表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
れんたま  作者: 沙φ亜竜
第6章 毒リンゴを食べた、白雪姫みたいに
41/45

-6-

 叫び声が響いてもピクリとも動かない白熊くんに、わたしは膝立ちの体勢で覆いかぶさる。

 両手を伸ばし、白熊くんの両腕をそっとつかむ。

 白熊くんはまったく動かない。だけど胸の辺りは、穏やかに上下していた。呼吸も確かに感じられる。


 少しだけ、安堵する。

 その傍らには、飛び込んできたわたしをじっと見下ろす、クリボーの姿があった。


「もうやめて!」


 クリボーを睨みつけながら、わたしは声を荒げる。

 そんなわたしとは対照的に落ち着いた声音で、クリボーは言葉を返してきた。


「もう手遅れダヨ?」

「そんなの、ウソ!」


 わたしはクリボーの言葉をかき消すように、否定の叫び声を重ねる。

 信じたくない。いや、信じない!


「まだ息はしてるケドネ。デモ、時間の問題ダヨ」

「そんなの、ウソだもん!」


 再び重ねられた否定に、さすがのクリボーも苦い顔で反論してきた。


「信じナイのは勝手だケドサ。だったら、どうスルって言うんダイ? 童話みたいに、キスで目覚めさせるトカ?」


 ただ、どういうわけかそこまで言葉を連ねると、ふっと口を閉ざしてしまう。

 クリボーは、なにやら考え込んでいるようだった。


「そっか、確かにソレなら、助かっちゃうカモ……」

「えっ?」


 ふと漏らしたつぶやきに、わたしは反応する。


 助かる?

 白熊くんが、助かる?


 わたしは、さっきのクリボーの言葉を思い返す。


 童話みたいに、キスで目覚めさせるトカ?


 クリボーは確かにそう言った。

 それで、白熊くんは助かるっていうの?


「イヤ、なんデモないヨ。だいたい、そんなコトする勇気、ピノにはないダロ?」


 余計なことを言ってしまった、といったバツの悪そうな苦笑を浮かべながらも、クリボーは口もとを緩める。

 そして、こう続けた。


「オレがレンタマしてやらなきゃ、ナンにもできナイ、臆病なピノには……」


 ズキン。

 クリボーの言葉はわたしの胸に、トゲのように、いや、針のように、いやいや、剣のように、深々と突き刺さる。

 わたしは自分の意見もろくに言えない、情けない性格だった。

 それを少しでも変えるために、クリボーから『れんたま』してもらっていた。


 とはいえ、決して『れんたま』してもらわなければなにもできない、ということではない。

 わたしはわたしなりに、頑張ってきたつもりだ。

 それに、白熊くんを助けるためなら、どんな困難だって乗り越えられる。


 キスするのは、もちろん嫌じゃない。それどころか、嬉しいというか、ずっと憧れていた。

 だけど……。

 白熊くんの了解も得ないで、そんなこと……。

 でも、このままじゃ、白熊くんは死んじゃうし……。


 頭の中で葛藤が続く。

 クリボーは黙って見守っている。

 わたしは、覚悟を決めた。


 ぐっと、顔を近づける。徐々に徐々に、ではあったけど……。

 白熊くんの透き通るような綺麗な肌が、少しずつ目の前に迫ってくる。

 もちろん迫っているのは、わたしのほうなのだけど。


「キス、しちゃうのカイ? 本人の了解も得ないで。白熊が起きタラ、嫌われちゃうカモしれないヨ?」

「わかってる! けど、死んでほしくないもん! 嫌われるくらい、なによ!」


 クリボーの声が引き金となったかのように、わたしは勢いをつける。


 白熊くん……死なないで!


 わたしは、

 目を閉じて、

 不器用に、

 唇を重ねた。


 柔らかくて、温かくて、ほのかな湿り気があって……。

 わたしはそっと唇を重ねたまま、白熊くんが意識を取り戻すのを待つ。


 あれ?

 だけどわたし、今、目をつぶってる……。

 白熊くんの意識が戻って目を開けたとしても、これじゃあ、わからないじゃない……。


 わたしは恥ずかしく思いながらも、目を開けようと決心する。

 もっとも、もし白熊くんが目を開けたらきっと驚くだろうから、わからないはずもないのだけど。このときのわたしには、気づく余裕なんてありはしなかった。


 どちらにしても、わたしが決心しようがしまいが、結果は同じだったかもしれない。

 夜も遅い学校の教室に、突然大きな声が響き渡ったからだ。


「おお~~~~~! よくやったぞ、ピノ~! あたしはマジ感動した!」

「最高だったよ! 見てるだけで恥ずかしかったけどね!」

「ふふっ、でも、ホントにするとは思わなかったですよね~!」


 響き渡ったのは、三つの黄色い声。


「えっ………?」


 わたしは思わず顔を上げ、声のした方向――教室の後ろのドア付近に目を向ける。

 そこに立っていたのは、パピコ、パナップ、大福ちゃんの三人だった。

 三人は微かに頬を染めた笑顔を張りつけ、教室の中になだれ込んでくる。


 いや、さらにもうひとり、教室に入ってきた人がいた。

 担任の牧村先生だ。


 どうして、みんながいるの?

 なんで、先生まで?

 いったい、これはなんなの?


 なにがなにやらわからず、呆然とするしかないわたし。

 そのとき。

 わたしのすぐ横で、むくっと起き上がる影……。


 言うまでもなくそれは、意識を失っていたはずの白熊くんだった。

 慌ててわたしは振り向いて声をかける。


「白熊くん、気がついたのね! よかった!」


 わたしの言葉に、なんだか恥ずかしそうな様子で後ろ頭をポリポリとかきながら、


「騙すような感じになって、ごめんね」


 白熊くんは、そう言った。


「え……? えっと、どういうこと……?」


 混乱しまくるわたしをよそに、友人三人と牧村先生、さらにはクリボーまでもが、わたしと白熊くんを取り囲むように集まってくる。


「ピノ! やるじゃん!」


 パピコがニヤニヤしながら右手を差し出し、親指を立てて「グッジョブ」のポーズを見せる。

 彼女だけじゃない。パナップも大福ちゃんも、牧村先生もクリボーも、みんなニヤケ顔で笑っている。

 それで思い出した。


 わたし、白熊くんに、キスを……。


 ぼっ!

 瞬間的に、顔から火が出る。


「あっ、あの、白熊くん、その、わたし、えっと……!」


 しどろもどろになりながらも、どうにか弁解の言葉を口にしようとするわたしを、白熊くんはいつもの温かな微笑みで制する。


「うん、わかってる。大丈夫だよ」

「えっと……」


 わかってるって、

 大丈夫って、

 なに?


 そういえばさっき、騙してごめんとか、そんな感じのことを、言ってたような……?

 呆然と見つめ返すわたしに、白熊くんは優しく、こうささやいてくれた。


「大丈夫。ぼく、雫宮さんのことが……好きだから……」


 一瞬、なにを言われたか、理解できなかったけど。

 次の瞬間には、顔から火が出るどころか、体中から発火して大爆発を起こしたくらいに、わたしは真っ赤っかになってしまうのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