表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
れんたま  作者: 沙φ亜竜
第5章 童話の中の、お姫様みたいに
33/45

-5-

 恥ずかしさでいっぱいではあったけど。

 お客さんが来てくれているのは確かなのだ。ここで歌わないわけにはいかない。

 気を取り直して、わたしはステージの中央に立つ。


 ゆっくり息をつく間もなく、すぐにドラムの大福ちゃんが打ち鳴らすスティック音が響き、演奏は開始された。

 長いスカートのひらひらしたドレスで、ゆったりとしたメロディーに合わせて、体も心もさざ波のように揺らす。

 結婚を決めた女性の気持ちを歌った、CMにも起用された有名なブライダルソングだ。


 バンド喫茶といえば、最初から激しい曲をイメージして来るかもしれないけど、落ち着いて食事を楽しみたいという人だっているだろう。

 だから、三組いるバンドで、方向性を変えるようにしてあった。


 チャコールモンキーをイメージしたバンドは、激しくアップテンポな曲をメインに、

 飼育委員会をイメージしたバンドは、ポップな明るい感じの曲をメインに、

 そしてアユカさんをイメージしたわたしたちのバンドは、ゆったりとしたバラード系の曲をメインに。


 それぞれのバンドで、きっちりと色を分けているのだ。

 さらに、それぞれのバンドの演奏時間も教室前の貼り紙やチラシに記載し、休憩を兼ねたバンド演奏なしの時間も設けていた。

 そのため、どの時間にするかをあらかじめ考えてから来るお客さんが多いようだった。


 ともあれ、うちの家族にはチラシなんて渡していない。

 廊下の掲示ボードだとか、壁の空いているスペースとか、いろいろな場所に、それぞれのクラスの出し物を紹介するポスターが貼ってあったりはするのだけど。

 きっとうちの家族は、そういったポスターを見ることもなく、真っ先にわたしのクラスへと足を運んだに違いない。

 喫茶店だということは話していたから確認するまでもないと思ったのか、単に気づかなかっただけなのか。……おそらく後者だとは思うけど。


 おっと、前奏が終わる!

 わたしは慌てた様子を押し殺して、緩やかに歌い始めた。


 ……ふぅ、危ない危ない。

 なにやら思考に集中すると、他のことがなにも見えなくなっちゃうみたいだからね、わたし。

 そのせいで、いったい今までにどれだけ失敗を繰り返してきたことか。

 ともかく今は、歌に集中しなくちゃ!


 前方に視線を向け、お客さんたちを広く眺める。

 思いのほか、たくさんのお客さんが入ってくれていた。

 ちらほらと空席はあるけど、今日はまだ土曜日。文化祭は土曜・日曜と二日間で開催されるから、日曜日のほうが人は増えるはずだ。


 わたしは微かな笑みを自然と浮かべながら、気持ちよく歌い続けていた。

 お客さんも軽食を口に運びながら、メロディーに合わせてゆっくりと体を揺らしたり、目をつぶって聴き入ってくれたり、それぞれに演奏と歌を楽しんでくれているようだった。

 ようやく心に余裕も生まれてきていたわたしは、歌詞を間違えることもなく、二番まで順調に歌い終えた。

 あとは長い間奏と最後のサビの繰り返しで曲は終了となる。


 間奏に入ると、まずわたしとパピコが位置取りを変え、わたしが少し横にずれ、パピコがステージの中央に立つ。

 ギターソロのパートがあるからだ。

 全体的に静かでメロディアスな曲ではあるけど、この長い間奏部分から繰り返しのサビまでは、最後の盛り上がりということで、比較的ポップな雰囲気の演奏となる。


 楽器のないわたしは、間奏のあいだ、なにもすることがない。

 控えめに立ち、ギターを演奏するパピコをじっと見つめる。


 うわ~、カッコいい! 中学のときにベースをやっていたみたいだから、すごく様になってるな~。

 本来なら、パピコはベースでわたしがギターを弾けるのがよかったみたいだけど。音の厚みも全然違ってくるって話だし。

 でも、こんなソロパートがあるんじゃ、いくら練習してもわたしには絶対に無理そうだ。


 パピコって、やっぱりすごいな……。

 わたしは思わず聴き惚れてしまっていた。


 はたと我に返る。

 危ない危ない。間奏が終わったら、わたしはまたステージの中央に戻らなきゃならないんだっけ。

 気づいたときには、すでにパピコはもとの位置へと歩き始めているところだった。

 わたしは慌てて、ステージの真ん中に戻ろうとする。


 そのとき――。


 焦りすぎたことと、

 スカートが長かったことと、

 ハイヒールなんて履いていたことと。


 いくつかの要因が重なって、わたしは大勢のお客さんが見つめる中……、

 思いっきり、すっ転んでしまった。


 それだけならまだしも、ヒールでスカートの裾を踏んでしまったのか、


 ビリリッ!


 信じられないような音を響かせながら、

 優雅なひらひらのスカートは、

 下から上に向かって大きく引き裂かれてしまった。


 あう……、やっちゃった……。


 膝をステージに打ちつけ、そのまま座り込んでいる状態のわたし。

 だけど、すぐに間奏が終わってしまう。素早く立ち上がって、歌わないと。

 そこでわたしは重大な問題に気づく。


 引き裂かれたスカートの切れ目は、膝丈を通り越し、太もも部分を抜け、その上までぱっくりと開いてしまっていた。

 今は座っている状態だからどうにか平気だけど、このまま立ち上がったら、絶対にパンツが見えちゃう……!


 どうすればいいのかわからず、わたしはパニック状態に陥る。

 座り込んだままのわたしに、横に立っているパピコが心配そうに目を向けていた。おそらくパナップも大福ちゃんも、心配の視線を向けているだろう。


 とはいえ、ここで演奏を止めるわけにもいかない。

 最後のサビの歌い出しは、もうすぐそこまで迫ってきていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