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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第1章 ポップでノリノリな、YUUI(ユーイ)さんみたいに
5/45

-5-

 クリボーが実際に目の前にいる状態であっても、いまいち完全には信じられないまま、昨夜は就寝したわけだけど。

 カーテンのすき間から差し込む朝日で目が覚めて、顔を上げてみたら、クリボーはやっぱり目の前にいた。


 ぼやけた頭で、「ずっと起きてたの?」と尋ねてみると、「オレは寝るヒツヨウなんてナイからナ」とのこと。

 ふ~ん……と生返事をして、だらだらと制服に着替え、カバンをつかんで部屋を出る。


 昨日の約束どおり、クリボーは部屋から出るとすぐに姿を消してくれた。

 お母さんが用意してくれた朝食を黙々といただき、洗面所で歯みがきをして顔を洗って髪の毛を整えたあと、わたしは行ってきますの挨拶を残して家を出た。


 降り注いでくる朝日が清々しい。

 そして、なんとなく背中が重い。


「……どうして背中に乗ってるのよ……」

「楽だからネ」


 答えたのは言うまでもなくクリボー。しかも、しっかりと姿を現していた。

 今は小さな男の子の容姿だから、ちょっと歳の離れた弟をおんぶしているだけ、といった感じに見られなくもないだろうけど。

 それにしたって、制服姿でおんぶしているというのは、あまりにも不自然すぎる。

 というかそれ以前に、正直重い。


「降りて隣を歩いてよ、お願いだから。……っていうか、これからわたし、学校に行くの。だから、消えててほしいんだけど」

「そうするト、やっぱりタイセツなモノを……」

「これで勘弁して」


 すっ……と、クリボーの目の前に、ポケットに入れておいたキャラメルを差し出す。

 おなかがすいたら食べようと思って入れてあったものだ。……もちろん校則違反になるけど。


「ふム……。パクッ」


 小さな手でつかまれたキャラメルは素早く包み紙を外され、ぽいっと口の中へと投げ込まれた。

 もぐもぐもぐ。

 よ~く味わうように口を何度か動かしたクリボーは、パァーッと笑顔をきらめかせる。


「ナンだコレ!? メチャクチャうまいナ!」

「あとでまたあげるから、お願い、聞いてくれる?」

「うム、わかった! 消えててヤル!」


 言うが早いか、クリボーの姿はすーっと薄れ、そのまま空気に溶け込むかのように消えていった。



 ☆☆☆☆☆



 姿を消してくれたとはいえ、クリボーの気配は微妙に感じられる。

 他の人に気づかれたりしないかな~と、わたしはずっとビクビクしていたのだけど。

 とくに問題もなく朝のホームルーム、一時間目の英語と時は進み、休み時間になった。


「うい~っす、ピノ! ちゃんと練習はしてきたか~?」


 わたしの机のそばまで、パピコが寄ってくる。続いて、パナップと大福ちゃんも集まってきた。

 こうやってみんなでお喋りするのが、休み時間の恒例行事なのだ。


 でも今のわたしには、一緒にお喋りしているヒマなんてなかった。

 微妙に逃避気味だったせいで、クリボーがどうやって力を貸してくれるのか、全然聞いていなかったからだ。

 ぼーっとしていたこともあって、昨日は結局、合唱の練習もしないで寝ちゃったし。

 クリボーが頼りにならないとなったら、みんなから袋叩きにされるくらいの覚悟はしなくてはならないだろう。


「ごめん、トイレに行くから……」


 わたしが席を立とうとすると、


「おっ、じゃ、みんなで行こうか?」


 と、パピコが提案する。

 いつも思うけど、友達同士で連れ立ってトイレに行くのがデフォなのは、どうしてなのかな~……。

 それはともかく、今はついてこられちゃ困る。


「あの、ごめん、来ないで……」


 ちょっと悪いかなとは思ったけど、わたしは控えめに拒否の意思を示した。

 一瞬の間。

 そして、


「…………あ~、大きいほうか……」


 ぼそっと、パピコがつぶやいた。


「いや、その、違うけど……」

「いいからいいから。しょうがないじゃん!」

「だから、違うってば……」


 わたしは必死に抵抗するも、まったく聞き入れてもらえない。


「ま、頑張ってこいよ~!」

「あははは、なにを頑張るんだか!」

「ふふっ、ごゆっくり」


 結果、こんなふうに不本意なことを言われ、笑顔で送り出されてしまった。

 ううう……。

 わたしは涙目になりながら、とぼとぼと教室を出ていく羽目になるのだった。



 ☆☆☆☆☆



 一年七組の教室は、教室棟三階の一番端っこに位置している。

 教室を出てすぐ左手には、非常口が設けられている。

 わたしは素早くその扉を開け、音を立てないように外へと出た。

 クリボーと話すためだ。


 非常口の外には、非常階段があるだけ。階段を一階まで下りていくと、その手前には裏門と中庭をつなぐ細い道があって、背の高い木々が何本も茂っている。

 ここは避難訓練でもなければほとんど人なんて通らないし、誰かから見られる危険性も少ない場所だった。


「……クリボー、いる?」

「うン。いるヨ」


 すぐに声が聞こえる。声だけで、姿は現さない。


「手を貸してくれるって……魂をレンタルしてくれるって、具体的にはどうすればいいの?」


 わたしは声のトーンを落として尋ねた。


「レンタマの契約をしてくれればイイ。口約束でオーケーだカラ。一回の契約で、だいたい三十分程度カナ。開始時間も指定してもらって構わないヨ」

「れんたま……レンタルの魂ってことね。いいわ、契約する。三時間目の音楽の時間にお願い。……あっ、でも、歌う順番もわからないから、詳しい開始時間は、改めて直前になったらお願いするってことでいい?」


 わたしがそう言った途端、クリボーの坊主頭がピカリと光る。


「ほいサ、毎度アリ~」


 わっ! 坊主頭って、やっぱり光るんだ!

 ……微妙にずれた感想を抱くわたし。

 クリボーの頭の輝きは、ほんの一瞬で消えていた。


「これで契約完了だヨ! それジャ、そのトキになったら、チカラを与えるカラネ!」


 こうして、わたしはあっさりと契約を交わしてしまった。


 ほ……ほんとに死神と契約しちゃったんだ……。

 微かに体が震える。

 今のわたしには、休み時間の終わりを告げるチャイムの音が、なんだか心の奥深くにまで重く響いてくるように感じられた。


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