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初恋泥棒  作者: 真澄
3/4

おまけの1.5

同じ時間を、男子目線で。

逃げた。逃げやがった。やっとここまでこぎつけたのに。


わたしは許していない。そう言って彼女は逃げていった。追走のスタートが一歩遅れたのは、その前に聞こえた言葉のせいだ。


――そこ以外に会える場所、なかったじゃない。


それって、それって、


「ああくそっ!」


逃がすかよっ。


その背中を探して走り回るのは、初めてではない。こんどは必ずつかまえてみせる。そして、あの日からずっと聞きたかったことを尋ねるのだ。



あのとき君は誰に会いに来たの?


==========

バカ兄貴のことを待ち伏せる女は多かった。手紙だの、クッキーだの、「お兄さんに渡してっ」と無理やり預けていかれたことも、一度や二度ではない。けれど電柱の陰の常連だった彼女は、なぜかそういった行動を一度も起こさなかった。むしろ兄貴に見つかりそうになるとサッと隠れたりして。わざわざ帰宅時間を見計らって来るくせに、意味わかんねえ。ヘンなやつ。ほらまた今日も……なんて風に、オレのストーカー観察が続いたある日のこと。学校帰りの公園で、彼女がバカ兄貴と一緒にいるところに遭遇したのだ。


見えたのは彼女の背中。兄貴の手がその両肩に乗っていて、ななめに傾けた兄貴の顔が、彼女のそれと重なって隠れた。


…痛っ


いってえな。なんだコレ。ここ、心臓んトコがギュウッとなってんだけど。


『なに見てンだよ』


兄貴の言葉にこちらを振り向く彼女。なんでこんな、ムカついてんだろう。オレ。兄貴の背中を呆然と見送る彼女のその唇に、兄貴のが触れたことがなんでこんなにムカつくんだ。


オレのほうが絶対イイよ。


そんなことを言って、彼女の唇の記憶を塗り替えてやった。ざまあみろ。


次に会ったとき、彼女はどんな反応を見せるだろうか。期待と緊張とでそれを待っていたが、しばらく彼女は現れなくて。ああ、そうか。彼女がここに来るのは兄貴に会いたいからで、彼女が兄貴を諦めたらもうここには来ないわけで、彼女がここに来たとしたらそれは兄貴のことをまだ好きだってことで。


――あれ? それってオレ、どっちにしても玉砕? ん? 玉砕ってなんだ? オレはどうしたかったんだっけ。


首をひねりながら家に帰ると、久しぶりに彼女がいた。なんだ、やっぱり兄貴のことまだ諦めてなかったのか。ムカつくなあ。なんだコレいってえな。まただ。心臓のトコが痛い。そして振り返った彼女と目が合って、わかったのだ。


ああ、そうか。オレは彼女のことが好きだったんだ。


でも彼女は兄貴がいいんだな。くっそムカつく。ムカつくムカつく! 当然無視してやった。久しぶりに来たのに今日は兄貴いないぜ。バカだな。修学旅行だってこと、知らなかったのかな。知らないわけ、なさそうなんだけどな。けど知ってたら来ないよな。あれ? もしかしてオレに会いに来たのかな……まさかね。まさか、なあ…。


家を飛び出して彼女を探した。あの日の公園、兄貴が学校に行くときに使う駅。走り回ったけれど彼女は見つからなくて。ほかに探せる場所がなくて。何も知らなかったんだ、あの人のこと。名前も、どこに住んでるのかも。あの人から来てくれなければ、もう会える方法がないんだ。


その日以来、パタリと彼女は来なくなった。オレはオレの初恋を、自分自身の手でぶった切ったんだってこと、気がついたときにはもうすでに、その糸は切れていた。子どもの浅知恵を恨みますよ…。



「くっそ、どこ行きやがった…っハァ」


今度はもう、追いかけるのを諦めたりしない。



==========

中学に入ってすぐに、彼女を探しに行った。あのとき中2の名札をつけていた彼女は、高1になっているはずだ。高校生の教室を堂々と覗く度胸はなくて、廊下からこっそり様子をうかがっていると、見知らぬ女子生徒に肩を叩かれた。


