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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第5章 童話の中の、お姫様みたいに
34/45

-6-

 絶体絶命のピンチ、まさにその瞬間。

 颯爽と、ステージ上へと舞い降りるひとひらの影。

 刹那、わたしの体から重さが消える。

 いや、その影が、わたしの体を軽々と抱え上げたのだ!


 突然の事態に、声もないわたし。

 ただ黙って瞳を向ける。

 視線の先には、きらきらと輝く瞳があった。


 わたしの体はすでに、ステージの床から1メートル近い位置にまで引き上げられている。

 状況を理解するのにかかった時間は、おそらくほんの一瞬。だけど、わたしにはもっと長い時間のように感じられた。

 目の前にあるきらきらの瞳は、よく見知った瞳。

 じっと見つめていると、にこっと笑顔が返される。


 すぐ目の前の笑顔は、紛れもなく白熊くんの顔だった。

 ウェイターをやっていたはずの、タキシードに身を包んだ白熊くんの腕の中で、わたしは今、お姫様抱っこされている……!

 引き裂かれたスカートの裾を自らの腕で押さえ、わたしのパンツが見えないように気遣ってもくれていた。


 あうあうと口を開くけど、声が出ないわたしに、白熊くんはそっとささやく。


「安心して、これなら見られないよ。さぁ、歌って」


 そう言いながら、スタンドから外したマイクをわたしに手渡す。


「って、このまま……!?」


 わたしの疑問に、黙って頷き返す白熊くん。


 ひえ~、恥ずかしい~……!

 でも……わたし、頑張る!


 間奏は、今まさに終わるところだった。

 わたしは意を決し、お姫様抱っこされたままの体勢で、力強く最後のサビの部分を歌い始めた。



 ☆☆☆☆☆



 お姫様抱っこされたまま歌う、などという赤面必至の状態ではあったけど、『れんたま』効果もあったからか、わたしはどうにかサビを歌いきることができた。


 ただ、ふと思い出す。

 この曲には、最後のサビが終わったあとに、セリフがある。

 それも、とっても恥ずかしいセリフが……。


 前方を見据え、その視線の先に旦那様となる男性が立っている、というイメージで紡ぎ出される最後のセリフ……。

 だけど、お姫様抱っこをされている今、舞台の前方――すなわちお客さんのほうを見据えるのは難しい。

 首だけを向けることはできても、なんだか不自然な体勢になってしまうだろう。


 どうしよう……。

 おろおろしているわたしを見つめ、


「大丈夫、いつもどおりにね」


 白熊くんは笑顔を伴った助言を送ってくれた。


 いつもどおり……。

 お姫様抱っこされている時点で、どう考えてもいつもどおりではないのだけど。

 きっと白熊くんは、いつもどおりの自然体で、と言いたいのだ。


 わたしは力を抜いて、今の状態で一番自然な体勢――つまりは、視線を体の正面に当たる白熊くんのほうに向けたままの体勢で、セリフの声を紡ぎ出す。

 白熊くんもじっとわたしを見つめ返してくれていた。

 だから、というのもあっただろうけど――。


「わたしは、白熊くんが、大好きです」


 つい目の前にいる白熊くんの名前、というかあだ名を口走ってしまった。

 本来のセリフは、「わたしは、あなたが、大好きです」だったのに。


 言ってしまってから、あっ、と気づいてもあとの祭り。

 真っ赤になるわたしの目の前で、白熊くんが若干戸惑いながらも、


「ぼくも、雫宮さんのこと、大好きだよ」


 なんて応えたものだから、顔は大爆発を起こしたみたいに熱くなってしまった。

 そりゃあもう、ちょっと広めのおでこの上にお肉を乗せたら、しっかりと焼肉ができるくらい熱々に。


 当然ながら……。

 ひゅーひゅーと冷やかしの声が飛び交い始める。

 お客さんからはもちろんのこと、なぜだかウェイターをしているクラスメイトからも、わたしと白熊くんを冷やかす言葉が舞い飛んでくる、という事態にまで陥っていた。


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