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いい家族なんだから、大切にしなよ?
クリボーから言われて、わたしの胸は痛んだ。
なぜなら、これまでに『れんたま』を使いすぎて、どれだけ寿命を吸い取られてしまったか、わからなかったから……。
もしかしたら明日にも寿命が来て、家族のもとから消え去ってしまうかもしれないと思ったから……。
「……わたしの寿命、随分減ってしまったよね……」
思わずポツリとつぶやいていた。
「寿命?」
クリボーはもともとまん丸な目を大きく見開いて、わたしの顔をのぞき込む。
「え? クリボーは死神で、大切なものをいただくって……。それって、寿命を吸い取るってことでしょ……?」
「ピノ、なに言ってるんダイ? タイセツなモノってのは、髪の毛ダヨ?」
「え……お……ふええっ!?」
思わず妙ちくりんですっとんきょうな声も、飛び出してしまうってものだ。
「でもクリボー、死神だって言ってたじゃない!」
「うン、『死に髪』ダヨ。死んだ髪の毛って意味で。髪がないカラ、そう呼ばれてるんダ」
わたしの叫ぶような問いかけに、クリボーは平然とそう言い放った。
困惑するばかりではあったけど、わたしの口からは、さらなる詰問が飛び出していく。
「髪の毛が、どうして大切なものなのよ!? そりゃあ、確かに大切ではあるけど、それが取引の代償だなんて、普通は思わないよ!」
「だってサ、髪は女の命って言うジャン。命ダヨ命。契約の代償に、充分に値するんダヨ」
「そ……それにしたって、納得いかないよ!」
わけがわからず、ただ大声で怒鳴り返すのみ。
一階には家族がいるし、お兄ちゃんだってもう、隣の部屋に戻っている。
そんなのお構いなしに、というよりも、そこまで考える余裕すらなく、大声はわたしの口から飛び出していた。
クリボーはわたしの瞳をじっと見据えると、飛び出していった怒鳴り声を遮って、穏やかな言葉を重ねる。
「一回三十分のレンタマあたり、百本の髪の毛をイタダイテいたんダ。人間の髪の毛の総数カラ考えたら、微々たるモノだけどネ」
落ち着き払い、わたしを諭すような声で奏でられた解説の声に、嘘や偽りはない。
確信を持ってそう思えた。
「だから結構、オレの頭に生えてきたデショ? コレ、イタダイタ髪の毛の効果なんダヨ」
クリボーの頭に、うっすらと広がる産毛。
それらは、わたしの髪の毛を『れんたま』の代償として貰ったから、生えてきていたのだ。
……やっぱりお父さんの使ってる育毛剤、全然効かないんだ……。
ついつい、ちょっとばかり逃避気味な方向に思考が流れてしまう。
ともあれ、そんな思考もすぐに現実へと引き戻す無情な宣告を、クリボーは続けざまに放った。
「ピノはちょっと、以前よりオデコが広くなっちゃったカモしれないケドネ」
「え…………。きゃ~~~~っ!」
額に手を乗せると、なんとなく後退してきているように感じられる生え際に、わたしはもう深夜だというのも忘れ、叫び声を上げてしまうのだった。
そのあと、叫び声を聞きつけ、心配した家族がわたしの部屋へと押し寄せてきた。
怖い夢を見たの、と弁解の言葉を並べ、どうにか事なきを得たけど。
ふぅ……。
もっと慎重にならないとダメだな。
そうじゃないと、クリボーのこと、見つかっちゃう。
だけど、そんな心配は無意味だったと、しばらくして知ることになる。
☆☆☆☆☆
「レンタマは本来、ピノの中にある性格を引き出してるダケなんダ。だから、今までのレンタマ中の性格も全部、ピノ自身ってコトなんダヨ」
家族が戻っていったあと、改めて姿を現したクリボーが、真面目な顔で語り始めた。
「えっ……!?」
「個性がナイなんて考えてるコトもあったケド、そんなことはナイヨ。おとなしいってコトも、ひとつの個性と言えるわけだし。マイナス思考全開で悩んじゃうのもネ」
そう言ってウィンクをしてみせるクリボー。
「はう……」
「悩むのだって、必要なんダヨ。そうやって、少しズツ成長していくモノなんだカラ」
なんだかすべてをまとめて締めくくろうとするかのように、クリボーは静かに言葉を紡ぐ。
「死に髪としてのオレの努めは、ピノが幸せにナルための手助けをするコト」
帰宅する途中にも、そんなことを言っていた。
わたしの幸せが、クリボーの望む結果にもつながる。だからこそ、パピコの作戦に加担したと。
そんなクリボーは、とても心強くて、今のわたしにとって、なくてはならない存在になっていた。
にもかかわらず……。
「……とはいえ、髪の毛が代償だってコト、知られてしまったからネ。もうソバについているワケにはいかナイ」
「え……?」
「お別れだよ」
あまりに唐突すぎて、
わたしは、受け入れるだけの余裕を、すぐには持てなかった。
クリボーは微かに笑う。
言葉の意味が頭に浸透していくよりも早く、クリボーの姿は徐々に薄れ始めた。
「えっ? ちょ……、クリボー……?」
普段、学校に行くときなんかに姿を消すのとは、明らかに違っている。
それはわたしにもわかった。
でも、まともに声を吐き出すこともできない。
真夜中なのに朝日のような輝きに包まれながら、クリボーの姿が空気に溶け込んでいく。
そして満面の笑みを浮かべながら、
その笑顔を最後のプレゼントとするかのようにわたしの記憶の中に鮮明な映像を残しながら、
クリボーは、
消えた――。
「じゃあネ……お姉ちゃん」
すでにわたしひとりきりとなった部屋に、最後にひと言だけ、そんな声が確かに響き渡った――。
あとからお母さんに聞いた話では。
わたしには弟がいたらしい。
髪の毛がまだ生え始めていない胎児の状態で死んでしまった、かわいそうな弟が――。
以上で終了です。お疲れ様でした。
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