『中学生? ここは高校の教室だよ。迷っちゃった?』


『や、なんでもないっす…その、兄を、探してて…』


『お兄さん、何年何組かわかる?』


『あの、大丈夫ですっ』


後輩の面倒見がよいのはありがたいけれど、ここではそっとしといてほしかった。逃げ出す背中に笑い声が聞こえる。


『あれ、緊張して逃げてった』


『今の、中1?』


『ああ、エリ。かわいかったよー! もう制服ピッカピカ』


廊下の角を曲がり、そっと覗くと、今の女生徒に「エリ」と呼ばれて、高校生になったあの日の彼女がいた。


『ピッカピカっていうか、制服ブッカブカじゃなかった? かわいいねー中1』


ブレザーのポケットに手を突っ込み、廊下で立ち話をするその姿は、記憶の中の彼女よりも背が伸びていて、スカートが短くなっていて、そして、キレイになっていた。


『すぐムサくなっちゃうんだよ。もったいない』


『もう一生声変わりとかしないでほしいよねー』


……恐ろしいことを言う。


けど、たしかに。手の甲を半分も隠しているブレザーの袖口。こんなんじゃ彼女の前に出れないよな。無鉄砲だった小学生の自分に敬意を表したい。とてもとても、中1に高1は口説けない。けど見てろよ。すぐに追いついてやる!


そしてそれ以来、定期的に彼女と廊下ですれ違っては横目で身長差を確認してきた。情報だって集めた。何をって、兄貴に対してまだ気持ちがあるのかどうかってこと。これは確かめねばならん。


名前は前田絵梨。彼氏はいたことがない。合コンにいけば「最低でも二、三番手のオトコ」には誘われるのに、どうも乗り気になれずに大抵一、二回デートするだけで終わってしまう。中2のときの失恋は、そんなに引きずるほど大きくなかったはずなのにね。と、彼女の親友は言う。だって先輩のことって別にキャーキャー言ってるのが楽しいだけだったでしょ? 彼女は曖昧にうなずくのだ。そこ!大事なトコ!!


って、あの頃の彼女以上にストーカー染みた自分。でもオレは見てるだけで満足なんてしないのだ。


「佐々木くん、169.3ね」


「センセーそこをなんとかもうひと声! オレ中3で170になる計画なんだ」


「もうちょっとアゴ引いてごらん。そう…はい、おめでとう。169.4」


くっそ~。失意の身体測定を終えてとぼとぼと廊下を帰る。いいかげん行動を起こさなければと思っているのに。見ろ、彼女はあっという間に高3になってしまったじゃないか。もう身長にこだわらなくてもいいかな。オレも努力の甲斐あってそれなりのガタイになってきたし。時々高校生と間違われることもあるし。何よりジャマ者兄貴も卒業して県外に出ていったし!


そのとき、偶然、彼女とすれ違った。いつものクセで横目で身長差を確認する……あれ? 目線が、低い?


「センパイ」


「…はい?」


咄嗟に呼び止めると、やっぱり。見上げてないよ、オレ。勢いで呼び出した彼女は、けれどオレのことなんか全然覚えてなくて。思い出したかと思ったら「初恋ドロボー」? そんな覚えかたならいっそ忘れてくれ! まだ許していない? だって兄貴のことはもう引きずってないんじゃないの? 一生懸命忘れたって、誰の話? ああ聞きたいことがありすぎる。でも待って、いいや。それより、


「なんで泣いてんの」


探して探してやっとつかまえたその肩は、1センチも違わない身長ではあまりカッコよく抱きしめられないけれど。彼女の言葉に、たまらず抱き寄せた。


「また好きになるかどうか、わかんないんだから」


――また、って言った。てことはつまり。うん、それだけでもう十分。知りたかったこと、全部わかった。


「初恋、ちゃんと返してよね」


それってコレのこと? なんて、見せてあげられたらいいのにね。オレがずっと大事にしまってきたものを。いいよ。オレの分もまとめて返すから。もういっかい始めよう。


これから重なる唇は、今度こそ始まりの合図になるのだ。

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