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やがて雨も上がり、わたしは家に向かって歩き出した。
背後には黒い影。
契約したら、しばらくついていてやる、とか言ってたっけ……。
でも……。
さっきまでは畑がたくさん見える、とくに人通りのない場所だったからよかったものの、今はもう住宅地に入ってきていた。
そりゃあ、大都市にある住宅街のように家が密集して建っているわけではないけど、それでもちらほらと買い物帰りの主婦や部活帰りの学生なんかが通りかかったりもしている。
すれ違う人たちはみんな、一瞬目を丸くし、手でごしごしと目をこすり、ぶつぶつと「気のせい」やら「目の錯覚」やらつぶやきながら通り過ぎていった。
なんというか、思いっきり見えてるみたい……。
わたしはピタッと足を止め、くるりと回れ右して死神さんと向き合う。
「あの……姿を消すとか、できないんですか?」
「バカニスルナ、ソレクライデキル」
「だったら、消えてください」
「ダガ、ツカレルノダ。ツカレルトソノブン、タイセツナモノヲ、イタダカナクテハ……」
「ごめんなさい」
わたしはどうやら、諦めるしかないようだ。
ふぅ。ため息ひとつ。
再び回れ右しようとしたところで、死神さんは妥協案を提示してくれた。
「ダッタラ、コウスルカ?」
と言ったかと思うと、ぼわんっ、とその姿が一瞬にして煙に包まれる。
そして煙が消えたあとには、七~八歳くらいだろうか、ひとりの男の子がたたずんでいた。
ほんとにもう、普通の人間の男の子としか思えない。
どういうわけだか、頭はツルツルくりくりの丸坊主だったけど……。
「最強の地球人!?」
その容姿を見たわたしは、反射的に思い浮かべたことをそのまま口走っていた。
「ナニを言ってるかゼンゼンわからないケド……」
男の子はわたしにジト目を向け、不満な表情を浮かべる。
つまりこの子は、さっきの死神さんなのだろう。
人間に変身したからなのか、さっきまでと比べたら、随分と言葉も聞き取りやすくなったような気がする。声帯の問題だったのかな、やっぱり。
口調すら、若干柔らかくなったように感じるのは、わたしの錯覚だろうか。
と、それはともかく。
「あ……ごめんね、ちょっとお兄ちゃんの影響が……」
わたしってば小さい頃はお兄ちゃんの部屋にあるマンガを読みあさっていたから、どうもそういう思考回路が植えつけられてしまっているみたいで……。
「ふ~ン……?」
死神さんが首をかしげている。
あっ、なんだか可愛いかも。
とりあえずわたしは、死神さんとともに並んで歩き、帰るべき我が家を目指した。
ただ、問題はまだ残っている。
「ねぇ、家に入るときは消えててくれない? わたしの部屋に着いたら、その姿でいてもいいから」
わたしはおずおずとお願いしてみた。
当然ながら死神さんは、
「じゃあ、タイセツなモノを……」
と迫ってきた。
「そこをなんとか……。お菓子とかで、手を打ってもらえない?」
「ん~……、ま、いいケド」
わたしの提案に、しぶしぶながらも頷いてくれた。
もちろん、魂をレンタルする代償はお菓子にはならないと、念を押されてしまったけど。
☆☆☆☆☆
ただいま~と小さく声に出しながら家に入っていく。
その挨拶に応えてくれる声はない。
階段を上って自分の部屋に入ったところで、目の前に男の子の姿が現れた。
「ふ~。疲れたヨ」
「ん、ごめんね。でも、部屋ではできるだけ静かにしててね? あと、家族が部屋に入ってきたら、すぐ消えてね?」
「注文の多いニンゲンだナ~」
ぶつぶつ言ってはいたものの、拒否はしなかったから、きっとわかってくれたのだろう。
「ありがとね、クリボー」
わたしはそう感謝を述べ、くりくりの坊主頭を撫でてあげる。
「クリボーって……オレのコトか?」
「そうよ。死神さんなんて呼ぶのは、やっぱりちょっと抵抗があるし」
「ふム。ま、いいケド。なかなかイイ名前だし。オマエ、センスいいナ!」
死神って、意外と素直なんだな~。
クリボーって、某ゲームのザコキャラの名前なんだけど……そんなこと、もう言えないな~。
と、それよりも。
「お前って呼ぶのは、やめてくれない?」
ちょっとふくれっ面で文句を口にする。
わたしのお願いに、クリボーは快く応じてくれた。
「ふム。じゃあ、ピノと呼べばいいカイ? トモダチがそう呼んでたヨナ?」
「うん。それでいいよ」
そう答えながら、わたしは微妙に首をかしげる。
あれ? クリボーと出会ったのって、学校帰りだったのに、どうしてわたしの友達を知ってるの……?
若干の違和感はあったけど、死神が目の前にいる異常さと比べたら些細なことだからか、わたしはそれ以上深く追求しなかった。
う~ん、それにしても……。
なんだか変なことになっちゃったかも……。
冷静に考え直してみると、今さらながらにそんな感想を抱いてしまう。
だけど、自分を変えるためだもん。ちっちゃいことなんて、気にしてちゃいけないよね。
「さて、着替えよっと」
しゅるりとリボンをほどいて、ふと気づく。
いくら小さい子の姿をしているとはいえ、クリボーがこっちをじっと見つめていると、さすがに恥ずかしいかな……。
「クリボー、悪いんだけど、あっち向いててくれない? いいって言うまで、こっち見ないでね?」
「ふム? わかったヨ」
くるりんと素直に壁のほうを向いてくれたクリボーの後ろ頭を見ると、なんだかほのぼのとした穏やかな気持ちになる。
わたしは知らず知らずのうちに笑みをこぼしていた。