第十二話
インターミッションの後編です。
「はぁ……特A級冒険者ですか。もしかしなくても、かなり上位ですよね?」
結局昨日は連絡が来なかったので、翌日の十時に冒険者ギルドに向かったのに、さらに一時間待たされてしまっていた。
「ええ……そりゃまぁ……」
山口さんは、まゆをヒクヒクさせながら、オレに書類を差し出した。
「魔法の腕輪の預かり証……なんに使うんですか?」
「冒険者ランクなどの情報を、腕輪に入力する必要があります。三十分ほどで終わると思いますが」
なんか、腫れ物を触るような扱いというか……もしかしなくても、昨日はやりすぎたのかな。
「こっちの名前でいいんですね……じゃあ、ストレイン……と」
オレは預かり証に、古風なペンでサインをした。
「では、その間に注意事項などを……」
山口さんは部下を呼んで、魔法の腕輪をどこかに運ばせていた。
「はい……」
「特A級の冒険者というのは、A級までの依頼でしたら、無条件で受ける事ができます。もっとも、S級の依頼は冒険者ギルドの本部でごくまれに発生するという程度ですが……」
なんかあっさりすぎて不満というか、小説とかだともうちょっと手順を踏むと思うんだけど。
「まぁ、事実上のフリーパスという事ですね……」
「ええ……。いくつかの特典もつきますが、その代わり特A級の冒険者には義務も生じます」
山口さんは、まるでパンフレットのような特典表を手わたしてくれた。
「えーと……村や町が危ない! とかいう時は、拒否できないとか……そういう感じですか?」
「そうですね。それが一番大きくなります。あと、A級以上の冒険者は、新人の研修に年間三か月以上は割いてもらう義務があります。あなたの場合は、魔術師として弟子を取ってもらうという感じですかねぇ」
山口さんの言う、もうひとつの義務はオレの想定から大きく外れていた。
「そう言われても、どうやって教えるかとか……さっぱり分からないんですけどね。理論的に魔法を使っているわけじゃないので」
「魔術にはイメージ力が大事とされていますから、あなたが何気なく使っているイメージ法が、とても優れている可能性もあると思うのですよ」
なんか山口さんが、お宝を見つけた盗賊みたいな表情を浮かべているのが気になるんだけど。
「たしかに……思い込みというのが大事かもしれないですね。元素魔術の一部には魔力を追加で注ぎ込めるって、VRMMOの常識を疑わなかったので、普通に使えたわけで」
宿に帰ってからいろいろ分析して、そういう結論にたどり着いたんだよね。
「さっそく魔術師が倍の魔力を注ぐ実験をしたそうなんですが、バースト現象というのが起こり、ちょっとした爆発がおこり、全治二週間のけがを負ったとか」
「それは、その魔術師が未熟だからで、一流の人だといけるんじゃないでしょうかね?」
二倍程度でそんなにむずかしいとは、ちょっと考えにくいんだよねぇ。
「その実験に失敗したのは……。昨日も見学に来ていた、この国の宮廷魔術師なんですがねぇ……」
山口さんは、深いため息をついた。
「あー……なんか怒ってたみたいだし、年寄りの冷や水ってやつですかね? そういえば、VRMMOで元素魔術師以外で、そういう攻撃魔術があったのは、魔導師ぐらいですかね」
「あぁ、それをご存じなかったですか。選択はできるんですが、実際は普通の魔術師と大差ないそうなんですよ。最新のリストでは、除外に入れようかという話が」
「ええっ? オレ、魔導師になるつもりだったんですけど……」
じゃあ、そういった術を使えるのは、元素魔術師で精霊の加護を得たオレだけ? って事になるんじゃあ。
「そこでですね……元素魔術師が魔法を使えるようになる条件というのを、教えていただきたいのですが……」
それ来た……まぁ、それに食いつかないはずはないとは思ったんだけどねぇ……。
「ある少数部族の秘伝のようなものなので、オレの一存で教えるわけにはいかないですね……残念ながら」
まぁ、ウソはついてない。別に教えちゃダメともアルミラさんに言われてないけど。
「そうなんですか……それは残念なのですが、交渉の余地はあるのでしょうか?」
おっ……さすがに、そんなに簡単にはあきらめないか。
