第十五話
お姫様編、本日のラストです。
「アデナの盾にして矛たる事を誉れとするオルテナより、我らが父であり母であるアデナ王国に、些少ながら、感謝の品を持参致しました。御笑納くだされば、我らこれ以上の喜びはありません――」
姫様は、六十そちこちの覇気を感じられないアデナ国王と家臣の前で、堂々と口上を述べて献上品を盆に載せて平伏した。
「うむ……オルテナの忠節の誓いを受け取る……」
アデナ国王は最低限の形式で済ませて、家臣に告げて献上品を受け取らせていた。
初めて会ったけど、この王様じゃあダメだと言う事が、ありありと分かった。
属国の王族である姫の方が、よっぽど支配者としての風格を有していると思うのは、身内びいきか美人補正か……。
「姫様……ストレイン殿……無事で何よりでさぁ!」
さすがに、サモンさんは中に入る事ができず、警備本部にある会議室で待機してくれていた。
「アデナ領内で暗殺者に襲われたとか……。我らの怠慢としか言いようがなく、アデナ王宮の護衛隊長としての身分でしかありませんが、謝罪致したく思っています」
王宮の警備責任者である壮年の男性が、姫様の前で非公式ながら、深々と頭を下げた。
「いや、暗殺者を放ったのはオルテナ内の強硬派である故、そちが責任に感じる事ではない。頭を上げてくだされ」
姫様は秘密をばらしてまで、個人的に謝ってくれた責任者に温かい言葉を投げかけていた。
「ところで、姫がアデナで滞在する場所はどこなんです? それと期間はどうなってます?」
警備の責任者や正式な使節の人も帰り、オレと姫とサモンさんだけになったので、オレは素朴な疑問を口にした。
「うむ……アデナにある、オルテナ大公国の屋敷を使わせてもらう事になっておる。滞在期間は特に定められてはおらぬが、一週間というところかの」
「そうなんですか。じゃあ、サモンさん。オレたちは宿を取ろうか」
「何を言っておる? そちは護衛であろう? さほどのもてなしはできぬが、サモンともども屋敷に泊まればよいではないか」
姫様は目を白黒させながら、驚くべき言葉を口にした。
「いいんですかねぇ……まぁ姫がそういうのであれば、お言葉に甘えますか……」
「なにせ、首都だけに宿代もばかになりやせんからな……」
姫様が怒らないからいいけど、すっかりふだんのサモンさん節を全開だよ……。
「視察先のアポとかはどうなってます?」
「ふむ……アデナ王国内での行動は制限されておらぬし、最大限の便宜を図ってくれるそうだから、よっぽど忙しい人物でなければ、会う事はたやすかろう」
「じゃあ、さっそくどこかに顔を出してみますか? まだ日も高い事ですし……」
「そうさな……なれば、在アデナ救済高等弁務官事務所に顔を出しておきたい」
「オレの世界の人たちとですか? 光栄ですね」
姫様は意外な希望を口にしたが、山口さんなら、会う事はできるんじゃないかな。
「うむ……。そちと出会ったため、そちの世界の人間に興味を持ったのじゃからな」
「えぇと、西の方にいけば事務所でしたっけ?」
「そうですな。あっしが案内しやすぜ!」
「ほほ……サモンのような愉快な従者がいるとは、ストレイン殿がうらやましいぞ」
「いや、従者じゃなくて対等な関係ですから。むしろ面倒を見てもらってる側ですから」
「ストレイン殿は腕は立ちやすが、世知にうといですからな。まだまだ目が離せやせんぜ? がっはっは!」
サモンさんのその言葉に、姫様まで大笑いしてしまっていた。
「いずれお見えになるとは思いましたが、まさか最初に訪れてもらえるとは光栄です……」
冒険者ギルドの隣にある、高等弁務官事務所に顔を出すと、山口さんが折よく外出先から帰って来たところだった。
「ええと、高等弁務官の人と会うにはアポが必要ですかね? いろいろ忙しい人だと聞いてましたけど」
