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音楽の時間がやってきた。
運命の音楽の時間が――。
ドキドキドキ。
いろんな意味で心臓が高鳴る。
いつものわたしなら、クラスメイトとはいえ、たくさんの人が見ている前で歌うことに対してのドキドキだけだっただろうけど。
今日は別のドキドキが加わっている。
いや、むしろ、そちらのほうが大きいと言ってもいいかもしれない。
クリボーの姿はもちろん見えないけど、すぐ背後にはその気配が確かに感じられた。
「はい、それじゃあ昨日言ったとおり、グループごとに分かれてね~」
牧村先生の言葉に合わせて、みんな席を立ち、それぞれ仲のいい人のもとへ集まる。
「集まったところから座っていってね~。余ったりはしてない~? もし余ってる人がいても、意地悪しないで仲間に入れてあげてね~」
最初からいつものメンバーで組むことを決めていたわたしは、早いうちに席に着いた。
やがて全員がグループを組んで席に座ると、
「じゃ、こっちの人たちから順に、前に出て歌ってね~」
先生がわたしたちとは反対側に座っている人たちを指差しながら、そう指示を出した。
わたしたちが最後。つまり、大トリだ。
な……なんだか、ハードルが上がってない!?
そりゃあ、実際には最初でも最後でも大差ないはずだけど、気分的な問題というか……。
ともかく、それぞれのグループが次々と前に出て、先生が弾くピアノの伴奏に合わせて歌っていく。
なんだかすごく上手なグループもあれば、とっても楽しそうなグループもある。
中にはやる気のなさそうなグループもあって、先生から叱られたりもしていたけど。
ああ……どんどんとドキドキ度が増していく。
どうせなら最初に歌ってしまって、楽になりたかったかも。
なんて考えたところで、どうなるものでもなく。
さすがに無駄話をするわけにもいかないから、みんなじっと前を見据えて、歌を聴いている。
音楽の授業ではあるけど、今回歌うのを指示されている曲は、二十年くらい前にヒットした歌らしい。
わたしたちが生まれるよりも前の曲なのに、ちょっと今どきっぽいアップテンポな曲調だった。
最近聴いた曲で、似た感じの歌があったような……。
女の子五人が並んで歌っているのを聴きながら、そんなふうに考える。
「中村さんたちが歌ってると、なんかちょっと、YUUIさんみたいだよね」
パナップがぼそっと口にする。
あっ、そうか。わたしもそれを言いたかったんだ!
YUUIさんの歌って、アップテンポでノリノリな曲調なんだけど、決してハードな感じじゃなくて、柔らかい声質も相まってポップな印象なんだよね。
あんなふうに歌えたら、気持ちいいだろうな~。
そんなことを考えているうちに、時間はいつの間にか過ぎ去り、最後のひと組――すなわち、わたしたちの出番となってしまった。
「よっし、みんな行くか!」
パピコの声を合図に、わたしたちは席を立ち、音楽室の前に出ていく。
あうっ……、全然準備してなかった!
準備――。
歌う前の心の準備もそうではあるけど、今のわたしの場合はもうひとつ、準備することがあった。
そう、魂のレンタルだ。
三十分くらい効果は続くみたいだし、もう少し前から開始してもらっていてもよかった気がする。そうすれば、あんなにドキドキすることもなかったのに。
とはいえ、今さら過ぎたことを言っても仕方がない。
神経を研ぎ澄ましてみる。
すると、微かではあるけど、背後にクリボーの気配が感じられた。
意を決し、わたしは他の人たちには聞こえないよう、ポツリと『れんたま』の開始をお願いする。
「……クリボー、お願い」
――オッケーだヨ。
おそらくわたしの頭の中にだけ、クリボーの声が響き渡った。
――どんなカンジのをご所望カナ?
「YUUIさんみたいな、ポップでノリノリな感じに」
――ほいサ。レンタマ、すった~とぉ~!
なにやらおかしなリズムで響いたスタートの合図。
と同時に、なぜか音楽室の中なのに、突風が吹き荒れた。
きゃあ、スカートが……!
わたしはめくれ上がりそうになるスカートを手で押さえようとして、そこで手を止めた。
なんだか、いつもとは違った気分に包まれている。
ふふん、べつにいいわよね。
パンツが見えるくらい、どうってことないわ!
風は一瞬で静まったけど。
わたしの心の嵐は静まらない。
グループの真ん中に立ち一歩前に出たわたしは、他の三人を引っ張るべく、大声で盛り上げ始めた。
「風もわたしたちを応援してくれてるわ! さあ、思いっきりノッていくわよ、みんな!」
『お……お~……!』
いきなりのわたしの変わりように、パピコもパナップも大福ちゃんも戸惑い気味にではあったけど、それでもこぶしを振り上げる。
そして、もともとアップテンポな曲を、さらにポップでノリノリな楽しい雰囲気に演出し、わたしたちは歌った。
最初こそ戸惑いが消えない様子だった三人も、すぐにそのノリに同調し、それぞれのパートの声を重ねていく。
ちょっとポップすぎる調子に、先生のピアノもよりいっそう弾んだ音を奏でる。
わたしたちのグループだけじゃない。クラスのみんなも瞳を輝かせ、無意識のうちにリズムを刻んでいた。
音楽を通じて、クラスが一体になった。そんな気さえする瞬間だった。
「イエ~~~イ!」
歌い終えたわたしは、満面の笑みで両手を伸ばし、ダブルピースを披露していた。




