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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第2章 天然系アイドル、ちかりんみたいに
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-1-

 わたしが『れんたま』の効果を初めて実感した翌日。

 なんとなく軽やかな足取りで学校へと向かった。

 いつもどおりの退屈な授業ですら、なんだかちょっと楽しく感じられる。


 心の持ちようって、大事なんだな。

 とかなんとか、穏やかな気持ちで考えていたのだけど。

 ふと気づいてしまう。


 ……クリボーの気配がないということに……。


「クリボー……?」


 ぼそっとつぶやいてみても、反応はない。

 やっぱり、クリボーがいない……?

 わたしは慌てて周りを見回してしまった。……授業中だったというのに。


「ん? ピノ、どしたん?」


 後ろの席のパピコが首をかしげて見ている。


「あ……えっと、その……。ううん、なんでもない……」


 小さく答えて前に向き直るわたしは、すでに普段どおりの自分に自信のないわたしだった。

 クリボーがそばにいてくれれば、いつでも『れんたま』してもらえる。

 そう思えばこそ、安心感を抱くことができていたのに。


 そもそも、わたしから離れることなんて、できたんだ。

 契約を交わしたら、しばらくついていてくれると言っていたけど、離れられなくなるなんて言っていなかった。だからそれは、べつに不思議でもなんでもなかったのだけど。

 しばらくっていうのがどれくらいの期間なのか、わたしはまったく聞いていなかった。


 もしかして、もういなくなってしまった……とか……?

 そうなったらわたし、どうすればいいの!?


 パニックに陥りそうになる。

 頼れる存在がついているという状況によって、わたしは逆に、クリボーがいてくれないとなにもできないダメな人間になってしまっていたのかもしれない。


 ……だからこそ、そんなわたしに見切りをつけて、帰ってしまった……?

 不安でいっぱいになる。


 よく考えてみよう。

 今日の朝、まずいつものように目覚めたわたしの目の前にはクリボーがいて、おはようの挨拶を交わして――。

 一階に下りるときに消えてもらって、家を出てからもクリボーはやっぱり消えたままで――。


 そのとき、気配って感じてたっけ……?

 ……ダメだ、思い出せない……。


 だけど、離れることができるのなら、ちょっと用事で離れているだけって可能性もあるよね。

 だったら、きっと戻ってきてくれる。

 わたしは信じて待っていればいいのだ。


 ……もし戻ってこなかったら……?

 いろいろな思考が交錯して、わたしの頭の中は、ごちゃごちゃのぐちゃぐちゃになっていた。


 そして、ごちゃごちゃのぐちゃぐちゃだったのは、頭の中だけではなく、実は頭の外もだったようで。

 気がつくと、


「ピノ~~~? 生きてるか~~~~?」


 とかなんとか言いながら、パピコがわたしの髪の毛を両手で引っ張ったりくるくる巻いたりパサパサに広げたり、やりたい放題にもてあそんでくれちゃっていた。

 どうやら、いつの間にか授業は終わって、休み時間になっていたようだ。


「うわわっ? ……ちょ、ちょっとパピコ、なにしてるの……?」


 普通なら怒鳴りつけるくらいの状況かもしれないけど、わたしは相変わらず、パピコに対してさえもそこまで言えない。

 と、そんなことは全然まったくさっぱりこれっぽっちも気にならなくなる事態が、わたしの目の前に待ち構えていた。


「あはは、パピコ、そんなに髪の毛ぐちゃぐちゃにしたら、雫宮さんに悪いよ~。ねぇ?」


 そう言いながら優しく微笑みかけてくれたのは、なんてことでしょう、白熊くんではありませんか!

 思わず地の文章までおかしくなってしまうほど、わたしは焦りまくっていた。


 白熊くんこと、熊本白馬(くまもとはくば)くんは、クラスメイトの男子だ。

 パピコとは幼馴染みらしく、よく一緒にいるから、わたしも自然と顔を合わせている唯一の男子だったりする。


 白熊というあだ名は、パピコが名づけ親。

 白馬なんてイメージじゃないでしょ! 白熊で充分よ! などという、本物の白熊にも失礼な意見によって、小学生の頃につけられたのだとか。

 確かに白馬という名前は、名づけたご両親には悪いけど、ちょっと恥ずかしく思える。

 もっとも、いつも「あはは」って笑いながら、のほほんとしている感のある白熊くんは、全然気にしていないのかもしれないけど。


 そんなことより。

 わたしは反射的に顔を真っ赤に染め、せっかく話しかけてくれた白熊くんに声を返すこともできず、ただうつむくばかり。


「あれ? 白熊くん、どうしたの?」

「パピコになにかご用ですか?」


 いつものように集まってきたパナップと大福ちゃんが、気軽な様子で白熊くんに声をかける。


「あはは、うん。こないだうちに教科書忘れていったから、返しにきたんだ。次の授業だしね」

「おおう! そっかそっか、すっかり忘れてたわ!」


 そんな会話を、わたしは床を見つめながら聞いていた。

 パピコはいいな……。

 幼馴染みで家が隣同士だから、白熊くんと気軽にお互いの家を行き来してるみたいだし……。


 とはいえ、パピコは白熊くんを、ただの幼馴染みとしか思っていないらしい。

 それどころか、直接聞いたわけじゃないけど、なんとなくわたしの気持ちをわかってくれているような気もする。

 わたしが一緒にいるときに限って、パピコはよく白熊くんに話しかけるから……。


 もしかしたらそれって、わたしのため……? なんて思ったりしなくもないのだけど。

 でも、恥ずかしさでうつむいてしまうわたしには、自分から話しかけるなんてことが、そうそうできるわけもなく。

 たまに白熊くんから話しかけてくれて、それに「うん」とか「そうだね」とか、ひと言ふた言、相づち程度の言葉を返すだけが関の山。

 たったそれだけでも、ほんわりと温かな気持ちを感じていたりはするのだけど。


「教科書って、一緒に勉強してたんですか?」

「わ~、パピコが勉強なんて、似合わないな~」

「ちょっと、パナップ、それどういうことさ!? あたしだって、勉強くらいするってば!」

「あはは、ごくごく稀にね」


 みんなの明るい笑い声が響く。

 わたしもつられて微かに笑みを浮かべながら、それでも話の輪の中には入っていけないまま。


 やがてチャイムが鳴り、珍しく白熊くんを交えたお喋りタイムは終了を迎えた。

 結局わたしと白熊くんのあいだには、ひと言も会話が交わされないままに……。

 パピコ以外の、席が離れている三人は、そそくさと自分の席へと戻っていく。

 と同時に、


「……あんたはほんっと、ダメね」


 わたしの背中には、パピコからのため息まじりの苦言がぶつけられた。


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