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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第5章 童話の中の、お姫様みたいに
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-4-

 ステージに上がる。

 バンド喫茶のステージに。


 教室でやっている出し物だから、当然ながらステージは教壇の上に作られている。

 さすがにちょっと狭い印象ではあるけど、キーボードとドラムが左右の端っこに配置され、あいだにベースとボーカルが並ぶ感じだった。

 その前に机をいくつかくっつけ合わせてテーブルクロスをかけただけのテーブルが並べられていて、椅子に座ったお客さんたちがステージに視線を向けながら軽い食事を楽しむ。


 もちろん、机もテーブルも、普段からわたしたちが教室で使っているものをそのまま利用している。

 学校からある程度の予算は出るものの、テーブルや椅子までレンタルするような余裕はないのだ。

 教室の後ろ側はついたてで仕切られ、調理スペースが作られていた。そこでは調理担当の女子が軽食類の準備をしているはずだ。


 わたしは今、大福ちゃんが用意してくれたひらひらのドレスを身にまとっている。

 長いスカートをはためかせながら、履き慣れていないハイヒールでステージに立っている。

 歩きにくいことこの上ないけど、激しいロック調の曲ってわけじゃなく、ゆったりした曲が多いから、とくに問題はなかった。

 そういった意味では、アユカさんを選択してよかったと言える。

 というより、それを想定して、大福ちゃんが衣装を用意してくれたのだと思う。


 わたし以外の三人も、それぞれドレスを着ている。でもわたしとは違って、少し地味めなドレスだった。

 おそらくボーカルであるわたしを目立たせるため、あえてそういうふうにしたのだろう。


 それにしてもわたしの着ているこのドレス、スカートこそ長いものの、胸の辺りがざっくりと開いていて、正直とっても恥ずかしい。

 背中なんてほとんど布がなくて全開状態。後ろを向くようなことはないから、背中を見られたりはしないだろうけど……。


 こんな衣装を着るのはさすがに抵抗があった。

 だけど、他に用意されていない以上、仕方がないと腹をくくるしかなかった。ボーカルが目立たない地味なドレスを着るわけにもいかないし。

 考えてみれば、本物のアユカさんもこういう衣装を着ていることが多いから、そのイメージで大福ちゃんはこのドレスを選んでくれたに違いない。


 というわけで、恥ずかしさで頬を染めながらも、「わたしはアユカ、わたしはアユカ」と自分に言い聞かせて、どうにかステージに立っていた。

 お客さんに女性が多かったのも、わたしを安心させてくれる要素だった。

 もっとも、まったく男性がいないというわけではないから、恥ずかしさがゼロになることはなかったのだけど。

 そんな中、わたしの羞恥心を急激に上昇させる元凶が、このバンド喫茶に襲来してくることになる。


「ほ~、バンド喫茶なんて、なかなかシャレてるじゃないか!」


 聞き慣れた声に、わたしは思わず目を見開いてしまう。

 視線を向けてみれば、そこにいるのはお父さん。

 そして、


「ガールズバンドなんだね、結構いい感じ。喫茶店としての雰囲気もいいね。ウェイターがタキシードってのも、落ち着いた印象で悪くない。おれとしては、メイド衣装のウェイトレスさんのほうがよかったけど」


 なにやら恥ずかしいことを口走っているお兄ちゃん。

 さらには、控えめにふたりに続いて歩いてくるお母さん……。


 はう、忘れてた~!

 家族総出で見学に来るとか、確かに言ってたっけ……。

 でも、本当に来るなんて。というか、よりにもよって、わたしが歌っているときに来るなんて……!


 思わず歌詞が飛んでしまいそうになるのを堪え、どうにか歌い続けるわたしではあったけど。

 動揺は声に表れてしまっていたようで、曲が終わって次の曲へと入る前に、パピコがさりげなく近寄り小声で尋ねてきた。


「ちょっとピノ、どうしたのさ?」

「ん……な、なんでも……」


 と答えたところで、わたしの視線を追ったパピコに気づかれてしまった。


「あっ、ピノんとこのお母さんたち……だよな?」


 さすがに四年も友人をやっているのだから、パピコがうちに遊びに来たとき、お母さんとは何度か顔を合わせたことがあった。

 お父さんには会ったことがなかったかもしれないけど、お兄ちゃんとも何度か会っていたはずだ。


「やっぱ、家族が来たら恥ずかしいか~」

「ん、それもあるけど……」


 わたしが言いよどんでいると、客席のほうからお兄ちゃんの大声が浴びせかけられた。


「あれ? 陽乃じゃん! おお~? 陽乃がボーカルなのか!?」


 うわぁ、見つかっちゃった……。

 視線を逸らせ、うつむくわたしに、パピコが耳打ちしてくる。


「なにさ、ピノ。バンドやるってこと、家族に内緒にしてたのか?」

「う……だって、恥ずかしいし……」


 どんどん小さくなっていくわたしの心に、トドメを刺すかのように、


「陽乃~~! 頑張れよ~~~!」


 お兄ちゃんは大声で声援を送ってくるのだった。


 ひぃ~、恥ずかしいよ~。他のお客さんだっているのに~……。


 役目を放棄して逃げ出したい気分だったけど、そんなことができるわけもなく。

 というか、パピコが「逃げるなよ?」と目で脅してくるし。

 わたしには、観念して歌い続けるしか、道は残されていなかった。


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