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初恋泥棒  作者: 真澄
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中2だったのだ。恋に恋する中2病患者の、初めてのキスだったのだ。そんなの、その瞬間から頭の中はその子どもでいっぱいになるに決まってる。ただ舞い上がっているだけ、だと思う。急に恋しちゃったわけではない、と思う。だって小学生だよ!? ファーストキスの相手が小学生とかって、誰にも言えないし。いや待て、小学生とのキスはノーカウント? でも、確かに胸は熱くて、キリキリして、痛いのだ。先輩のときのような、あんなふわふわしたものじゃないのだ。


あの日以来、パタリと冷めた先輩への熱。かわりにやって来たのは、先輩の弟だというあの子ども。名前も知らない。学年も知らない。先輩にも聞けない。せめてもう一度顔を見て、確かめたかった。自分の気持ちが何なのか。だから先輩の家の前までこっそり行ったのだ。先輩と鉢合わせしないように、ちゃんと三年生が修学旅行に行っている隙をねらって。


顔を見て、ああやっぱり好きだ、と思ったら、素直に認めようと思った。相手が小学生だろうがなんだろうが、好きなもんは好きだと。もし何とも思わなければ、それまでだ。一過性の熱だと思えばいい。そう決めて、臨んだ。


けれどそこで待っていたのは、そのどちらでもなかった。


電柱の陰から先輩の家の様子をうかがう。小学生はもう、とっくに帰宅してしまっているだろうか。しばらく待ってもだれも帰ってこなくて、今日はもう諦めようと踵を返したところに、少年が立っていた。あの日先輩を睨んでいたような、ムッとした顔で。


目が合った瞬間、顔にカーッと熱が集まるのを感じた。


「あ……」


何を、言ったらいいんだろう。けれど一瞬の迷いのうちに、彼はわたしに冷たい一瞥をくれるとそのまま家に入っていった。何も、言ってくれずに。


なんでこんなに傷ついてるんだろう。なんでわたし、泣きながら全速力で走ってんだろう。一人でやきもきしてバカみたいだったから、恥ずかしくて、だよね。ああ、あいつら兄弟そろってふざけんなって怒りのあまりの涙かな。それもあるかもしれない。そうかもしれない。けど――違う。


「っハァ、ハァ」


ダメだ、嗚咽しながら全速力って、呼吸困難になる。一人になれる場所までたどり着き、肩で息をつく。


「忘れたのに…っ」


あのときわたしは、傷ついたのだ。だってわたし、あの瞬間に恋に落ちたのだ。もう一度顔を見て、ああやっぱりこの人が好きだと思った瞬間に、破れたのだ。あんな胸の痛みかたは、初めてだった。


――わたしの、初恋だったのだ。


「一生懸命、忘れたのに!」


「それっ!」


「ぎゃっ」


ぐいっと、後ろから肩をつかまれた。振り返ると、中学生になったあの日の子どもが、息を切らせている。


「っ、ハァ、それ、誰のこと?」


「な、なんでついてくんのよ」


「そう簡単に、逃がすかよ。四年前とは違うんだ」


四年前って。なんで? あんなに冷たい目してたくせに。


「で、一生懸命忘れたのって、どっち? 兄貴? オレ? ああ待って、いいや。それよりさ――なんで泣いてんの」


なんで、そんなに優しく抱きしめるの。


「わたしは、アンタを、許してないの」


「うん」


「わたしの初キス、持ってったくせに」


「うん……はぁ!? あれ? だって兄貴は?」


「未遂でアンタがジャマしたんだよばか!」


マジで……と脱力する彼の胸をぐいっと引き剥がす。


「それなのに、何もなかったように、あんな冷たい目して」


「それ…うちに来たときのこと?」


そうだよばか!と、胸を叩く。


「そうだ…バカだよ。やっぱ子どもだよな、わかんなかったんだオレ。こいつはまだ兄貴に会いに来てんのかって、ムカついて無視した。けど、あれだけ兄貴の行動を把握してたアンタが、なんで兄貴がいない日にわざわざうちに来たんだろうって。気づいたときにはもうアンタは帰ったあとだった……あのとき、オレに会いに来たの? それって文句言うため? それとも…」


「わたしは、一生懸命、忘れたの」


「…オレは、忘れなかったよ。入学してすぐにアンタ探し出して、ずっと見てた。背ぇ追い抜いたら口説こうと思ったのに、ニョキニョキ伸びやがってちっとも追いつきやしねえ。なんだよ168って」


「っ、中3が、高3を口説くって言うの?」


「口説くよ。これ以上待ってられっか。アンタがオレのこと忘れたんならそれでいいんだ。むしろそのほうがいい。もういっかい、はじめからオレを見てよ」


「また好きになるかどうか、わかんないんだから」


「うん、それでいいよ。オレのこと見てくれるんなら、それでいい」


「……なに、どさくさに紛れて抱きしめてくれてんのよ」


「だって、やっとつかまえたんだから。…あの、さ、アレやっぱり…小学生ンときのはノーカンじゃダメかなあ。今からのがオレらの最初っつーことで…」


だから、何をどさくさに紛れて顔を近づけてるの。後頭部に手を置くな。


「返してよ、初恋……」


つぶやくと、ピタリと動きが止まった。


「やっぱりまだ、」


兄貴のこと、なんて苦しそうな顔は、あの日わたしが傷ついたことへの仕返しだ。


「ダメだよ、ノーカウントなんて。アレわたしの大事な初恋なんだから」


「…え? って、え!? オレ?」


だから言ったじゃん。わたしの初恋盗ってったって。


「ちゃんと返してよね」


うん、と言って、またそっと抱きしめてくれる。そして二回目のキスとともに、もうすぐそれは、わたしの元に戻ってくるのだ。


おかえり、初恋。



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