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文化祭は二日間で行われる。
一日目は、コケて衣装を破ってしまうという大きなトラブルがあり、慌ただしい中ですぐに過ぎ去ってしまったけど。
二日目も負けず劣らずの慌ただしさの中、忙しいとか泣き言をこぼすヒマすらないままに進んでいった。
日曜日だから人が多かった、というのもあるけど、なにやらわたしたちのバンドが話題になったから、というのも要因になっていたらしい。
一日目にはトラブルがあったけど、それがなんだか随分と好評だったようで、あのブライダルソングを歌うときには白熊くんもステージに上がって、わたしをお姫様抱っこするという演出が正式に加えられた。
発案者はもちろんパピコだ。
わたしとしては、さすがに恥ずかしいし白熊くんにも迷惑がかかるし、と思って反論したのだけど、全会一致で棄却されてしまった。
白熊くん本人も、べつに構わないよと、あっさりOKしていたし……。
恥ずかしいだけで嫌じゃなかったわたしは、白熊くんがいいのならと、すぐさま反論を引っ込めた。それはきっと、『れんたま』のおかげで、普段の自分と比べて格段に前向きな性格になっていたからなのだろう。
一日目の最初の出番から、曲順は毎回適当に変えて、同じような感じにならないための工夫をしていたのだけど。
最後にお姫様抱っこの状態のままステージからはけていく、という演出まで加えることになったため、ラストの曲だけは完全にあのブライダルソングに固定された。
セリフの部分は、名前を出すのはやめて、原曲どおりの「わたしはあなたが大好きです」に戻していた。
でも、白熊くんが「ぼくもキミが大好きだよ」と答える演出は残されていたりする。
わたしのセリフ同様、名前を出さないように変えてあるとはいえ、やっぱり恥ずかしい。
そんな演出も話題を呼んだのか、うちのクラスのバンド喫茶は、驚くほど大盛況となっている。
どうやらクラスメイトが、バンド喫茶を紹介するポスターの上に、「お姫様抱っこで愛を語るラブシーンあり!」などと書いた紙を貼りつけて回ったとか。
ということは、わたしと白熊くんのラブシーンを見るために来た、なんていうお客さんもいるってこと!?
それより、ラブシーンって……! そんな書き方をしたら、その……キスシーンなんかもあるかも、とかって期待して来る人まで現れたりするんじゃ……?
歌っているあいだは必死だから考える余裕なんてないけど、休憩に入るとどうしても恥ずかしさで胸がいっぱいになり、おろおろしながらも、思ったことがぶつぶつと口からこぼれ落ちてしまう。
「いや、まぁ、実際にそういうシーンを追加してもいいとは思うけどな!」
わたしのつぶやきを聞き取ったのだろう、パピコがにやけ顔で迫ってくる。
「そそそそそ、そんなの、ダメだよぉ~……!」
こんな感じでからかわれたりしつつも、わたし自身もなんだか心に余裕を持ってボーカル役をこなし、時間は滞ることなく流れていった。
そして気がつけば、大変だったけど楽しかった文化祭は、あっという間に終わりを告げていた。
☆☆☆☆☆
振替で月曜日は休みになるけど、火曜日には授業がある。
文化祭は土曜日曜と二日間の休日を使っているのに、どうして振替で休みになるのが一日だけなのだろうという不満もあるけど……。
ともかく、授業がある以上、後片づけをしておかなければならない。
振替休日は一日ゆっくりと休むために使われるのが普通だから、誰もわざわざ学校まで来て後片づけしようとは思わないだろう。
少しくらい片づけられないものが残っていても構わないとは思うけど、まったく手をつけないというわけにもいかない。
そうなると、文化祭が終わったばかりではあっても、今日のうちにある程度片づけてしまう必要がある。
少なくとも楽器を音楽室に返し、机と椅子をもとに戻し、調理スペースを仕切っていたついたてや調理器具、余った食材なんかを撤収するくらいは、終わらせておくべきだろう。
というわけで、主に自分が担当していた場所を中心に、後片づけを開始する。
わたしたちはバンド担当だから、楽器を返却しに行くのが主な仕事となっていたのだけど。
四人ずつのバンドが三組だったため、合計で十二人いる。さすがに全員で運ぶまでもないだろう、という話になり、わたしたちのバンドメンバー四人は教壇辺りの掃除を任されることになった。
ホウキとちりとり、雑巾を用意して、ぺちゃくちゃと喋りながら掃除をするわたしたち。
「いやぁ~、しっかし、マジ楽しかったな~!」
「うん、ウチもそう思う。この二日間、すごく時間が速かったよね!」
「そうですね~。もう終わりだなんて、とっても残念です」
「うん……楽しかった……」
それぞれが二日間の思い出を胸に、温かな気持ちに包まれていた。
ほんとに楽しかった。
その余韻に浸りながら、今わたしたちはこうして、お喋りに興じている。
だけど、その余韻にも終わりの時間が来てしまうのは避けられない。
終わるとわかっているからこそ、今を楽しく過ごそう、という気持ちが生まれてくるのかもしれないけど。
「それに、ピノの告白! あれはやっぱり、最高だったよね~!」
「こ……っ!?」
不意に放たれたパナップの言葉に、わたしは驚きの声を上げる。
「あ~、そうだな~! ほんと、びっくりだったよ! ピノのくせにやるな~って思った!」
ピノのくせにって、パピコ、あなたはジャ○アンですか……。
「いい雰囲気でしたよね~」
大福ちゃんまで、面白そうに笑いながら話題に加わってくる。
今、白熊くんは教室内にいない。調理器具を家庭科室まで戻しに行くのを手伝っているからだ。
それでも、クラスメイトの何人かは教室に残っている状況で、こんな話をするなんて。
わたしの困惑なんかガン無視で、パピコはさらにニヤニヤしながら言葉をつなげる。
「せっかくコクったんだからさ、このままつき合っちゃえよ!」
「ちょ……ちょっと、なに言ってるのよ、もう~!」
恥ずかしさで真っ赤になりながらのわたしの反応は、おそらく予想どおりだったのだろう、パピコだけじゃなく、パナップも大福ちゃんも笑顔をこぼす。
ただ、冗談まじりとはいえ、こんなふうに言われたわたしのほうとしても、もし白熊くんさえよければ、そうなりたいなって思いがあったのは確かで……。
あのとき、わたしの告白とも取れるセリフに、白熊くんはその告白を受け入れる意思があるとも考えられるようなセリフを返してくれた。
もしかしてもしかしたら、本当に本気だったりとか……なんて、期待してしまうのも、それほどおかしなことではないだろう。
それなのに白熊くんときたら、結局その件について、なにも言ってくれないまま。
場の雰囲気を壊さないために言ってくれただけで、べつに他意はなかった、というのならそれでも仕方がないとは思うけど。
それならそうと、しっかり伝えてほしい。
ちょっと不満ではあったけど……。
ま、いいか。
すっごく楽しかったし、最高の思い出になったのは間違いないのだから。
こうして友人たちとのまったりとしたお喋りを続けるうちに、楽しかった文化祭の余韻すらも、終わりのときを迎えてしまった。