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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第5章 童話の中の、お姫様みたいに
31/45

-3-

 それからも、家では体力づくりやら自己流のボイストレーニングやらを続け、学校では放課後の練習を続けた。

 一生懸命努力はしたつもりだけど。

 わたしは結局、あまり上達できないまま、文化祭当日を迎えることになってしまった。


 バンド喫茶をやっているわたしたちのクラス。

 どちらの比重が高いかは決めていなかったから、喫茶店メインで、バンドはおまけ程度でいいよね、などわたしは勝手に考えていたのだけど。

 それは、完璧に間違っていた。

 どうやら来店するお客さんの比率としては、バンドを楽しみにして来てくれている人のほうが圧倒的に多いようだった。


 というわけで、休む間もなくバンド演奏は続く。

 三組のバンドがいるから交代で演奏してはいるものの、短期間で練習しただけのバンドだから、それぞれの持ち歌だって少ない。

 もちろん、オリジナルじゃなくて既存の曲ではあるけど。


 わたしたちは歌姫アユカさん、他のふたつのバンドは、それぞれ『チャコールモンキー』と『飼育委員会』というバンドの曲を演奏していた。

 といっても、曲は有名どころだけのほうがいいだろうという判断と、練習時間もなかったことから、曲数はどうしても少なくなってしまう。

 聴いたことがあるだけじゃ、歌うのは歌詞さえあればどうにかなるとしても、楽器の演奏まではできないからだ。


 忙しさに身を任せ、目が回るほどの状況の中、わたしたちはどうにか自分の役割をこなしていた。

 うちのクラスの喫茶店は、どういうわけだか大盛況だった。

 わたしたち以外のバンドも、かなり気合いを入れた衣装を用意して、演奏自体はつたないレベルではあるけど、元気で楽しい雰囲気をこれでもかというほどに演出している。


 負けじとわたしたちも頑張ってはいるけど、いまいち勢いが足りない気がする。

 アユカさんは比較的静かでメロディアスな曲が多いから、当然といえば当然なのだけど。

 聴かせる曲、魅せる曲、というのが、アユカさんの持ち味。

 だからやっぱり、わたしなんかの歌唱力では、とうてい再現できるものじゃない。


 コピーバンドということで、モノマネではないのだから、そっくりに歌う必要なんてないのはわかっている。

 だけど、声質も声量も圧倒的にレベルが足りていない。

 わたしらしく、楽しく歌えるように頑張ってはいるけど、他のメンバー三人と比べても、やっぱりいまいち感は否めなかった。


 それに、歌詞カードを見ながら歌うなんてわけにもいかないから、何度か歌詞を間違えたりもしていた。

 そのたびに、演奏しているみんなに、そして聴いてくれているお客さんに悪いなって気持ちになって、それで余計に声が出なくなってしまって……。

 誰も責めたりはしないし、お客さんたちだって、もし歌詞を間違ったことに気づいたとしても、「頑張れ~!」なんて温かい応援の声を向けてくれたりするのだけど。


 どうしてわたしって、こうなんだろう。『れんたま』してもらっているのに、結局は普段の自分からあまり変わることができないでいるなんて。

 使いすぎると慣れも出てきて、『れんたま』効果も薄まっていくのかな……。


「はぁ~……」


 思わずため息が漏れた。


 今は、他のバンドが演奏している時間だ。

 自分の出番が終わったら、次の出番まで文化祭の見学に行ってきてもいいと言われてはいる。

 でも、わたしはそんな気にもなれず、喫茶店として装飾もされた教室の片隅で、他のバンドの演奏を黙って眺めていた。


 遊びに来た親戚の子としてクラスメイトに紹介しておいたクリボーは、朝からずっと喫茶店に入り浸っていた。

 主に女子から「可愛い~」と言われ、構ってもらっているようだ。

 なんだかすっごく嬉しそうだな、クリボー。あんなでも、やっぱり男の子なのね……。


 うちのクラスの喫茶店は、男子がタキシードを着てウェイターをやっている。一方、女子は調理を担当する、という役割分担になっていた。

 調理のサポート役として、食材や調理道具を運ぶといった力仕事は、ウェイターをしていない男子が担当している。

 女子がウェイトレスをやったほうがよくないかな? と思わなくもなかったけど、人数も限られているわけだし、そうせざるを得なかったのだろう。


 ただ、それも実際には効を奏したと言っていいのかもしれない。

 バンドが三組ともガールズバンドだから、ということもあるのか、お客さんは比較的女性が多かった。

 そのため、タキシード姿の男子がウェイターで注文を聞きにきたりすると、そちらにも「萌え」たりしているらしい。


 これまでの状況を冷静に分析して、パナップがそう言っていた。

 わたしには、いまいち「萌え」というのがよくわからないのだけど……。


 ちらりと視線を送る。

 その先では、タキシードを着た白熊くんが、お客さんに注文を伺っていた。

 じっと見つめているだけなのに、ほのかに頬が染まっていくのを、自分自身でもびっくりするほど感じた。


 そっか……これが、「萌え」?

 なんて考えて、さらに顔を赤らめているわたしだった。


「な~にひとりでニヤけてるんだか!」


 不意にパピコが、ツッコミの声を入れてくる。

 パピコもパナップも大福ちゃんも、他のクラスの出し物を楽しんできてもいいのに、わたしと一緒に他のバンド演奏を鑑賞していた。


「ライバルだからな!」


 なんて、パピコは言っていたけど。

 ライバルかどうかはともかく、他のバンドが気になるのは確かだ。

 わたしたちと比べて、どうなのか、とか……。


「楽しいよね、こういうのって!」


 パナップが満面の笑みをこぼすと、大福ちゃんもそれに応えて笑顔になる。


「ええ、そうですね!」


 わたしたちは、他の場所になんて行かなくても、充分に文化祭を楽しんでいた。


「ちょっと今日は、恥ずかしいけどね……」


 わたしのつぶやきに、パピコは苦笑を浮かべる。


「ピノはいっつも恥ずかしがってるだろ! さて……と。そろそろまた、あたしらの出番だな! よっしゃ、次も気合い入れて頑張ろう!」

『お~~~~っ!』


 わたしたちはこぶしを振り上げ、気合いの声を響かせた。

 ……まだ前のバンドの演奏が終わってなくて、白い目で見られてしまったけど……。


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