「それにですね……オレは危うく、その術で死にかけたんですよ。だから、その覚悟のない人にはお勧めできませんね」
うん。これもウソは言っていない。もしアルミラさんがいなかったら、人間終わっちゃってたと思います。
「死にかけたんですか……うーん……まぁ、あり得る話ですねぇ」
さすがに山口さんもがっくりと来ていた。
「弟子の話もありましたが、オレはまだ少数部族に教わらないといけない事があるんですよ。三か月ほど修行してから、再度教わりに行く予定なんですよ」
「ほう……あなたが、まだ強くなる可能性があるのですか?」
「まぁ、まだ六レベルですしねぇ……その、難度のより高い魔術が使えるかどうかは定かではないですけど」
なにしろ火力が第一だから、精密な魔法のコントロールとか無理だしねぇ……。
「その少数部族の方と、わたしたちが接触する事はできるでしょうか?」
「とんでもない! そんな事をして隠れられでもしたら、困るじゃあないですか!」
まぁ、オレは身内だから逃げるにしても、場所は教えてもらえると思うけれど。
それに、人間に魔物サイドに寝返った人間がいるかもしれないってぐらいモラルの低い現状で、妙なやつに強力な魔術を教えたら、暴走しそうな気もするんだよね。
決して出し惜しみしているわけじゃないし、オレの治療費を稼ぐためには、情報提供をするのが一番なんだけど、アルミラさんたちに迷惑をかけるわけにはいかないしね。
「むぅ……現在の法では、少数部族への迫害は禁じられてはいるのですが、過去の例がありますので……わかりました。ストレインさんを窓口という事でお願いします」
「そうですね。聞いてみて、教えて大丈夫そうな事とかあったら、お教えしますよ。なにせ、治療費を稼ぐ必要がありますからね」
オレにとって、もっとも都合のいい方向へと誘導できたと言っていいと思う。
「あ、腕輪はもう大丈夫なようです……」
係員が、腕輪を乗せたトレイを手に中に入って来た。
「オレが暴走したら爆発するようなギミックを追加したり、していないでしょうね?」
オレが軽口を飛ばすと、なぜか山口さんは彫像のように、動きを止めてしまった。
「え? 冗談のつもりだったんですけど……」
「一個人の能力としては不当に大きすぎるから、何らかの方法で制御すべきだと主張された人がいたのも事実です……」
山口さんは、額の汗をハンカチでぬぐいながら、オレに頭を下げた。
「なっ……そんな言いぐさってないですよね」
「ええ……さすがに、少数意見でした。在アデナ救済高等弁務官事務所としては、あなたの権利を守る方向で一致しています」
よかった。あんまり妙な事を言うなら、アルミラさんといっしょに隠居生活を送ろうかと一瞬考えてしまっていた。
「でも、猫に首輪はつけておきたい……が本音ですよね。このさいですから、ぶっちゃけた話しましょうよ」
「そう……ですね。あなたの自由行動を許した結果、もしあなたが原因で大きな事故などがあれば、弁務官事務所の責任になり、弁済を求められるのはたしかです」
ぶっちゃけろと言ってはみたけれど、本当にぶっちゃけてくれるとは思わなかった。
「それもあって、弟子……というわけですか?」
「いや、A級以上が弟子を取るのは、調べてもらったらわかりますから……」
図星であったのか、山口さんは大量の汗を額ににじませてしまっていた。
「けど、それで安心してもらえるのなら、こっちは受け入れてもいいですよ。ただし、少数部族のところにまでは連れていくつもりはないですけど」
「うーん……正直に言いまして、新人にそこまでを求めたところで、鈴の役目をはたせるかというのもありますし、あなたサイドにつく可能性もあるわけでして、許されるのなら、もっと別の方法を取りたいのが本音です」
うわぁ……驚きの白さというか、黒さだけど、その率直さがうれしいかも。
「GPSでもつけますか? ってオレは徘徊老人か」
「はは……できうる事なら、そうしたいんですけど、衛星なんてないですからね」
ノリ突っ込みを披露すると、山口さんは乾いた笑みを浮かべた。
「じゃあ、どこかに行くたびに報告ってやつですか? 保護司制度でしたっけ」
