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部屋を飛び出し、大慌てで階段を駆け下りる。
急ぎすぎて転げ落ちてしまうくらいの勢いで、はしたなくドタドタと音を立てながら。
いつものわたしからは考えられない足音に、階段の下付近にいたお母さんは驚いた様子で台所へと引っ込んでしまう。
とはいえ、わたしが靴を履いて玄関を出ようとすると、さすがに声をかけてきた。
「……陽乃、こんな遅い時間からどこ行くの? もう暗くなってるし、危ないんじゃない? それに、ご飯、もうすぐできるわよ?」
大きな声で怒鳴りつけたりまではしなかったものの、それでもお母さんの口調は普段と比べたらずっと強いものだった。
もっとも、声を飛ばしてくるだけで、台所から玄関に出てこようとはしなかったけど。
「ちょっと出かけてくる!」
わたしはそれだけ言い残すと、家から飛び出した。
今はお母さんにゆっくり説明しているような時間なんてない。
薄暗い道……街灯も少ない道を、わたしはひたすら走る。
クリボーは、白熊くんを「消し」に行った。
わたしはクリボーとともに、かなりゆっくりとした足取りで、学校から自分の家まで帰ってきた。
そのせいで、すでに辺りは真っ暗闇に包まれている時間だった。おそらくは白熊くんだって、家に帰っているはず。
だから、わたしが向かったのは白熊くんの家。
場所はもちろん知っている。パピコと幼馴染みである白熊くんは、パピコの家のすぐ隣に住んでいるからだ。
中学の頃は、パピコがうらやましくてたまらなかった。
頻繁にパピコの家に遊びに行って、偶然白熊くんに会えたりしないかな~なんて考えていたっけ。
実際何度かは、白熊くんと会うことができた。
というより、パピコから無理矢理呼び出された、とか言ってたかな。
当時のわたしは、パピコと白熊くんはこうやっていつもお互いの家を行き来しているんだ、仲がよくてうらやましいな、なんて考えるばかりだったけど。
やっぱりパピコはその頃から、わたしの想いに気づいてくれていたのかもしれない。
……ただ、わたしのためじゃなくて、パピコ自身が白熊くんに会いたいから呼び出した、という可能性も捨てきれない気はする。
呼び出された白熊くんは、いつも笑顔だった。
平然とパピコの部屋に入ってきて、「雫宮さん、来てたんだ。こんにちは」なんて声をかけてくれて。
でも白熊くん、女の子の部屋に入るのに、なんのためらいもなかったと、今さらながらに考える。
それはきっと、パピコの部屋だったからだろう。幼馴染みで、何度も足を運んでいる場所だったから……。
余計なことを考えてしまっていたかもしれない。
それでも、わたしは足を止めることなく、全力で走り続けていた。
街灯の明かりが増えてくる。白熊くんやパピコの家があるエリアへと入ったのだ。
わたしの家の周辺とは違って、ふたりの住んでいる地域は、人の往来も多い住宅街の真っただ中にある。
しばらく住宅の合間を走り抜けていくと、小綺麗な一軒家が見えてきた。
広いというほどではないけど、ちょっとした庭もあって、清潔な雰囲気漂うその家が、白熊くんの自宅だ。
わたしは迷うことなく、チャイムを押した。
考えてみたら、白熊くんの家をひとりで訪れるのは、今日が初めてとなる。白熊くんの家のチャイムを押したのも、初めてのことだった。
だけど、パピコと一緒にお邪魔したことなら数回ある。覚えてくれているかはわからないけど、白熊くんのお母さんとも面識はあった。
玄関のドアが開けられ、女性が顔を出す。
しばらくぶりではあったけど、すぐに白熊くんのお母さんだとわかった。
「あの、わたし、白熊くん……じゃなかった、白馬くんのクラスメイトの雫宮です。あの、白馬くん、いますか?」
「あらまぁ、え~っと、確か陽乃ちゃん……だったかしら? お久しぶりね~! 柊子ちゃんと一緒に、遊びに来たことがあったわよね? ……でも、ごめんなさい。白馬、まだ帰ってきてないのよ~。もうこんな時間なのに、なにやってるのかしらね~?」
わたしが息を切らしながら急かすように尋ねているというのに、白熊くんのお母さんは、なんだかとってものんびりとした調子で答えていた。
ともかく、知りたい情報は得られた。
「そうですか、ありがとうございます! お騒がせしました!」
わたしは一礼だけして、即座に駆け出していた。
すごく失礼だったとは思う。けど、わたしには急ぐ必要があった。
白熊くんの家に向かった分、時間をロスしてしまったからだ。
こんなことなら、最初から学校に向かえばよかった。
考えてみたら、クリボーが白熊くんの家を知っているはずなんてなかったのだ。
もっともクリボーは、姿を消したりできて、空に浮かんだりもできるみたいだから、ターゲットの居場所に瞬間移動することだってできるのかもしれないけど。
……ターゲット……。
自分の考えた言葉に、寒気を覚える。
もしかしたら、もう、白熊くんは……。
わたしは大きく首を左右に振って、不穏な思考を振り払う。
大丈夫。
大丈夫に決まってる。
自分に言い聞かせながら、わたしは街灯の並ぶ薄暗い道をひた走った。
会社帰りのサラリーマンらしきおじさんたちを避けながら、わたしは一心不乱に走り続ける。
制服姿の女子高生が、スカートを乱しながら走り抜けていくからか、振り返ってじろじろ見ているような視線を感じたりはしたけど。
そんなこと、構っていられない。
ただひたすらに、足を前へと繰り出す。
すぐに、学校の建物が見えてきた。
正門のほうへと回り込みながら、わたしは校舎に視線を這わせる。
すでに真っ暗になっている学校。
ただ、職員室には明かりが点いているようで、まだ先生が残っていることを物語っていた。
そしてさらに、職員室以外に一ヶ所だけ、明かりが点いている場所があるのを、わたしは確認する。
そこは、教室棟三階の一番端っこ。すなわち、わたしたちの教室だった。