第十三話
本日は、武闘派のお姫様編三連発です。
「どうかな? これなら、失礼がないと思うんだけど」
三日後……オレは、いかにも魔術師に見えるローブを羽織って、使い道はまだ分からない杖を手にして、合流の予定地で待機し続けていた。
「そうですなぁ。しかし、ちっとも来やせんぜ……」
サモンさんの姿は遠目に見ると、山賊に見えなくもないような格好だったので、第二王女の護衛にふさわしい、白銀の鎖かたびらと、魔力が付与された丸盾を準備金を使って購入して装備させていた。
針金のように硬い無精ひげをそってもらい、髪型を整える事で、なんとか文明的な顔立ちになったけど、どうにもこうにも、にじみ出るワイルドさは隠せない。
「おかしいですね。手前のホルクスの町を予定通りの時間に出たと、早馬が来てますし、一時間ほど遅れていますね」
護衛についての話し合いをする正式な使節の人も、予定の遅れに困惑していた。
ホルクスの町というところから、もうアデナ王国だそうなんだけど、北のオルテナ付近の事は、まったく知らなかったので、あわてて勉強したのだった。
「ホルクスの町で引き継げばいいと思うんですが、何か理由でもあるんですか?」
ここまで来る間に、そこそこ親しくなっていたので、オレは素朴な疑問を口にした。
「そうですね……実は、ホルクス周辺は名目上は、アデナ王国領なのですが、実質的には……」
「そういう事ですか……大人の事情ってやつですね」
もう、どっちが主体か分からない状態なわけね。そりゃあ気を使いそうだ。
「むっ……あの音はなんだろう?」
前方には街道が一直線に伸びており、左側は岩山のような領域が多く、右側には広大な森が広がっているんだけど、その森の方で、あまり聞いた事のない音が響いてきたのだ。
「乾いた音……もう少し近づいてみない事には、どうとも言えやせんが、火薬を使った武器かもしれやせんぜ……」
ファンタジーなのに、なぜ火薬と思ったけど、地球でも紀元前から存在するんだし、不思議じゃないよな。
「サモンさんはここで待機をお願いします。オレは、様子を見て来る事にします!」
「がってんだ!」
サモンさんは伝来のファルシオンを抜いて、丸盾とともに防御態勢に入りながら、快諾してくれた。
「はぁっ……魔術師のスタミナなんて……しれてるよな」
下りこう配であるので多少は楽ではあるが、オレは街道をそれて、森の方へと分け入っていった。
「ここから逃がすな! 早く始末しろ!」
「くっ……やつらめ……。爆裂芯まで持ち出すとは、皆殺しにするつもりか」
オレは小走りで、時折爆発音のようなものがする方向を起点に、拡声の共通魔法をかけて、情報を収拾していた。
「姫! ここはなんとしても逃げ出して、やつらのたくらみを阻止してくだされ! わたしが時間を稼ぎまする!」
「そんなっ……忠勇なる配下を捨てて逃げるなど、オルテナの恥ではないかっ!」
「恥だろうがなんだろうが、このままでは連中の思いのままになりますぞ? アデナの盾と矛ではなく、侵略者としてのオルテナの姿を見たいのですか?」
「だが、やつらから逃げ切れると思うのか? エディウス!」
「アデナ領内で、姫様が殺害されては、この流れをもう止められなくなってしまいます!」
「うぅむ……なんだか知らんが、ドラマチックだな」
走っては休みの状態で接近しているけど、このままじゃ、その姫様が生きているうちに追いつけそうにないな。
「そうだ……ファイヤーアロー!」
オレは、火の矢を三本顕現させて、空中に三方向に分けて解き放った。
「なんだあれは? 目撃者の火矢か?」
「ええい、やっかいな! さっさと始末してこい!」
「姫! この坂を登り切れば、アデナの救援が来ているのかもしれません! どうか、御身をお大切に!」
「わ、わかった! 救援が来ているのならば、呼んで来る! なれば、しばしの間……死ぬでないぞ!」
「なんとか、狙い通りに事が運んだようだけど……接近させなければ、大丈夫だよね……ファイヤーアロー!」
オレは、破壊力ではなく、持続時間を延長させる事をイメージして、三本の火の矢を頭上に顕現させた。
「貴様! 何者だ!」
「うわぁっとっと!」
横合いから石弓で矢が打ち込まれて来たと思った次の瞬間、弾頭が破裂して乾いた音が響き、火薬のにおいが鼻腔を満たした。
「せやっ!」
