プロポーズに応じない女性
五月の空は色鮮やかで気持ちがいい日が多い。この空のことを「五月晴れ」などという人もいるようだが、もともとは梅雨時期の合間の晴れのことをさす言葉だ。
もっとも、言葉の意味というのは、時代によって微妙に変化したりするものなので、そんなに気にしない人も多いことだろう。
そんな「五月晴れ」のある日、どこにでもいるサラリーマンの格好をしたTが家の近くの駅前通りを歩いていると、友人のUが駅から降りてくる姿が見えた。
「やあU、久しぶりだね。これから食事でもどうだい?」
「おお、Tか。じゃあ、いつもの喫茶店にでも」
Uが指差した先には、小じゃれた喫茶店の姿。そこは、二人のいきつけの店でもあった。
季節は春の中盤、といっても、晴れ晴れとした太陽の下では、アスファルトで照り返された熱により、夏さえ感じる暑さになる。
二人が喫茶店に入ると、その暑さが中和されるような、涼やかな空気。もう既に、エアコンが稼動しているようだ。
コートを座席の背もたれにかけると、「いらっしゃいませ」と店員が冷たい水を持ってきた。二人とも手馴れた様子で、ランチメニューを注文する。
「しかし、俺たちもそろそろ歳だから、身を固めないとな。お前、彼女とかいないのか?」
お冷を片手に、Uは結婚についての話を振る。
「そうだな、しかし職場にはよさそうな相手がいないし、結婚相談所にでも行くかな」
Uにつられて、Tもお冷を手に取る。外の空気でほてった肌に、冷たいコップが触れて心地が良い。
「はっはっは、しかし結婚相談所って、金持ちばかりだと聞くぞ? そんなところに行って、相手にされるのか?」
「そうなのか? まあ、そこまで切羽詰まってないからなぁ」
あまり結婚という概念に興味がなさそうなT。
「いざとなったら、昔の学校のクラスメイトっていう手もあるぞ? この前同窓会に行ったら、まだ結婚してないやつがたくさんいたからな」
「男で、とかはなしだぞ。しかし、中学高校のクラスメイトでめぼしい人、ねぇ……」
UとTは何人か気になる女の子を頭に思い浮かべた。しかし、思い浮かべた全員が、どうも結婚しているか、彼氏持ちだという。
ふと、Uは一人の女の子を思い浮かべた。
「そういえば、Y子はどうだ? まだ独身だそうだが?」
Y子はUとTの高校時代のクラスメイトで、そこそこ美人な女性だ。Uが以前あった際、まだ独身だということを聞いていたらしい。
「ああ、Y子か。俺もこの前会って、他の何人かと飲みに行ったんだが……」
「なんだ、なんだかんだ言って昔の友達とは結構長く付き合ってるんだな」
「まあ、たまたまなんだけどね」
Tがお冷に口をつけると、ちょうど店員がランチセットを持ってきた。コップを持っているTに代わり、Uがそれぞれのランチをお互いに配膳する。
「で、そのときの話なのだが……」
「ん、何だ?」
Uがものすごい勢いでランチを食べながら、Tに話しかける。Tは一瞬唖然とした後、話を続ける。
「Y子もそろそろ結婚を考えているらしいんだが、いまだに恋人がいないらしいんだ」
「まあ、何故いないのかは想像に難くないがな」
Y子は顔こそ良いものの、結構わがままなところがあった。何人か付き合った男性はいるものの、あまり長続きしていないらしい。彼女と付き合った、Tの別の友人からは、付き合っていた頃長々と彼女に対する愚痴を聞かされていた。
「そうだな。で、そんなY子がその飲み会で、突然とんでもない宣言をしたんだ」
「ほう、それはおもしろいな」
Tがようやく何口かおかずを口に運んだ頃、Uの卓を見ると、既に半分ほど食べあげている。いつの間に、こんなに食べたのだろう。
「それがだな……」
間が悪く、店員がお冷のお替りを持ってきた。Tはまだ残っていたので、Uのコップだけに水を注ぐ。
「Y子は、『今から、最初に私にプロポーズした人と私は結婚する』と言って来たのだ」
その宣言に、思わず食事を吹きそうになるU。あわてて「大丈夫か?」とTが水を飲ませる。
「げほっ、げほっ、おいおい、それは何の冗談だ? 結婚できりゃ誰でもいいのかよ」
「本人、そのつもりらしいな」
どう考えても冗談だろと思っているUだが、Tの顔は真剣そのものである。
「で、結果はどうなのだ? まあ、あんな女にわざわざプロポーズなんてするやつはいないだろうが。よほど切羽詰まった奴だろうな」
「俺もそう思ったのだが、ちょうどまた彼女から相談があってね」
「お前に気があるんじゃないのか?」
Uにそういわれて、Tは黙ってもぐもぐと食事を進める。
「……すまん、続けてくれ」