「支部や町と電話連絡ができるわけでもないですし、現実的じゃあないですねぇ」
「オレの事を信じて、自由行動を認めてくれる人を困らせるつもりは毛頭ないんで、少々の事なら受け入れますけど」
「では、現時点では人材がいないからと、拒否している要求があるんですが……」
山口さんは心苦しそうに提案した。
「なんでしょうか……」
「アデナ地方の中には、アデナ王国に属している、オルテナ大公国という国も含まれているのですが、そこの第二王女が三年に一度の朝貢に訪れるのですが、警備に有能な魔術師を加えてくれと言われているのですよ」
うーん……そんなにむずかしい事なのかな。事情が分からないと、どうとも言えないけど。
「その第二王女って、命を狙われでもしているんですか?」
「オルテナ大公国は、三か国と国境を接するかつての激戦地を領土としていまして、王家も尚武の気風にあふれており、第二王女みずからも、相当にお強いそうなのです」
うーん……なおさら護衛が必要には思えないんだけど。
「護衛とは口実で、より強い人間と戦いたい……というのが、本音なのですが、国一番の剣士相手に片手であしらえるほど強く、神聖魔術も使えるのですきがないのですよ。一度強い魔術師と戦いたいと言っているのですが、宮廷魔術師は高齢の上先日の事故で……」
オレより強いやつに会いに行く……。を地で行く人がいるとは、さすがファンタジーな世界に恐れ入った。
「宗主国としての意地があるけど、実際アデナ王国にはそんな強い人がいないから、助けて地球人ってわけですね?」
「まさにその通り……。あなたの強さは知っていますが、近接戦闘には向きませんよね」
「うーん……その気になったら独立して、アデナ王国を逆に併合できるぐらい強いお国柄だから、対応に困っているわけですね?」
「そうなんですよ。もともと血縁もあるし、ほぼ対等な扱いをしているから、格下でいてくれるんですけど、何も吸収すべき物がないと思われたら危ないのですよ」
うーん……いきなり重い話だ。言われてみれば、魔物に対処できないからと、異世界人を呼ぶような人たちだしな。というか、よく門を開けたもんだよ。
(そういえば、オレを召喚した女の人も、少数部族っぽかったな)
もしかしたら、かつて迫害されていた少数部族が、この国の底上げを行っているのかもしれないな。まだ仲間入りしたばかりなのに、ちょっと誇らしい感じ。
「そういう事であれば、引き受けてもいいですよ……ただし、二か月半後ぐらいに解放されるならですが」
「それはもう。長くて一か月というところですから!」
山口さんは喜色を浮かべて立ち上がった。
「では、よろしくお願いします。無論、これを成功させたら、治療費の査定も上がりますよね?」
「そ、それはもう……」
オレは笑みを浮かべて、引きつった笑みを浮かべた山口さんと握手をかわした。
「それで、おてんばな第二王女の護衛までするんですかい?」
酒場件宿屋でサモンさんに報告すると、さすがに驚きの表情を浮かべていた。
「ああ……余っても返却不要な準備金ってのを、銀貨二千枚もらって来たから」
「へぇ……でも、一か月近くも拘束するんなら、もうちっと色をつけても良さそうなもんですぜ?」
「ああ、成功報酬はまた別にあるみたいだから。ただし、金の出どころは、高等弁務官事務所からだから、あまり高額ではないけど、オレが自由な行動をするためには必要なんだ。頼むよ」
「へぇっ? その心配をしていたんですかい? それなら、ご心配は無用でさぁ! あっしはまだ恩を返しきっちゃいませんからね!」
サモンさんは豪快に笑って、オレの不安を吹き飛ばしてくれたんだが、もうひとつ不安要素があるんだよね。
「ありがとう……ただ、第二王女の前では、おとなしくしておいてくれよ?」
「かなりの難問ですなぁ。しかし、粗雑なようでいて空気が読めるのが、このサモンのすごいところさね!」
サモンさんの言葉に、オレは心底脱力した。
次回からは、武闘派のお姫様が登場します。
自分でも気にいっていまして、かなり筆が走りました。
おかげでストックが増えすぎてしまったので、
明日は、朝・昼・夕と、三話公開する予定です。乞うご期待!