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片づけが終わると、ひとり、またひとりと、クラスメイトが帰っていく。
文化祭の余韻に浸り続けたいと思って教室に残っていたわたしたちのグループではあったけど、空がどんどん薄暗くなっていくのを確認すると、そろそろお開きにして帰ろうという流れになった。
でもわたしは、どうしてももう少しだけ余韻に浸っていたかったから、みんなと一緒には帰らず、教室の自分の席に座って、ただひとり、ぼんやりと時間を過ごしていた。
いや、正確に言えば、ひとりじゃなくて、ふたりか。
わたしの傍らには、クリボーが黙ったまま立っている。
座れば? そう勧めてみたけど、「足が疲れるワケじゃないカラ、べつに構わないヨ」との答えが返ってくるだけだった。
楽しかった文化祭も、これで終わりなんだ……。
寂しさが胸を締めつける。
後片づけは終わらせたものの、バンド喫茶をやっていた痕跡が、教室内にはまだ微かに感じられる。
だけど、それもすぐに薄れゆき、普段どおりの教室へと戻ってしまうだろう。
生活も気持ちも、すべてが文化祭前と同じ状態に回帰してしまうだろう。
もちろんそれは、悪いことではない。
ただ、寂しいのだ。
それに加えて、わたしにはもうひとつ、胸の中にもやもやと渦巻く灰色の思いがあった。
文化祭を心から楽しめたのは、『れんたま』の効果も大きかったに違いないということだ。
寿命と引き換えにした楽しさ。
悔いはないけど、同時に言い知れぬ空しさのようなものが、わたしの心をすっぽりと覆い尽くしていた。
クリボーの力を借りなかったとしても、わたしは楽しめたのかな……?
…………。
自分に自信のないわたし。答えはノーとしか浮かんでこない。
そう……だよね。わたしには、『れんたま』が必要なんだ。悩むことなんて、ない……。
だからわたしは、黙ったままじっと見つめていたクリボーに向かって、感謝の言葉をかける。
「ありがとう、クリボー」
「こちらこそダヨ」
坊主頭の死神は、笑顔で応えてくれた。
「それで、どうするカナ? レンタマ、延長したホウがイイんじゃナイ?」
そしてわたしの心の揺らぎを感じ取っかのように、クリボーは魅惑的な提案をちらつかせる。
目の前にニンジンをぶら下げた馬のヨウに、飛びついてくるとイイヨ、とでも言わんばかりの、鋭い瞳を向けながら。
…………。
その瞳が、逆にわたしの心を踏み留まらせる。
自分を変えたいからこその『れんたま』なのだから、頼りきりになってはいけない。
そう考えたのだ。
「ん……ありがとう。でも、とりあえずは、いいや。……でもまた、すぐに力を貸してもらうかもしれないけどね」
すっぱりと断りきることができないわたしは、やっぱり弱いなと思うけど。
クリボーにはわたしの意思が伝わったようだ。
ひとつ、小さく頷いたクリボーは、
「了解だヨ」
と微笑んだ。
「それジャ、今回の学園祭分の契約は、コレで終了ってコトで、いいカナ?」
「うん」
答えると、わたしとクリボーとのあいだに、光の玉のようなものが現われ、まばゆく光り輝く。
それも一瞬のことで、輝きは次の瞬間には消えていた。
きっとあの光の玉が、わたしから吸い取った魂なのだろう。
「まいどアリ。これで『タイセツなモノ』も随分といただいたコトになるネ」
「…………うん……」
クリボーの言葉に、引っ込み始めていた恐怖の念が、じわっと湧き上がってくる。
いったい今までで、どれだけの「大切なもの」を、わたしは失ってしまったのだろうか?
とはいえ、さっきも散々考えていたじゃないか。わたしには『れんたま』が必要なんだって。
「こ……これからも、よろしくね」
「へへっ、もちろんダヨ」
若干尻込みしながら繰り出されたわたしのお願いに、クリボーは即答を返してくれた。
そのとき。
ガサッ……。
なにやら、微かな音がした。
「え?」
思わず音のした方向――教室の後ろ側のドアの辺りを振り返る。
「むっ……、ダレかに見られてたカナ?」
誰かに見られたら、消さなきゃいけない。
以前クリボーは、そんな怖いことを言っていたような気がする。
わたしは慌てて後ろのドアまで駆け寄り、顔だけ出してきょろきょろと左右に伸びる廊下を確認してみた。
すでに薄暗くなった廊下には、誰の姿もない。
でも、どうしよう。もし誰かに見られていたとしたら……。
わたしはちらっとクリボーに視線向ける。
「もし見られてタラ、消すしかナイかもしれないネ」
「…………」
わたしは、返す言葉を見つけることができなかった。