「せっかくだから軽く食事に行ったのだが、彼女に聞くと何回か『結婚してくれ』と言われたそうなんだ」
「ほう、それは意外だな……って、何回も?」
手に持った箸を思わず止め、聞き返すU。
「ああ、何回も」
Tは水を飲み干すと、店員にお冷のお替りをお願いした。すぐさま、店員が水差しを持ってくる。
「いや、それはおかしいだろ? 最初にプロポーズした人間と結婚するなら、もうY子はもう結婚しているってことになるが……」
「もちろん、まだY子は独身だ」
「おいおい、まさか相手が気に入らないからって、断り続けてるんじゃないだろうな」
店員がTに水を注ぐと、「俺も」とUもコップを差し出した。
「今までの恋愛遍歴を考えろ。男なら見境無しな女だったじゃないか。今回も、男なら誰でもいいって感じだったし」
「じゃあ女か。女から結婚してくれとか言われたのか?」
「そんなはず、あるわけないじゃないか」
ドアがチリンと音を鳴らすと、生ぬるい風が吹いてくる。気が付けば、店内の客はかなり減っていた。
「しかし、それだとY子は自分で言った約束を破ったということになるが……」
「ん、まあ、そう考えるだろうが、Y子は約束を破ってない」
「何だそれ? なぞなぞか? なぞなぞ……なるほど、そういうことか。わかったぞ」
ランチの最後のおかずを食べ終え、水を一気に飲み干すU。
「なるほどね、そう考えるとY子はまだ結婚してないわけだな」
「……? 良く分からんが、考えていることを言って見ろ」
「まあ、良く出来た話だ。だが、よくよく話を思い返せばなぜこういうことになったのか分かる話だ」
自信満々に話すU。彼には真相がわかったようだが……
さて、ここで読者の皆さんに、簡単な問題である。
ずばり、「最初にプロポーズした人と私は結婚する」と宣言したY子が、何回も「結婚してくれ」といわれているのに結婚していない理由を答えてもらいたい。
もしかすると、「あ、これテレビで見たことがある」とか思う人も居るだろうし、どこかで聞いたことがある話しかもしれない。こういう話は、往々にして誰かが先に作っているものである。
知らない人は、まずは自分なりの答えを考えていただきたい。別に不正解だったら何かあるわけではないので、気楽な気持ちで。何日も考えて眠れない、とかならないように、とりあえず思いついた答えを頭に浮かべていただきたい。
自分なりの回答はでただろうか?ではスクロールして答え合わせをし、物語の続きを楽しんでもらいたい。
気が付くと、Uは食後のホットコーヒーに口をつけていた。
「さてと、答え合わせと行こうか」
まるで探偵か何かのように振る舞い、コーヒーカップをコースターに置くU。
「はぁ……」
そして、まるで興味がなさそうなT。
「ポイントは、『プロポーズされた』と言わないで、『結婚してくれといわれた』というところだな」
Tの様子を伺いながら、Uは再びコーヒーカップに手をつける。
「つまり『結婚してくれ』という言葉が、プロポーズの言葉でなければ、今回の話に矛盾は生じないことになる」
「はぁ……」
したり顔で話すUだが、相変わらず興味がなさそうなT。
「つまり、だ。『結婚してくれ』といった相手がY子の両親だったら、別にY子は約束を破ったことにならない。つまり、『俺と結婚してくれ』じゃなくて、『早く結婚してくれ』と何回も言われたんだな。まあ、歳も歳だし、そりゃ両親も心配するだろう」
すっかり自分の考えを言い切ったUは、満足そうにコーヒーをすすった。
「どうだ、合ってるだろ?」
同じくコーヒーを口につけているTに、Uは真偽を問う。が、Tはまるで的外れの解答を言われたような顔をしている。
「うーん……」
「なんだよ、違うのか?」
コーヒーを飲み終えたUは、店員にコーヒーのお替りを申し出た。
「いや、そういう話じゃなくてな……」
言いかけたTはコーヒーを一気に飲み干し、コースターに置いて続けた。
「Y子の兄がガチで『誰とも結婚しないなら俺と結婚してくれ』と言い寄ってきて、困ってるんだとさ」
それを聞いてあっけに取られるU。
思わずコーヒーを運んでいた店員も、そのコーヒーをこぼしてしまった。
このクイズを知っている人には「うわ、なんだそれ」と思ってもらえたら幸せです(んぁ
ちなみにこのクイズ自体は随分前に「マジカル頭脳パワー」でやっていたみたいです。ちょうど家にあった本に掲載されていました。
しかし、リアルに妹に結婚を迫る兄なんて居るんでしょうかねぇ。妹がいる男の人は、妹のことをうっとうしく思うらしいのですが……