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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第5章 童話の中の、お姫様みたいに
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-2-

 夕食の時間。今日は珍しく、お父さんも一緒だった。

 家族四人揃っての食事なんて、いったいどれくらいぶりのことだろう。

 全員揃ったところでいつもと変わらず、いただきますとごちそうさま以外、言葉を発することなんてないとは思うけど。

 そんなふうに思いながら黙々と箸を口に運んでいたわたしに、お兄ちゃんが話しかけてきた。


「陽乃、なんかお前、ルームランナーで走ってるよな?」


 お兄ちゃんから話しかけられたのも、かれこれ一ヶ月ぶりくらいになるだろうか。

 思わず呆然としてしまっていたけど、べつに話しかけられても無視するようなつもりは毛頭ない。

 今は引きこもっているから、ちょっとキモいとか思う部分もあるお兄ちゃんだけど、昔はよく一緒に遊んでいたし、優しくて大好きだった。

 だから、話しかけられればお喋りすることに、まったく抵抗なんてない。単に自分からは話しかけられないというだけなのだ。


「あっ、うん。ちょっとね……」


 長年会話の少ない状態が続いていることもあってか、わたしの受け答えは控えめな短いものとなってしまっていた。


「なんだ、陽乃。ダイエットか? お前、べつに太ってないだろ?」


 その会話に、お父さんまでもが加わってくる。


 ヤのつくご職業の方と見間違われそうなほどの強面で、スキンヘッドのお父さん。

 視線を向けられるだけで、睨まれているような威圧感があるらしい。


 さすがにあまり家にいないとはいっても家族だから、わたしもお兄ちゃんも、お父さんを恐い人だなんて思わないけど。

 頭は歳による影響も少しはあると思うけど、育毛剤の効果も空しく、今では完全に光り輝いている。

 だからこそわたしは、クリボーに無駄だと言っていたわけで……。


「成長期の過度なダイエットは、健康にも悪影響を与える可能性があってだな……」


 睨みつけながら鬼の形相で怒鳴っているように見えてしまうのは、お父さんの地顔のせいではあるけど。

 お父さんがわたしを心配してくれているのは、よくわかった。


「えっと、ん、ほどほどにする……」


 わたしは小さく答えて、ご飯を口に運ぶ。ならいいがな、とつぶやき、お父さんもご飯を箸でつかむ。

 話題の区切りでは白いご飯を。

 なんとなくそんな暗黙の了解があるようで、不思議な気分だった。

 普段あまり話したりもしない家族なのに。


 ただ、お母さんだけは相変わらず口を開かない。それでも、わたしたちの会話には耳を傾けているようだった。


「そういや、そろそろ文化祭も近いよな。陽乃のクラスって、なにをやるんだ?」


 このまま会話は途切れるのかな。そう思った矢先、お兄ちゃんがまたしても話しかけてきた。

 そこはもちろん、家族から話しかけられたら話すスタンスでいるわたし。

 素直に答えを返す。


「えっと、その、喫茶店……」


 ……前言撤回。ちょっと素直ではなかった。

 バンド喫茶の「バンド」部分を、わたしは思わず伏せてしまっていた。

 だって、人前で歌うなんて恥ずかしいこと、言えるわけないし……。


「へ~。でも陽乃って、料理ダメだよな。ウェイトレスとかでもやるのか?」

「ううん、違う……」


 料理がダメって断言されたことに、ちょっと不満を感じながらも、わたしは否定の言葉を放つ。

 もっとも、料理が得意じゃないのは、紛れもない事実なのだけど……。


「ふ~ん? ま、頑張れよ」

「うん」


 お兄ちゃんと言葉を交わしたのも久しぶりではあったけど、こんなにちゃんとした会話をしたのなんて、一年ぶりとかになるかもしれない。


「こりゃあ、家族総出で駆けつけるしかないか! ハッハッハ!」


 と、突然お父さんが豪快な笑い声を上げた。

 駆けつける……。それはすなわち、学園祭に来るってことだ。しかも、家族全員で……。

 そ……それは恥ずかしい……!

 だいたいわたし、バンドのボーカルで歌うことになっているわけだし。


 絶対、見られたくない~!


 とは思ったものの、「来ないで!」なんて拒絶するのも怪しい気はするし、楽しそうに笑っているお父さんに水を差すのも悪い。

 結局わたしは、苦笑を浮かべるだけで、それ以上なにも言えなかった。

 お兄ちゃんも、「そうだな、おれも見に行きたい」と笑顔をこぼしている。

 そんな中でもお母さんだけは、話は聞いているだろうに、まったく表情を変えることなく黙々とハンバーグを食べていた。


 やっぱりお母さんは、わたしのことなんてどうでもいいって思ってるんだ……。

 そう考えながら、わたしもハンバーグを口に運ぶ。

 お母さん、料理はすっごく上手なのよね……。

 このハンバーグも、とろけるほどに柔らかく、中にはチーズまで入っていて、ほっぺたがこぼれ落ちそうなくらい美味しかった。


 料理だけは、見習いたい部分だなぁ。

 とはいえ、わたしはお兄ちゃんやお父さんにさえ、なかなか自分から話しかけられない。

 お母さんに料理を教えてほしいだなんて言えないし、だいいち嫌われているみたいだから言ったところで無駄だろうし……。

 考えれば考えるほど、気分が落ち込んでしまう。


「ごちそうさま」


 なんとなく食卓に留まりづらくなってしまったわたしは、素早く食事を終え、そそくさと二階の自分の部屋へと戻った。


「……ピノはもうチョット、周りをシッカリと見たホウがイイと思うヨ?」


 部屋に着いた途端、クリボーがなにやらそんなことを口走っていた。

 食卓でのことを、姿を消してわたしの背後についたまま見ていたのだろう。

 でも、いったいなにを言っているのか、わたしにはまったく理解できなかった。


「え? どういうこと?」

「いや……ま、いいケド」


 追求しようとするわたしをするりとすり抜け、クリボーは部屋の片隅に座り込むと、いつものように育毛剤とクシを取り出していた。


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