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夕食の時間。今日は珍しく、お父さんも一緒だった。
家族四人揃っての食事なんて、いったいどれくらいぶりのことだろう。
全員揃ったところでいつもと変わらず、いただきますとごちそうさま以外、言葉を発することなんてないとは思うけど。
そんなふうに思いながら黙々と箸を口に運んでいたわたしに、お兄ちゃんが話しかけてきた。
「陽乃、なんかお前、ルームランナーで走ってるよな?」
お兄ちゃんから話しかけられたのも、かれこれ一ヶ月ぶりくらいになるだろうか。
思わず呆然としてしまっていたけど、べつに話しかけられても無視するようなつもりは毛頭ない。
今は引きこもっているから、ちょっとキモいとか思う部分もあるお兄ちゃんだけど、昔はよく一緒に遊んでいたし、優しくて大好きだった。
だから、話しかけられればお喋りすることに、まったく抵抗なんてない。単に自分からは話しかけられないというだけなのだ。
「あっ、うん。ちょっとね……」
長年会話の少ない状態が続いていることもあってか、わたしの受け答えは控えめな短いものとなってしまっていた。
「なんだ、陽乃。ダイエットか? お前、べつに太ってないだろ?」
その会話に、お父さんまでもが加わってくる。
ヤのつくご職業の方と見間違われそうなほどの強面で、スキンヘッドのお父さん。
視線を向けられるだけで、睨まれているような威圧感があるらしい。
さすがにあまり家にいないとはいっても家族だから、わたしもお兄ちゃんも、お父さんを恐い人だなんて思わないけど。
頭は歳による影響も少しはあると思うけど、育毛剤の効果も空しく、今では完全に光り輝いている。
だからこそわたしは、クリボーに無駄だと言っていたわけで……。
「成長期の過度なダイエットは、健康にも悪影響を与える可能性があってだな……」
睨みつけながら鬼の形相で怒鳴っているように見えてしまうのは、お父さんの地顔のせいではあるけど。
お父さんがわたしを心配してくれているのは、よくわかった。
「えっと、ん、ほどほどにする……」
わたしは小さく答えて、ご飯を口に運ぶ。ならいいがな、とつぶやき、お父さんもご飯を箸でつかむ。
話題の区切りでは白いご飯を。
なんとなくそんな暗黙の了解があるようで、不思議な気分だった。
普段あまり話したりもしない家族なのに。
ただ、お母さんだけは相変わらず口を開かない。それでも、わたしたちの会話には耳を傾けているようだった。
「そういや、そろそろ文化祭も近いよな。陽乃のクラスって、なにをやるんだ?」
このまま会話は途切れるのかな。そう思った矢先、お兄ちゃんがまたしても話しかけてきた。
そこはもちろん、家族から話しかけられたら話すスタンスでいるわたし。
素直に答えを返す。
「えっと、その、喫茶店……」
……前言撤回。ちょっと素直ではなかった。
バンド喫茶の「バンド」部分を、わたしは思わず伏せてしまっていた。
だって、人前で歌うなんて恥ずかしいこと、言えるわけないし……。
「へ~。でも陽乃って、料理ダメだよな。ウェイトレスとかでもやるのか?」
「ううん、違う……」
料理がダメって断言されたことに、ちょっと不満を感じながらも、わたしは否定の言葉を放つ。
もっとも、料理が得意じゃないのは、紛れもない事実なのだけど……。
「ふ~ん? ま、頑張れよ」
「うん」
お兄ちゃんと言葉を交わしたのも久しぶりではあったけど、こんなにちゃんとした会話をしたのなんて、一年ぶりとかになるかもしれない。
「こりゃあ、家族総出で駆けつけるしかないか! ハッハッハ!」
と、突然お父さんが豪快な笑い声を上げた。
駆けつける……。それはすなわち、学園祭に来るってことだ。しかも、家族全員で……。
そ……それは恥ずかしい……!
だいたいわたし、バンドのボーカルで歌うことになっているわけだし。
絶対、見られたくない~!
とは思ったものの、「来ないで!」なんて拒絶するのも怪しい気はするし、楽しそうに笑っているお父さんに水を差すのも悪い。
結局わたしは、苦笑を浮かべるだけで、それ以上なにも言えなかった。
お兄ちゃんも、「そうだな、おれも見に行きたい」と笑顔をこぼしている。
そんな中でもお母さんだけは、話は聞いているだろうに、まったく表情を変えることなく黙々とハンバーグを食べていた。
やっぱりお母さんは、わたしのことなんてどうでもいいって思ってるんだ……。
そう考えながら、わたしもハンバーグを口に運ぶ。
お母さん、料理はすっごく上手なのよね……。
このハンバーグも、とろけるほどに柔らかく、中にはチーズまで入っていて、ほっぺたがこぼれ落ちそうなくらい美味しかった。
料理だけは、見習いたい部分だなぁ。
とはいえ、わたしはお兄ちゃんやお父さんにさえ、なかなか自分から話しかけられない。
お母さんに料理を教えてほしいだなんて言えないし、だいいち嫌われているみたいだから言ったところで無駄だろうし……。
考えれば考えるほど、気分が落ち込んでしまう。
「ごちそうさま」
なんとなく食卓に留まりづらくなってしまったわたしは、素早く食事を終え、そそくさと二階の自分の部屋へと戻った。
「……ピノはもうチョット、周りをシッカリと見たホウがイイと思うヨ?」
部屋に着いた途端、クリボーがなにやらそんなことを口走っていた。
食卓でのことを、姿を消してわたしの背後についたまま見ていたのだろう。
でも、いったいなにを言っているのか、わたしにはまったく理解できなかった。
「え? どういうこと?」
「いや……ま、いいケド」
追求しようとするわたしをするりとすり抜け、クリボーは部屋の片隅に座り込むと、いつものように育毛剤とクシを取り出していた。