こっていると言うのだ!」
「いまのはあいさつ代わりだ。これより前に進むのなら、死を覚悟するがいい!」
なーんか、オレの方が悪人っていうか、怪人っぽいですよね。
「何者だ! 名を名乗れ!」
将軍らしい身なりの男が大音声で叫んだけれど……。
「いくら不満があるとしても、宣戦布告もせずに宗主国に戦争をしかける三流国に名乗る名などない!」
オレは拡声の魔法の倍率を上げて、罵声を浴びせた。
「うわぁっ……なっ、なんだぁっ?」
「あのしれものを、さっさと排除せんかぁっ!」
まだそんな事を言う気力があるんだ……じゃあ。
「ファイヤーアロー! ファイヤーアロー! ファイロー! ファファ! ロー! ロー!」
オレは舌をかみそうになりながら、ねんのため十度詠唱して、三百本の火の矢を軍勢の目の前に顕現させた。
「なっ……。なんだぁっ! もしかして、アレは全部攻撃魔法なのかぁっ?」
さすがに、それが自分に降って来るかもしれないともなれば、落ち着いてはいられないよね。
「ええい! 落ち着け! あれは幻影かもしれんぞ! オレたちを害する事など……あひゃぁっ!」
なんだかムカついたので、オレは一本の火の矢を、将軍らしい男のすぐ近くの旗持ちが持っていた軍旗に命中して、炎上させた。
(名誉を重んじるなら、その方が効果的だな)
「戦の前に、軍旗を燃やされるのは吉兆か? 大義名分なき無用の戦を仕掛ける賊軍に旗など無用!」
オレは、二百九十九本の火の矢のなかから、十数本を選んで、旗という旗に、手当たり次第に飛翔させて燃え上がらせた。
「ぬぅっ! 貴様、オルテナの王子が率いる軍を愚弄するのか!」
ついに本命の王子を激高させる事には成功したけれど、魔法の矢を浮かべていられる時間は少ないから……。
「否! 無用の戦を起こす者に警告しているのだ!」
オレは四本の火の矢で、王子がいる周囲の地面にさく裂させ、その後、王子の背後にある巨大な、将帥が持つ軍旗に火の矢を命中させた。
「うわぁぁっ」
「将帥旗が! 建国より一度も倒された事のない将帥旗がぁっ! 早く消せぇっ!」
うわ、そんな大事な物だったとは……サーセン。王子はやっきになって回りの兵に言ってるけど無理だって。
(あ、やべ……もう時間ない)
残る二百数十本の矢がぶるりと震えたのを感じ、オレは脂汗を流してしまう。
「まだわからぬかぁっ!」
オレはすべての矢を兵士たちに放ち、頭上数メートルの地点でさく裂させて、大量の火の粉を発生させた。
「うわぁぁっ! 消せ! 誰か背中の火を消してくれぇっ!」
「水だ! 誰か水を持ってこーい!」
うん。完全にパニくってくれたんだけど……。
「ええい! ひるむな! くせ者はたった一人ぞ! なぜ討ち取れぬ!」
うわぁ、王子はあきらめてないのか……さすがに、国軍だけあって、王子の目の前でてんでバラバラに逃げるわけにはいかないか。
「まだわからぬか! ファイヤーボール!」
オレは頭上に四発のファイヤーボールを生じさせて、更なる威嚇を試みた。
「ひぃっ! 今度は火の球が四つも! あんなのを食らったら、一発で十数人は死んじまうぞぉっ!」
(うん。誰だか知らないが、いまの具体的な恐怖はとてもグッド)
「これを、首謀者の王子に放つ事など、簡単であるのが分からないのか!」
「脅しだ……何者かは知らんが、オルテナをたった一人で敵に回せる人間など、いるはずがない!」
王子はまだへこたれず、崩れかけた全軍の士気を回復させようとしていた。敵ながらあっぱれと言いたいが、その頭の固さはいかんともしがたい。オレが王子なら交渉に乗ると思わせて包み殺す。
「言っても分からないやつには……こうだ!」
オレは火の玉のひとつを王子に直撃するコースで放った。
「うっわぁ~逃げろぉ~」
王子の親衛隊は逃げなかったが、その周囲の一般兵が数十人、オレに背を見せて逃げ出した。
「さく裂!」
オレはギリギリの距離になってから、ファイヤーアローの時のように、さく裂させた。
「うわぁっ……くぅっ……」
「ひぃっ! オレの髪が……オレの髪がぁっ!」
「王子をお守りしろぉっ!」
死にはしないけど、当たり所が悪い人は五百円玉ハゲができるかもしれないレベルの火の粉をばらまいた。
「宣戦布告をしていないいまなら、内々に済ませる事もできるが、一度剣がさやから離れたら、二度と取り返しがつかない事になるぞ」
残り時間も迫っていたので、オレは残る三つの火の球を、軍勢の方に向かって放った。
「に、逃げろぉ! いや、転進しろぉっ!」
「命あってのものだねだぁっ!」
先ほどのようにさく裂させたとはいえ、さすがに士気が低い兵士は雪崩を打って逃げ出したが、二・三千人というところだろか。
「まだ……まだわからないというのか……」
すでに魔力は理論上では限界に近づいているけど、車だって、エンプティマークに近づいても結構走れるよね……。
「ファイヤァッボォール!」
オレは最後の気力を振り絞って、ふたたび四つのファイヤーボールを出現させた。
「なっ……結局、脅しでしかないではないか! なにをおびえる事がある!」
まだ王子の心は折れてないようだけど……ごめん、オレの方が先に折れちゃうかも。
「くそぉっ! 姫はまだなのか! 戦女神の加護さえあれば、あんな化け物なんかに負けるものか!}
「そうだ! アインツヴァル姫が我らを加護してくれるなら、どんな敵にでも立ち向かえる!」