灰色の衣装を着て、大量の太矢をショットガンの弾のようにして、身にまとっている兵のベストに、オレは火の矢をかすらせた。
「うわぁっ! なっ……なんだと言うんだ!」
さすがに人殺しには精神的障壁があるので、戦意を喪失させようとした狙いが当たり、謎の兵士は連鎖爆発し始めたベストを脱ぎ捨て、火のついた服を払いながら逃げ出していった。
「そらっ! そらっ!」
オレは恐怖をあおるために、逃げる兵士に当てないように、周囲の立木に第二第三の火の矢を命中させた。
「そなたは何者ぞ! 返答なくば斬る!」
兵士のあとを追っていくと、横合いから銀色の穂先が見事な槍を構えた女性が誰何して来た。
高価そうなチェインメイルに、白銀の胸当てと腰回りには太ももを保護する、銀色の板のような防具を身につけており、髪を後ろでたばねた女性の顔立ちは、気品と鋭気と色香をも共存させており、アズライトのような瞳には、英知の光が輝いていた。
「オレは魔術師のストレインだ! アデナ王国から護衛として雇われている! その坂の上には正式な使節の人間もいる!」
答え方によっては、次の瞬間には胸を槍で貫かれるイメージが脳内を走り、オレはあわてて名を名乗った。
「左様か! では、護衛の騎士を助けたいが、助力願えるか!」
オレの言葉を信じたのか、姫様は鋭気をおさめて、槍の穂先を立てた。
「オレは異世界の冒険者で、命のやりとりをしてはいけない事になっていますが、威嚇でよければ協力できます!」
「先ほどの火の矢がまだ使えるのなら、威嚇にはなろう! ついて参れ!」
すでに子分扱いされているような気がするが、不思議と腹が立たない。前評判以上の漢らしさに、オレの精神は高揚してしまっていた。
「くっ……。もはや、貴様らの陰謀はすでに陽の下に明らかになっているのだぞ! 姫様さえ生き残れば、オルテナから一掃されるのは、時間の問題だ!」
どうやら間に合ったようで、全身鎧を身につけて、馬上盾と長剣で戦い続ける騎士の姿を視認する事ができた。
どうやら盾と剣で矢をはじいているようだけど、満身創痍と言ってもいい状態のようだった。
「どうやら、爆裂芯は尽きてしまったようであるが、まだ四・五人の暗殺者が残っていよう……威嚇とやらを頼むぞ!」
爆裂芯というのが火薬の弾頭つきの太矢の事らしい。あれで四・五人から射かけられたら、さすがの姫様も逃げる事しかできないのも無理がない。
「では、死なないように留意して……ファイヤーボール!」
オレは魔法として成立するギリギリの魔力を注いだ火の球を、暗殺者が潜んでいるらしい場所の手前に飛ばしてさく裂させた。
「なっ! これはいかなる事だ!」
「まさか、アデナが軍を派遣していたとでも言うのか!」
「証拠を残すわけにはいかん……やむを得んが撤退だ!」
火の球のような攻撃魔法を見た事がないのか、大砲のような物の着弾を連想したのか、暗殺者たちはあわてて引き上げ始めた。
「一人ぐらい、暗殺者を捕まえておいた方がいいのなら、やってみますけど?」
「なっ……あのような大魔法を放って、まだ余力があるとでも言うのか! ならお願いしたいが、その事をすぐには悟られたくないのだ……」
まぁ、せっかく逃げる気になってくれたのに、捕虜奪還のために引き返されちゃ意味がないよね。
「むぅ……。オレは火の矢と火の球と、武器に火の属性を付与する魔術しか使えないので、現状でそれはむずかしいですね」
「左様か……ならば、我らの命があった事すら望外の望みゆえ、合流を急ごうぞ」
「姫様! その男は何者なのですか?」
満身創痍の状態ゆえ走り寄る事もできないのか、先ほどの騎士は姫様に声をかけていた。
「案ずるな! この者は、アデナにこいねがっていた魔術師の護衛ぞ! すぐに参るゆえ、無理をするでない!」
「ほかの護衛の方はその……亡くなられたのですか?」
アデナに従属する分国とはいえ、一国の姫に一人しか護衛がいないはずもなく、オレは姫様に問いかけた。
「ふむ……。おぬしはなにを言っておるのじゃ? 護衛は、騎士のエディウス一人しか連れて来ておらぬぞ? なにせ敵国ならぬ宗主国ゆえな……」
姫様はおかしな物を見たという表情で、オレをまじまじと見つめていた。
「そういえば、緊急時とはいえ、姫君の前で無礼を働いてしまいました。ご寛容いただけたら幸いです……」
山口さんや使節の人にくぎを刺されていたのを思い出し、オレは片ひざをついて、姫様に頭を下げた。
