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絶体絶命のピンチ、まさにその瞬間。
颯爽と、ステージ上へと舞い降りるひとひらの影。
刹那、わたしの体から重さが消える。
いや、その影が、わたしの体を軽々と抱え上げたのだ!
突然の事態に、声もないわたし。
ただ黙って瞳を向ける。
視線の先には、きらきらと輝く瞳があった。
わたしの体はすでに、ステージの床から1メートル近い位置にまで引き上げられている。
状況を理解するのにかかった時間は、おそらくほんの一瞬。だけど、わたしにはもっと長い時間のように感じられた。
目の前にあるきらきらの瞳は、よく見知った瞳。
じっと見つめていると、にこっと笑顔が返される。
すぐ目の前の笑顔は、紛れもなく白熊くんの顔だった。
ウェイターをやっていたはずの、タキシードに身を包んだ白熊くんの腕の中で、わたしは今、お姫様抱っこされている……!
引き裂かれたスカートの裾を自らの腕で押さえ、わたしのパンツが見えないように気遣ってもくれていた。
あうあうと口を開くけど、声が出ないわたしに、白熊くんはそっとささやく。
「安心して、これなら見られないよ。さぁ、歌って」
そう言いながら、スタンドから外したマイクをわたしに手渡す。
「って、このまま……!?」
わたしの疑問に、黙って頷き返す白熊くん。
ひえ~、恥ずかしい~……!
でも……わたし、頑張る!
間奏は、今まさに終わるところだった。
わたしは意を決し、お姫様抱っこされたままの体勢で、力強く最後のサビの部分を歌い始めた。
☆☆☆☆☆
お姫様抱っこされたまま歌う、などという赤面必至の状態ではあったけど、『れんたま』効果もあったからか、わたしはどうにかサビを歌いきることができた。
ただ、ふと思い出す。
この曲には、最後のサビが終わったあとに、セリフがある。
それも、とっても恥ずかしいセリフが……。
前方を見据え、その視線の先に旦那様となる男性が立っている、というイメージで紡ぎ出される最後のセリフ……。
だけど、お姫様抱っこをされている今、舞台の前方――すなわちお客さんのほうを見据えるのは難しい。
首だけを向けることはできても、なんだか不自然な体勢になってしまうだろう。
どうしよう……。
おろおろしているわたしを見つめ、
「大丈夫、いつもどおりにね」
白熊くんは笑顔を伴った助言を送ってくれた。
いつもどおり……。
お姫様抱っこされている時点で、どう考えてもいつもどおりではないのだけど。
きっと白熊くんは、いつもどおりの自然体で、と言いたいのだ。
わたしは力を抜いて、今の状態で一番自然な体勢――つまりは、視線を体の正面に当たる白熊くんのほうに向けたままの体勢で、セリフの声を紡ぎ出す。
白熊くんもじっとわたしを見つめ返してくれていた。
だから、というのもあっただろうけど――。
「わたしは、白熊くんが、大好きです」
つい目の前にいる白熊くんの名前、というかあだ名を口走ってしまった。
本来のセリフは、「わたしは、あなたが、大好きです」だったのに。
言ってしまってから、あっ、と気づいてもあとの祭り。
真っ赤になるわたしの目の前で、白熊くんが若干戸惑いながらも、
「ぼくも、雫宮さんのこと、大好きだよ」
なんて応えたものだから、顔は大爆発を起こしたみたいに熱くなってしまった。
そりゃあもう、ちょっと広めのおでこの上にお肉を乗せたら、しっかりと焼肉ができるくらい熱々に。
当然ながら……。
ひゅーひゅーと冷やかしの声が飛び交い始める。
お客さんからはもちろんのこと、なぜだかウェイターをしているクラスメイトからも、わたしと白熊くんを冷やかす言葉が舞い飛んでくる、という事態にまで陥っていた。