なぜ一般の兵士の心が折れないのかと思っていたけど、理由はそれか。姫の逃亡の真相については兵士に知らされているわけもなく、いずれ合流するとでも言っているのだろう。
「頼む! 頼むから、オレに人を殺させてくれるな!」
オレの魂からの叫びに、七千人ほどの軍勢がざわめくのを感じた。
「オレを本当の意味での……化け物にしてくれるな……くふぅっ」
さすがに限界を超えていたのか、脳の内圧が上がり、耳が遠くなり、目の毛細血管が切れて、視界が紅く染まり始めていた。だが、この魔法のコントロールを失ってしまえば……。
「くっ……こんなまねをしても……戦争の流れは止められないとでも言うのか……」
オレはついに立っていられなくなり、あわてて空中でファイヤーボールを拡散させた。
「なんと言って礼を言えばわからぬが、言葉にできない感謝の気持ちが胸の中であふれているぞ……ストレイン殿」
いつの間に近づいていたのか、後方に倒れそうになったオレを、姫様がささえてくれていた。
「オルテナの民よ!」
まだ拡声の魔法は継続しているのか、姫様の声は戦場一帯に鳴り響いた。
「なんだ……姫様が、あいつを倒してくれたのか?」
「さすが、オレたちの姫様だ!」
「戦女神たる姫様の加護さえあれば、我らはいかような敵とだって、戦い、勝利してみせるぞ!」
将軍の一人らしい人が、こめかみに血管を浮き上がらせて、げきを発していた。
「いまここで誓おう! わたしは戦女神として……この無用な戦を収めんとした、この魔術師を加護する!」
姫様のその言葉に、足音や武具が鳴る音がぴたりとやみ、兵士たちは彫像のように、その動きを止めていた。
「アデナに攻めかかるというならば、このわたしのしかばねを踏み越えてゆけ! せやぁっ!」
姫様は手にしていた槍の石突きで足元の石を砕いて、その決意を見せた。なんか、最後にいいところ全部持っていかれたような……。けど、その方がいいのかな……って、世界が回るよ……。
オレはいつしか意識を手放してしまっていた。
「揺れる……世界が揺れている……オレは死んでしまったのか?」
目の前の大空はふわふわと揺れていて、その雲のひとつさえつかめそうにない。
「姫様! ストレイン殿が目覚めましたぜ?」
「うわぁっ……なっ……なんだ、この化け物は……って、サモンさんかぁ……」
目の前に針金のようなひげを生やした巨大な何かが出現したとおもったら、サモンさんがのぞき込んでたみたいだった。
「ちょっ……化け物とはひどいですぜ?」
「このアングルだからか……それにしても、どうして揺れてる?」
「止めろ! 馬車を止めてくれ!」
「うぉっとっと……」
馬車が止まる衝撃で、オレの体はぐらりと揺らいだ。
「ストレイン殿……わたしは……わたしは……」
今度は姫が荷台に上がって来たようで、オレのほおに熱い涙が落ちた。
「あー。じゃあ、あっしが前方警戒しまさぁ……」
空気を読んだのか、サモンさんが馬車を降りていった。
「このまま……目を覚まさぬのではないかと思い……」
うわぁ……こんなに姫様泣かせちゃって、アルミラさんのところにいるエディウスさんが知ったら、髪を逆立てて怒りそうだな。
「どれぐらい時間がたったのかな? そんで、なんで馬車に乗ってるのかな? そんで、なにがいったいどうなったのかな……」
姫様がオレを加護するとか言ってたのは覚えてるけど……。
「あれから半日もたっておらん……馬車に乗っているのは、わたしが正式に国を出奔したからじゃ……。あのあと、軍勢は退いてくれたが、わたしは理解を示してくれた父王と共謀して、戦女神のまま、ほとぼりが覚めるまで逃げ出せと言われたのじゃ」
「なるほど……戦女神が加護してくれたら、どんな敵とでも戦うし、ひるまないとか言ってたけど、加護してくれないんなら、戦えないんだ。そんで、暗殺されないように逃げ出す事になったんだね」
なんとか、情報を整理して、把握する事ができたけど。
「その通りじゃな……」
「オレは結局……。一歩を踏み出す事ができなかった……。王子を倒せば、一人の被害で兵乱を止められると分かっていたのに……」
「一人の死者も出さずに、一万の軍勢を止められる者が、ほかにいるものか……。そんな優しいストレインだからこそ、わたしは……」
姫様は瞳を潤ませたまま、無言でオレを見つめていた。
「!?」
目の前が暗くなったと思った次の瞬間、柔らかいものがオレの唇をふさぎ、豊かな乳房がオレの胸板に押しつけられるのを感じた。
「これがわたしの、いつわらざる気持ちじゃが、これ以上は戦神を怒らせてしまうゆえな……」
姫様は耳まで真っ赤に染めて、驚愕しているオレの眼前で、柔らかい笑みを浮かべた。
その後、オレたちはアインツヴァル子爵領まで逃げ込み、門を閉ざして外部の者を拒絶する旗を立てて、事態が沈静化するのを待つ事になった。
オレが本調子を取り戻したのは、一か月ほど後の事で、再会を約して姫やサモンさんと別れて、アルミラさんが待つ家路へとついた。
カットしすぎだと思う方もいるかもしれませんが、
この作品はあくまで架空戦記ではなくて、魔物とのバトルと、
主人公の成長ものですので、ばっさりいきました。
あと、一万って吹きすぎだろと思うでしょうけど、
戦闘要員は四割以下です。
残りは補給とか、占領後の要員です。
あくまで一エピソードにすぎないんで、後半も盛大にはしょりました。
第四章は、水の精霊使い編です。お楽しみに!