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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第5章 童話の中の、お姫様みたいに
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-7-

「お疲れ様~!」


 調理を担当する女子や、控えているウェイターの男子から、労いの言葉が送られてくる。

 すべての演奏を終え、次のバンドにバトンタッチしたわたしたちは今、教室の後方に作られた調理スペースへと入ってきていた。

 あまり広くはないけど、かといってそのまま教室の外へ出ることはできなかった。わたしの衣装は、スカートが大きく破けてしまっていたからだ。


 あのブライダルソングを歌い終えたあと、まだ他に何曲か歌うことになっていたため、一曲で終わりにして次のバンドにチェンジ、というわけにもいかなかった。

 だから、そのまま白熊くんがわたしをお姫様抱っこした状態で歌い続けることになってしまったのだ。


 さすがに大変だろうとは思ったけど、白熊くんは「大丈夫だよ」と微笑んでくれた。

 もっとも、大丈夫じゃないのは、むしろわたしのほうだったかもしれない。

 恥ずかしさで真っ赤になって、歌詞がすぐにでもどこか遠くの彼方に飛んでいきそうだったから……。


 とはいえ、何度かミスはあったものの、どうにか最後まで歌いきることができた。

 ずっとお姫様抱っこされながら歌い続けたわたしは、最後の「ありがとうございました」の言葉までそのままの状態で言って、お辞儀をすることもできないままにステージを降りた。


 ステージを降りたといっても、実際には床に足をつけることはなく、白熊くんにお姫様抱っこされながら、この調理スペースまで連れてこられたわけだけど。

 舞台から引き上げてくる途中も冷やかしの声は鳴りやまず、調理スペースに入るまで、わたしの恥ずかしさが消えることはなかった。


「大福ちゃん、ごめんね!」


 白熊くんの腕の中から地面に降り立ったわたしは、真っ先に大福ちゃんに謝罪した。


「こんな豪華なドレスをダメにしてしまって、本当にごめんなさい……! わたし、どうにかして弁償するから……!」


 目尻に涙をきらめかせつつ放たれる悲痛なわたしの叫び声を、大福ちゃんは優しい笑顔を伴って遮る。


「大丈夫ですよ」


 そう言いながら彼女が取り出したのは、ソーイングセット。

 てきぱきと糸と針を準備して、わたしがまだ穿いたままのスカートに手際よく針を通していく。

 突然のことに驚いたけど、動いたら余計に危ない。

 わたしは黙ったまま、大福ちゃんの針さばきを見守ることしかできなかった。


「こう見えてわたし、お裁縫は得意なんです」


 だから、大丈夫。そう言ってくれているのだろう。

 でも、それはあくまでも、応急処置にしかならないはずだ。

 今日と明日の二日間、文化祭のあいだだけならばどうにか耐えられるとは思うけど、文化祭が終わったら専門の店で修繕してもらう必要があるに違いない。


 だったらやっぱり、弁償はしないと……。

 というわたしの思いは、表情に出てしまっていたみたいで。

 大福ちゃんはチラリとこちらに視線を向け、にこっと微笑むと、


「弁償なんて不要です。気にしないでください。わたしが勝手に用意した衣装ですから、着てもらえただけでもわたしは嬉しいんですよ」


 と言って、再び針を動かし始めた。


 大福ちゃんが衣装を縫い終えると、次はまたしても冷やかしの時間がスタートしてしまうことになる。


「それにしても、さっきはすごかったな! まさか白熊が飛び込んでくるなんてさ!」

「そうだね! カッコよかったよ、白熊くん!」

「あと、あのアドリブは、正直ドキドキしました!」


 パピコが話題を変えると、パナップ、大福ちゃんもそれに乗せて明るい声を響かせた。


「はう……」


 再び真っ赤になるわたしに、パピコはさらに冷やかしを重ねてくる。


「あれってさ、本心じゃないのか?」


 ニヤニヤといやらしい笑みを伴った言葉によって、わたしの赤さは当社比で倍以上にまで増大してしまった。


「いや、あの、その……」


 恥ずかしさの極み。

 なにを言っていいやら、わけもわかない状態だった。その相手である白熊くんもすぐ目の前にいるわけだし。


 さっきは思わずセリフの中に、目の前にいた白熊くんの名前を入れて言ってしまったけど。

 あれって、公衆の面前で思いっきり告白したってことにならない!?


 わたしとしては、断じてそんなつもりで言ったわけではなかった。

 本心と同じと言ってもいいセリフではあったけど、それでも意図した言葉じゃなかったのは確かだ。

 そりゃあ、『れんたま』している勢いで、せっかくだしコクっちゃえ、といった深層心理が働いた、ってこともないとは言いきれないけど……。


「あははは。思わず舞台に上がっちゃった。でも、失敗しなくてよかったよ」


 そんなわたしの困惑をよそに、白熊くんは顔を赤らめることもなく、いつもどおりの爽やかな笑顔を咲かせる。


「でも……」

「でも……?」


 ただ、続けられた否定語に、わたしは思わずオウム返しのつぶやきを漏らす。

 一瞬の沈黙のあと、白熊くんは本音を口にした。


「さすがにちょっと、腕が痛かった……」


 あ……。それはそうだよね。

 わたしが転んで衣装を引き裂いてしまってから、その曲だけじゃなくて、続く三曲のあいだも丸々ずっと、わたしを抱き上げていたんだもんね……。


「はうう、重かったよね、ごめんなさいっ!」

「いや、べつに雫宮さんは重くなかったけど、抱えてる時間がちょっと長かったから」

「ううん、わたしが重かったんだよ、ごめんなさい。だって最近、ご飯が美味しくて食べすぎちゃって、体重も三キロくらい増えちゃってたから!」


 焦りまくって、完璧に自滅してしまったわたし。


「って、なに恥ずかしいこと言ってるの、わたし! ごめんなさい、今の聞かなかったことにして~!」


 というわたしの願いは、当然ながら叶うはずもなく。


「いやいや、それは無理ってもんだろ」

「はう~……」


 パピコからのツッコミに、頭を抱えることしかできなかった。

 だけど……。


「あははは」


 白熊くんも笑ってくれてるし、ま、いいか。

 目の前で輝く王子様の笑顔によって、熱を帯びて赤く染まったわたしの頬は、もう完全に緩みきっていた。


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