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「よかったわよ、あなたたち!」
クラス全体を巻き込むほどの勢いで歌い上げたあと、わたしたちは先生から褒められた。
ああ……こんなの、生まれて初めてかも!
「とくに雫宮さんは素晴らしかったわ! ちょっと弾けすぎって感じではあったけど、わたしも思わずノリノリになっちゃった! いつもおとなしいから、少し驚いたけどね!」
もう、手放しで大絶賛。
それを聞いた友達三人組も他のクラスメイトたちも、みんな納得顔で頷いてくれていた。
ふわぁ~、ほんっと、気持ちいいっ!
「今どきの歌謡曲っぽくて、みんなも楽しかったんじゃないかな?」
先生はなおも、とびきりの笑顔で褒め称えてくれる。
だけど先生……今どき、あまり歌謡曲なんて言い方はしないかも……。
普段のわたしだったら、そんなツッコミの声なんて、当然のように飲み込んでしまうところだけど。
まだ『れんたま』の効果が残っているからか、調子に乗ったわたしはほとんど条件反射のごとく、先生に対してツッコミを入れていた。
しかも、
「今どきだとJポップとかって言うかな? ま、先生は今どきの人じゃないから、仕方ないと思うけど!」
な~んて、激しく余計な言葉までつけ加えてしまって。
ピシッ!
先生のこめかみには、そんな音が聞こえてきそうなほどの青筋が、ありありと浮かび上がっていた。
心の中では焦りまくって、どうにかごまかさなきゃ、と考えていたのだけど。『れんたま』の効果はどうも融通が利かないようで、自分の意思とは無関係にさらなる言葉が吐き出される。
「とにかく、これだけ頑張ったんだから、成績のほう、よろしく頼みますよ、先生!」
うわうわうわ……。わたしってば、すっごく嫌な奴だ……!
内心の焦りは、まったく表に現れることはない。
「ちょっと、あの、クリボー、もういいから、キャンセル……」
ぼそりとつぶやいてみるも、
――う~ン、それがムリなんだよネ~。効果が切れるマデ、待つしかナイヨ。
そ、そんなぁ~……。
心の中で涙を流しながら、わたしは友人三人からも浴びせられる賞賛の声に、
「あっはっは、ま、わたしにかかれば、こんなもんよ! 崇め奉るがよいぞ、みなの衆!」
なんて勝手に口走る始末。
ひぃ~、あとで袋叩き決定かも~……。
というわたしの考えは、ありがたいことに現実にはならなかった。
よく見れば、パピコもパナップも大福ちゃんも、いつも以上の笑顔を輝かせている。
「いや~、ほんとよかった! マジ最高!」
「そうですね~。わたしたちも、つられて楽しく歌えましたよ」
「うん。ウチも思わず体が動き出しちゃったし!」
三人とも、心からそう思って言ってくれているのが、一点の曇りもない澄みきった笑顔からうかがえた。
わたしも自然と笑みがこぼれる。
みんな、ありがとう……。
そんな感謝の言葉は、『れんたま』効果のせいなのか、結局わたしの口から飛び出していくことはなかった。
☆☆☆☆☆
ほどなくして、音楽の授業は終わりを告げる。
チャイムの余韻が消えると同時に、わたしはいつもどおり、パピコたち三人と一緒に教室へと戻った。
まだ『れんたま』の効果時間は過ぎていない。
三人からの明るい賞賛の声は、いまだに途切れることなく続いていた。
さすがにここまで褒めまくられると、ちょっと恥ずかしくなってくる。
なんて思いが浮かぶくらいだから、そろそろ効果は切れ始めているのかもしれない。
それでも、褒められるとやっぱり悪い気はしないもので。
わたしは楽しくて嬉しくてなんとも言えない気分を抱え、三人の笑顔に応えていた。
と、不意にパピコが笑顔を崩す。
「……でもさ、なんか……ピノじゃないみたいだったよな~」
はしゃいでいた気持ちが、一気に冷める。
他のふたりも、それにつられたのか、さーっと波が引くように笑顔が薄らいでいった。
「な……なに言ってるの! わたしはわたしだよ!」
そう、これもわたしなんだ!
魂をレンタルしてもらったとはいえ、わたし自身なんだ!
自分に言い聞かせるも、納得なんてできるわけはなく。
「……こ、この話はここまで! さ、早く教室に帰ろう!」
わたしは努めて明るく振舞いながら、無理矢理軽やかなステップを踏んで歩き出した。
なんだかちょっと、嬉しいだけではない複雑な気分ではあったけど。
でも、クリボーが言っていたことが本当だというのは、これでよくわかった。
わたしは魂をレンタルしてもらって、自分の性格を変えることができるんだ!
一回三十分という時間制限はあるし、「大切なもの」を引き換えにもしている。
魂をレンタルするたびに寿命が減ってしまうことになるはずだ。
そう考えると、怖くなってくる。
だけど……。
以前のわたしは、自分の意見だってろくに言えなかった。
生きているか死んでいるかわからない、いてもいなくても変わらない状態だったとも表現できる。
だったらこうやって、クリボーの力を借りて性格を変えるは、全然悪いことではない。
それどころか、プラスに働いている。
うん、そうよ。これからも、積極的に使っていくべきなのよ!
クリボーはしばらくのあいだ、ついていてくれると言っていた。
それはつまり、この先も『れんたま』してもらえるということだ。
「……クリボー、これからもよろしくね」
ぼそっと小さくこぼした意思表示の言葉は、しっかりと背後の死神に届いていた。
――うム。こちらコソ、よろしく頼むヨ。
背後からわたしの頭の中に答えを返してくれたクリボー。
あまり抑揚のない感じの声で、事務的に答えただけの言葉だったとは思うのだけど。
わたしにはなんとなく、クリボーが薄く笑っているように感じられてならなかった。