「高等弁務官の斉藤ですが、出張先から戻ったばかりでして、小半時ほどお時間をもらえますでしょうか?」
おお、なんだかタイミングが良かったかも。
「じゃあ、さっそく姫の護衛の事で報告しておく事があるんですけど、山口さんは時間は大丈夫ですか?」
「ええ……では、会議室の方に案内致します」
「というわけで、強硬派が放った暗殺者に襲われていまして、なんとか駆けつける事はできたんですが、護衛のエディウスさんは、いまだワルゲンの村で療養中なんですよ」
「なんとまぁ……ストレイン殿を派遣する事ができたのは、暁光ですな……」
「これが、暗殺者が石弓から放っていた、火薬式の弾頭なんですけど……マッチの技術が流用されたんじゃないですかね?」
オレは爆裂芯と呼ばれていた弾頭を山口さんに提出した。
「以前から似たような物はありましたが……導火線に火をつけてから発射する物だったのですが、まさかこのような形で兵器になってしまうとは……」
やはり摩擦によって着火する方式だったようで、山口さんは汗をかいてしまっていた。
「技術供与ですけど、いろいろ考えた方がいいと思いますよ。たとえば、この世界には米がないですけど、もしそんな物を持ち込んで、食糧生産力が少ないおかげで独立を断念しているような国に渡ったら、戦争の火種になりかねませんよ」
日本でも人口が爆発的に増大したのは、定住して米を作るようになってからだそうだし、在来種との混合種が有害なものだったりしたら、それはそれで危なそうだしねぇ。
「うぅむ……それは、我が国の事じゃなぁ……たしかに、平地はそれなりにあるのじゃが、麦の育たん場所ゆえ放置しているのじゃが、耕作可能となれば、自治独立への道をたどる事になるのは、火を見るより明らかじゃ」
「土壌改良とか肥料の知識とか、休耕地とかの知識……封じておくのが得策だとオレ個人としては思います。特に食糧生産が少なくて、飢えてるって話でもないですし」
二流大学に一浪して入った程度のオレの頭でも、それぐらいの事は分かるんだけど、どうなんだろ。
文化人類学の教授で尊敬する人がいたから、無理して入って、授業にこっそり潜り込んだんだよなぁ。
「申し訳ない……そういった懸念はまるで考えに入れていなかったのです……」
「ま、マジっスか?」
オレはいすからずり落ちそうになってしまっていた。
「異世界とつながったぜ、わーい。じぶんたちだけしか知らない事がある。それを教えたらなんかいい事ありそう。進んだ技術を教えてやるぜ、この愚民ども! とか思っていたわけですか?」
「いや、そこまで思い上がってはいませんが、五十歩百歩というような状況でして……」
山口さんは額や耳の上のあたりから、大量の汗を流してしまっていた。
「えぇと……そういった事を決める委員会とかはないんですか? こっちでも向こうでも……」
「高等弁務官というのは、かなりの決裁権を持っていまして……。アデナ王国と月一で折衝する程度ですね」
向こうとか言っちゃったけど、もうそんだけこの世界になじんでしまったんだなぁ。
「うーん……魔物相手とはいえ、実際に生死にかかわる経験をした冒険者とか、有識者を集めて委員会を作らないと、この世界がヤバイですよ」
「いやはや……なんとも、耳が痛いですが、わたしとしては、その通りだと思います……」
「なに? 高等弁務官殿は、頭はいいけど、お花畑とか、そういう人なの?」
「いや……そういう事はないのですが……現在は派手な外交ばかりを重視しています」
山口さんは見ていて気の毒になるほど、ワイシャツに汗をにじませてしまっていた。
今回も戦闘がなかったですね。
なので、戦闘のある回と三話セットにしました。
読んでの通り、お姫様編は、まだまだ続く予定です。