「我らの願望に応えて、はせ参じてくれた魔術師殿に、無礼もなにもない。どうか頭を上げてくだされ」
「ありがとうございます。異世界の人間ゆえ、貴顕なる方への礼儀に欠ける事が多いと思いますゆえ、指摘していただけると有り難いです」
うわぁ、漢字で書く事はできないけど、いちおう知識として知っていて一生使う事がないだろう言葉まで口にしてしまうとは、さすが姫様クオリティ。
「姫様……ご無事でなによりです……」
「ええい、しゃべって体力を使うな……あと一回ぐらいは使えそうだな……神の息吹よ……この者の傷を癒したまえ……ヒール!」
どうにか護衛の騎士と合流したんだけど、姫様は驚くべき事に、回復魔法まで使いこなしていた。そういえば、神聖魔術が使えるとか、言ってたっけ。
「そこの坂の上には仲間もいますので、まずは移動しましょう。肩をお貸ししましょうか?」
「いや……結構。武人が魔術師に肩を借りたなどと言う事が知られれば、拙者の面目がありもうさん」
うわぁ、騎士なのに言ってる事は侍以上って感じだよ。
「ではオレは、後方の警戒をしますので……。ところで、姫君は神官戦士か神殿騎士であらせられるのですか?」
戦力の把握は必要だと思うので、聞いてみる事にした。
「何を無礼な! 姫はオルテナ大公国に当世に一人しか現れぬ、戦女神であらせられるぞ! こほっ……こほっ……」
「これ、エディウス……興奮するでない。他国……しかも異世界の冒険者が知るはずもなかろう」
「その……申し訳ございません……」
またなんかやらかしちゃったみたいだけど……上位職どころか、ものすごい人だったんだなぁ。
「これはアインツヴァル姫……知らぬ事とはいえ、アデナ領内で、御身を危うくしてしまうとは、申し訳ない」
どうにか坂の上までたどり着き、正式な使者の人が、姫の前でひざまずいていた。
そういえば、名前を初めて聞いたけど……なんか発音しづらそうだなぁ……。
「ストレイン殿……ご無事でなによりでさぁ!」
サモンさんは、姫君に近づくのを自粛して、離れていたので、オレの方から近づいていった。
「うん……姫様とその護衛をなんとかお助けする事ができたよ。ところで、これなんだけど……サモンさんでも使える?」
オレは、逃げ出した暗殺者がまとっていたベストの近くで回収した、爆裂芯という火薬弾頭つきの太矢を手渡した。
「これがあの音の正体ですかい? うわさ話に聞いた事はありやすが、あっしの石弓では溝の太さが合いやせんぜ」
「これは証拠にもなるみたいだし、使えないなら姫様に預ける事にするよ」
「そういう太矢では狙ったところには、なかなか当たらないんでさぁ……火薬つきだからこそ、それでも通用するんでしょうなぁ」
そう言って、サモンさんはオレに爆裂芯を手渡した。
もしかして、マッチの製法が伝わったせいで武器として使う事を考えた人がいるんじゃないかな。命中の衝撃だけで爆発するなんて、信管を使わないならそれぐらいしか……。
「ストレイン殿……おかげで助かりました。わたしからも礼を言わせてください」
あいさつが終わったのか、正式な使者の人がオレにまで頭を下げてくれた。
「いえいえ、これも役目ですから」
「さっきの連中がまた襲って来ないとも限りませんし、どこか安全な場所にまず移動しませんか?」
「そうですね。先ほど姫とも相談したのですが、すぐ近くには住民が二十人程度のワルゲンの村しかないのですよ……」
「姫が休息して神聖魔法を使えるようになれば、護衛の人の治療もできるでしょうし、手当ぐらいなら期待できるでしょう。その村に行って、早馬でも出してもらった方がいいのでは」
「ストレイン殿がそう言われるのなら、護衛としての意見として伝えて来ます」
オレの魔力はほぼ回復してるけど、姫に魔力転送するわけにもいかないんだよね。
「おっ……移動するようですぜ……」
「じゃあ、サモンさんは後方の警戒をお願いしますね」
「がってんでさぁ!」
サモンさんはファルシオンではなく、石弓を取り出した。
「うーん……のどかだなぁ……」
徒歩三十分ほどでワルゲンの村までたどり着いたんだけど、村をかこう防壁もなく、羊や牛をかこう柵ぐらいしかなかった。
エルプシィの町では厳重な警戒だったけど、あれはゴブリンに備えていたからだろうし……。
