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薄暗い道。
街道もそれほど多くない、畑が辺り一面に広がる寂しい道。
女子高生のひとり歩きだと、ちょっと危険に感じられるような道を、わたしはトボトボと歩いていた。
実際のところひとりではなく、クリボーが並んで歩いてくれてはいるけど。
正体はともかく、見た目は小学校低学年くらいの男の子。ボディーガードとしては心もとない。
ともあれ、今のわたしには、自分の身が危険だとか、そんなことを考えるような余裕なんてなかった。
だって、誰か他の人……おそらくはクラスメイトの誰かが、危険にさらされてしまうかもしれない状態にあるのだから……。
確認してみたら、廊下には誰もいなかった。
とすると、わたしの気のせいだったという可能性も、ないわけではないだろう。
だけど、あのとき。
微かな物音を聞いたのは、わたしだけじゃない。
クリボーにも聞こえていたからこそ、「ダレかに見られてたカナ?」なんて言ったのだ。
「もしダレかに見られタラ、見た人間は消すしかナイ。そういう決まりになってるカラ、気をつけてネ」
以前そう忠告したときのクリボーは、至って真面目な顔だった。
消す……。
消すって、やっぱり、この世から消し去るって意味……?
記憶を消すという意味にも取れるけど、もしそうだとしたら、あんなにも真面目な顔になって忠告するほどでもないと思うし……。
様々な考えが頭の中をぐるぐると回り、わたしを混乱の淵へと引きずり込む。
立ち止まったり、またゆっくりと歩き始めたり、それを何度も繰り返しながら、わたしは徐々に自分の家へと近づいていった。
「あっ、お帰り、陽乃。文化祭、楽しかったか?」
重苦しい足取りで帰宅したわたし。
玄関のドアを開けた途端、珍しくお兄ちゃんが声をかけてくれたけど、わたしは心ここにあらず。
ただいま、と小さく答えはしたものの、そのまま自分の部屋に駆け込むことしかできなかった。
「家族なんだカラ、もう少し……ま、いいケド」
玄関前で姿を消したクリボーが、いつの間にやらわたしの隣に実体化して、なにやら言おうとしたけど、すぐに言葉を濁す。
これまでにも何度か、同じようなことがあった気がするな……。
確かに家族なんだから、もっとコミュニケーションがあってもいいというのは、わたしだってずっと思っていることではある。
そうはいっても、こればっかりは仕方がない。
お兄ちゃんは引きこもりだし、お父さんは家にいないことが多いし、お母さんはわたしを嫌っているみたいだし……。
そりゃあ、さっきお兄ちゃんがせっかく話しかけてくれたのに無視してしまったのは、ちょっと悪かったかなとは思うけど。
今はもっと優先的に考えるべき問題があるわけだから、そういった意味でも仕方がなかったと言えるはずだ。
わたしはクリボーと向き合う。
背丈の違いから、自然とクリボーを見下ろす形となっていた。
視点の位置はわたしが上でも、精神的な立場ではクリボーが上だ。
なるべく刺激しないように、控えめな口調で、わたしは尋ねる。
「あの……さ、クリボー……」
消すって、記憶を消すだけ?
もしも存在自体を消すって意味だったら、そこまでしないで済む方法とかってないの?
だって、人がひとりいなくなったら、絶対に問題になるよ?
いくつもの質問の言葉が、のどもとにまで上ってきていたけど。
それらの言葉が吐き出されるよりも早く、クリボーが口を開いた。
「さっき見テタのは、どうやら熊本白馬ダッタみたいダヨ」
「え……?」
一瞬、誰のことだか理解できなかった。
普段からあだ名でしか呼んでいなかったというのも、理由としてはあっただろう。
でもそれ以上に、そうであってほしくない、という思いの強さのほうが要因となっていたに違いない。
ただ、いくら信じたくなかったとしても、残酷な現実は、無情にもわたしの目の前につきつけられてしまう。
「白熊……くん……?」
わたしは改めて、あだ名で聞き返していた。
「うム。そう呼んだホウがわかりヤスかったネ」
クリボーは、はっきりとそう言い放った。
「オレは教室に思念を残シタ状態で、帰ってきたんダヨ。隠れて様子をウカガウためにネ。……オレたちが帰ったアト、教室に戻ってきた人影がアッタ。それが白熊ダッタ」
「で……でも、一旦逃げてから戻ってきたってわけじゃなくて、たまたまそのときに教室に来ただけかも……」
「イヤ、それはナイヨ。だって、『さっきのって、雫宮さんとクリボーだよね……。契約とか、変なことを話してたような……。それに、あの光はなんだったんだろう……』って、つぶやいてたからサ。疑いヨウもなく、クロ、ダヨ」
わたしの顔面は、蒼白になっていたはずだ。
自分自身でも、血の気がまったく感じられなかったのだから。
「し……白熊くんを……消しちゃった……の……?」
震える声を投げかけるわたしに、クリボーは素直に答える。
「ううン、まだダヨ。だけど、規則だからネ。消すしかナイ」
「そ、そんな……!」
どうにかして、止めなきゃ。
考えを巡らせ始めたわたしの前で、
「行ってくるヨ」
とだけ言い残すと、クリボーはすーっと姿を消してしまう。
「あっ! ま……待って……!」
慌てて伸ばしたわたしの右手は、ただ空気をつかむばかりだった。