第十四話
お姫様編2/3です。
「ふぅ……ようやく、人心地がつきやしたぜぇ……」
「そうだね……さすがにこれだけの人の目についちゃ、暗殺とか無理だろうしね」
ワルゲンの村で、二時間ほど襲撃におびえながら警戒していると、東の草原から、十数人の騎兵が駆けつけてくれたので、周囲を騎兵に囲まれながら、アデナへと続く道を進んでいた。
「むぅ……肋骨だけではなく、足首も折れていたとは、エディウスめムチャをしおって……」
護衛の騎士のエディウス氏はまだ動かせないので、アデナから治療師を送るという事になったので、姫様はオレのすぐ後ろを歩いていた。
「馬車でも用意できたら良かったのですが、なにぶんアデナ王国内には貴族もいないので、その用意がありませんでした。誠に申し訳ない……」
正式な使者の人が、姫様の斜め後ろを影も踏まないように留意しながら、弁解していた。
百年ぐらい前にはアデナ王国にも貴族が大勢いたそうだけど、領地を持つ大貴族といえば、オルテナ大公ぐらいのもので、あとは手柄を立てた事による一代限りの名誉貴族がごく少数いるだけだそうなのだ。まぁ国力自体もあまりないし、そういう貴族を養っていけないって事なんだと思う。
「姫君……少し疑問があるのでお伺いしたいのですが、朝貢との事ですが、荷物とか持って来ているわけじゃないですよね?」
オレは歩く速度を少し落として、姫様と並んで、素朴な疑問を口にした。事実上の警備責任者になった以上、すべてを把握しておかないと困るしねぇ。
朝貢というのは、属国が宗主国に金品を定期的に送る事で、支配下にある事を確認し、今後も保護してもらう事を確認する儀式だと思うんだけど。
「ああ……。おぬしは知らなくても不思議はないな。三年に一回の朝貢なのじゃが、当代に一人しか現れぬ戦女神は、戦闘妖精という存在を時間をかけて召還し、結晶に封じ込める事により、いざという時に魔法で守ってくれる護身具のような物を作れるから、それを献上しているのじゃ」
そう言って姫様は、ラシャのような光沢の布で作られた小袋を首から提げていたようで、取り出して見せてくれた。
「なるほど……あとから荷馬車でも来るのかと思ってました。えぇと、その戦女神というのは、オルテナの王族の人しかなれないんでしょうか?」
「いや、初代の戦女神は王族であったが、それ以降は民衆から現れる事がほとんどじゃな。名誉職のような物ではないぞ?」
まぁ、名誉職で神聖魔法が使えたら世話ないよね。
「姫君のお力は、この目で確認しましたし、そのような失礼な事は考えていませんとも……」
ちょっとなれなれしかったかな。正式な使節の人が、ヒヤヒヤしているみたいだけど。
「当代に一人というのがキモでな。穏健派の王族が戦女神であるがゆえに、オルテナ国内の強硬派が、事を起こせないという理由があるから、わたしを亡き者にしようとしているのじゃ……」
うわ、ものすごい重くて深い話をさらりと告白されてしまった。胸襟を開いてくれてるって事なんだろうなぁ。
「というと、戦女神の加護がないと戦えないと思っている兵士が多いんでしょうね」
「そうさな。特に当代は王族でもある故に、一般の兵からの受けは良いのじゃが、軍需産業を基盤とする者どもは、渋い顔をしているのが現状じゃ」
姫様は自分の事なのに、ものすごく客観的に受け止めているようで、これが帝王学かとオレは感心した。
「これまでオルテナが自主独立の道を選ばなかったのは……。もしかして、領内に穀倉地帯がなくて、食糧生産はアデナからの輸入に頼っているからとかですか?」
オレはさすがに小声で、姫君の耳元でささやいた。
「ほう……さすがに慧眼よな。それも大きいが、背後に広大な安全地を持つが故に戦争に専念できるというのは、大きい利点であったのじゃ」
「オレはアデナとは中立の関係だから言いますが、内政をつかさどり、民を豊かにして善政を敷く……そういった事に特化した政府を作り、その代わり国の守りや外交は対等な同盟国であるオルテナが行う……ような事ができるのなら、問題は解決しますよね」
「むぅ……そなた、アインツヴァル子爵領の宰相兼宮廷魔術師にならぬか……そのような視点はこれまで持ち得ずにいたのじゃ」
ちょっと背伸びをして、突っ込んだ話をすると、姫様は目をむいてオレを注視してそんな事を口にした。
「自分は宰相が務まるほど頭が良くありませんから、それは辞退しておきますが、成立当初はそういった関係が続くと思っていたんでしょうか」
「まぁそうじゃな……。だが、代を重ねるごとに、外敵のおらぬアデナ王国は内政に精を出す事もなく、平和をただ享受し続ける体質になっていったのじゃ」
宗主国たるアデナ王国への批判まで飛び出すとは、相当信頼してもらったって事だろうなぁ。
「まぁそれでも、アデナを敵に回して四方を敵にするのは、利口なやり方でもないですし、後背地を確保するためにアデナに侵攻するのでは、占領地の守りだけで戦力を使い切ってしまいますよね」
戦国時代の国取りゲームとかやっていると、隣国が疫病で戦力がガタ落ちになって喜びいさんで攻め落としたけど、次の月に本国が攻め落とされた。なんて経験をした人もいると思う。
「おぬしは頭が良くないとか申したが、それは行きすぎた謙そんであるぞ?」
「いや、本当に計算をしたりいろんな事を覚えたりとかは、まるで苦手なんですよ。好きな事なら、いくらでも覚えていられるんですけどね」
ハマったレトロなRPGのマップとか、そういうのはいつまでたっても忘れないんだよね。下八北二東八とか。
「ふむぅ……だとすると異世界の教育水準が異常に高いのであろうな……だが、おぬしの言葉のひとつひとつには重さを感じるのじゃ」
こっちの世界に来るまでは、お気楽極楽と言ってもいいような生活だったのに、どんだけ高評価って話だけど、いつかあきれられそうなのが怖い。
「まぁなんにせよ、今回の魔物騒ぎ……アデナ王国には、いい薬になったのかもですが、異世界に頼るという結論に出たのがダメっぽいですね」
この姫様は支配者として、ダモクレスの剣を頭上に感じているみたいだけど、アデナ王国の王様はどうなんだろうか……まだ、会った事もないんだよね。
ダモクレスの剣というのは、頭上に一本の糸でつながれた剣がぶら下がっていると感じる事で、人の上に立つ重大性を表したことわざだったよね。
「アインツヴァル姫……ストレイン殿……まもなく、アデナ王国からの迎えが到着するそうです」
早馬がアデナの方から走って来て、正式な使節の人に何かを伝えたようで、横から恐縮そうに割り込んで来た。
「えぇと、オレはどうしたらいいんですかね? 一介の冒険者は、王宮には入れないと思うんで、詰め所みたいなところがあれば……」
オレは正式な使節の人に素朴な疑問を口にした。
「そちは薄情じゃな……。エディウス不在のいま、そち以外に頼れる人間なぞいるわけもなかろう。正式な護衛として、胸を張っておればよいのじゃ」
「それで問題ないかと思いますよ……特別な許可証も発行されていますから」
正式な使節の人が、笑みを浮かべてオレに話しかけて来た。
「そういう事なら、非才ながら姫の後ろにて、盾となりましょう」
「うむ……頼りにしておるぞよ」
姫は破顔一笑し、手を腰に当てて胸を張った。