「ここには常駐する兵士も民兵もいませんが、若者に頼んで、近くの町まで馬で走ってもらう事にしました。とりあえず、村の教会に身を落ち着ける事になります」
「そうですか……わかりました。では、村の地理を確認してから、教会にうかがう事にします」
どの方向から攻め込まれる可能性があるのか調べておかないと、知らない間に包囲されて火矢を放たれるとかは、勘弁してもらいたいしね。
「じゃあ、お供しますぜ……」
まぁ、姫様の護衛に残ると言い出さないのは、さすが空気が読めてるサモンさん。そこにあこがれもしなければ(ry
「西は結構な深さで流れの速い川がありますし、考えなくてもいいでしょうな」
「北は登れそうにない岩山でふさがれているし、そっちも大丈夫だねぇ」
となると、オレたちが入って来た東側の草原と、南側の森の方を警戒しないといけないわけだ。
「うーん……教会の二階とか、高いところに陣取った方がマシって感じだなぁ」
「そうですなぁ……分散しては、いざという時に助けが間に合わないと思いまさぁ……」
たしか教会には、鐘を鳴らすための塔のようなものも併設されていたよな。
「じゃあ教会に行こうか……」
オレは、サモンさんをともなって、姫様がいる教会へと足を向ける事にした。
「東と南に備える必要がありますが、オレに同行しているサモンさんに、鐘のある塔で監視してもらう事にします」
オレたちは、教会の中の姫様に報告をして、今後の行動の指針を告げた。
「左様か……よろしく頼むぞ、サモンとやら……」
「へへぇっ! このサモンに、おまかせあれでさぁ!」
平伏したのはいいけど、しゃべり方が……まぁいいか。文句を言いそうな騎士の人も鎧を脱いで寝台で眠っているみたいだし。
「オレ……いえ、わたしは教会の前を固める事にします」
オレはいつものくせで、無礼な口をきいてしまっていた。
「そなたは、ストレインと申したな……。あまり気構えをせずとも無礼とは思わぬゆえ、思った事があれば、なんでも言って欲しい」
「ありがとうございます。姫もどうか、休息してください」
「左様か……では、そちたちに任せて休む事にしよう」
オレは姫にも休むように提案して、教会を出て行った。
「ふぅ……しかし、久しぶりに恐怖感を感じたな」
オレは教会の前で切り株で作ったいすに座り、暗殺者と戦った時の事を思い出した。
殺されそうな恐怖は、魔物相手の戦闘で克服する事ができていたけど、それは恐怖感がまひしていただけで、自分が人間を殺してしまうかもしれない恐怖感を初めて感じたんだよね。
人のような形をしている、ゴブリンやオークを倒す事で胸が痛みはしないけど、もし……卑劣な暗殺者とはいえ、人間を手にかけてしまったら、なにかが変わってしまいそうな気がするのだ。
「だけど……」
もし相手に明確な殺意があり、殺す事でしか自分や大切な人を守れないのであれば……。平和な日本に生きていたら、あまり考えずに済む事だけに、オレの心は揺れてしまっていた。
「ようやく、姫様もお休みになられたので、抜けて来ました」
正式な使節の人が、笑みを浮かべてオレの横に腰を下ろした。
「そうですか……ところで、確認しておきたいんですが、姫のお名前は、アインツヴァル姫でいいんですか?」
なんかまた知らずにやらかしてしまいそうだったので、あらかじめ聞いておく事にした。
「アインツヴァルは領土の名前ですね。第二王女や王子などが継ぐ事がある、アインツヴァル子爵領という、領地をお持ちなんですよ。ですから正式名称は、レディ・アレット・アインツヴァル子爵殿下になりますが、ファーストネームは親しい人しか口にしないのが礼儀ですから、アインツヴァル姫とか、姫君とか呼んでおけば、間違いがないですね」
「なるほど……オレのいた世界では貴族はいないので、どこまで理解が追いついたかは謎ですけど」
うーん。確認しておいて良かった。あの騎士の前でアレットとか呼んだら、血の雨が降るところだったかも。
「近くの町には兵士か……少なくても民兵ぐらいはいますよね?」
「そうですね。少なくとも最寄りの騎兵詰め所まで伝令は走らせてくれるでしょう」
悠長な話だけど、果たして大丈夫なんだろうか。
戦女神ですが、戦の神が加護をする事によって、
神聖魔法が使えたり、士気を向上させる特殊能力を得た存在です。
パラディンの女性版のさらに上位版と思っていただければ。