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正門まで近寄ってみると、当たり前だけど門は閉まっていた。
時間はおそらく、もう九時を過ぎている頃だろう。
それでも、職員室の明かりが点いていたわけだから、少なくとも誰か先生が残っているのは確かだ。
ということは……。
わたしは正門のすぐ横まで移動してみる。
やっぱり。
正門は閉まっていても、通用門はまだ開いていた。
ためらうことなく、わたしは門の中へと自分の身を滑り込ませる。
なんとなく、ひんやりとした空気に変わったと感じたのは、わたしの気のせいだろうか。
念のため周囲に目を光らせ、足音を立てないようにこそこそと校舎へと近づく。
普段使っている昇降口に向かってみたものの、カギがかけられていて入れなかった。
とすると、開いているとすれば、職員玄関くらいだろうか。
わたしは職員玄関へと忍び寄る。
案の定、カギは開いていた。
ただ、そのすぐそばに職員室がある。
おそらく残っている先生はひとりだけ。職員室の自分の机で、なにか作業をしているとか、そんなところだろう。
だとすると、静寂の中にいると考えられる。
つまり、ちょっとでも物音を立てれば気づかれてしまう可能性が高い、ということだ。
もし気づかれたら、早く帰れと怒鳴られながら職員玄関まで連れていかれ、強制的に外に出されてしまうに違いない。
さすがに先生に抗う勇気なんて、わたしにはなかった。
わたしは慎重にドアを開けると、靴を脱いで片手に持ち、抜き足差し足で廊下まで歩みを進める。
靴を持っているのは、職員玄関に置いておくわけにもいかないからだ。
小さくひとつ深呼吸。
職員玄関があるこの場所は、特別教室棟一階の一番端っこ。なお、こちら側の端っこには階段がない。
構造上、職員室前の廊下を通らないと、昇降口のある渡り廊下まで行けないのだ。
目指す教室棟は、渡り廊下のさらに先にあるわけだから、職員室前の廊下を避けては通れないことになる。
わたしは意を決して、一歩、また一歩と、忍び歩く。
靴下をすすすっと滑らせるように足を繰り出しながら、ゆっくりと慎重に進む。
汗が頬を伝って、そのまま地面に落ちる。その音さえも、大きく響き渡ってしまうのではないかと心配になるくらい、辺りは静寂に包まれていた。
早く教室まで行かなくちゃいけないのに、急ぐことができないもどかしさ。
職員室前の廊下なんて、ほんの十数メートル程度でしかないはずなのに、永遠に続くかと思えるほど長い時間を費やしたように思えた。
ともかく、難関は越えたようだ。ほっと息をつく。
廊下をさらにしばらく進み、角を曲がって渡り廊下に差しかかるまでは、慎重に足を滑らせていたものの、もうそれも限界だった。
わたしは駆け出し、自分の教室へと一目散に向かう。
靴下のままだったから、何度もバランスを崩して転びそうになってしまったけど。
こんなことなら、下駄箱に靴を置いて、上履きを履いてくるべきだったかな。靴を持ったままだというのも、バランスを崩す原因になっていると思うし。
でも、そんなことを今さら言っても仕方がない。
早くしないと、すべてが「終わって」しまうかもしれないのだから。
教室棟は三階建て。一年生の教室は三階にある。
白熊くん、無事でいて!
クリボー、「消す」なんて恐ろしいこと、お願いだからやめて!
心の中で叫びながら、わたしは階段を駆け上がる。
三階の廊下に出て、視線を一番奥の目的地、すなわちわたしたちの教室のほうへと向ける。
暗い廊下に、煌々と明かりが漏れていた。
白熊くんとクリボーは、やっぱりあそこにいる!
姿が見えるわけではなかったけど、確信めいた思いがわたしにはあった。
一瞬の間すら置かず、ダッシュを再開。
わたしのすぐ横を、通過点の教室が流れてゆく。
一年三組、四組……。
もう少し!
五組、六組……。
あと少し!
……七組!
わたしは教室のドアに手をかける。
と同時に、躊躇することなく思いっきり横に引いた。
ガラガラガラ!
乾いた大きな音を立てて、ドアは開け放たれる。
明かりのまぶしさに目がくらみながらも、教室内の光景を脳裏に焼きつけ、瞬時に状況を把握しようとする。
思っていたとおり、そこには、白熊くんとクリボーがいた。
クリボーはじっと視線を落としたまま立ちすくんでいる。
その視線の先には、仰向けに倒れた白熊くんの姿が――。
「白熊くん!」
わたしは持ったままだった靴を放り投げ、白熊くんに飛びつかんばかりの勢いで駆け寄った。