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雨は途絶えることなく降り続く。
わたしの心の中までをも、じとじとと湿らせてゆくかのように。
畑が広がる一角に建っていた、年季の入った木造の小屋。
わたしはとりあえず、雨宿りできる場所を探してここまで退避してきた。
中には農作業に使うような道具が納められているのだと思う。ドアには南京錠がかけられていて、開けることはできなかったけど。
ドアのすぐ上にはひさしがあるため、今現在求めている用途としては申し分なかった。
わたしと、濡れるのかはわからないけど、この人とふたりだったら充分に雨をしのげる。
もっとも目の前にいるのは、どうやら人ではなさそうだけど……。
「えっと、死神さん……でいいのかな……?」
「ウム、オレハシニガミダ」
わたしの問いかけに、素直に応じてくれる死神さん。
「ふ~ん、そうなんだ……」
意外と冷静に言葉を返すわたしではあったけど、落ち着いて対応しているというよりは、これは夢なのかな~とぼんやり考えながら現実逃避モード実施中といった感じだった。
あまり頭が働いてない状態とはいえ、わざわざここまでこの死神さんを引っ張ってきたのだから、いろいろと訊いてはおきたい。
わたしは意を決して質問を開始する。
「さっき、力を貸すとか言ってた?」
「アア、イッタゾ」
やっぱり、聞き間違いではなかったのだ。
だけど……いったい死神さんが、どのようにして力を貸してくれるというのだろう?
もしかして、ノートに名前を書いた人を殺せるとか……?
そ、そんな怖いこと、わたしにはできない……!
青い顔で震えるわたしに、死神さんは笑いながら言う。
「ドウシタ? オレガコワイカ? ソウダロウナ……ダガ」
「あ……死神さんのことは、なんだかあまり怖くないです」
思わず本音で返していた。
現実逃避しているからなのか、わたしは死神さんには全然恐怖を感じたりはしていなかったのだ。
人知を超えた力とかを与えられちゃったりしたら怖いなぁ、とは思っていたのだけど。
「ナ……ッ!? オマエ、ケッコウズブトイシンケイシテルンダナ」
「……こんなか弱い女の子に向かって、失礼です」
クラスメイトにだって強く言い返したりできないのに、なぜだか妙に強気になる。
どうしてなんだろう?
「ア~、ソウカ。スデニチカラガモレテ、ドウチョウシチマッテルンダナ」
え~っと、力が漏れて、同調してる?
「それってどういうことですか?」
わたしの疑問を、死神さんは一蹴する。
「ソンナコトヨリモ、チカラヲカシテヤル、ッテハナシニモドスゾ」
最初の質問に戻った形だし、それはそれでいいかと納得する。
わたしは小さく頷いた。
「オレガオマエニ、タマシイヲレンタルシテヤルノサ。ソレニヨッテオマエハ、ジブンイガイノセイカクニナレル」
さっきからずっと思っていたけど、発音の仕方が違うのか、死神さんの言葉は非常に聞き取りにくかった。
少しずつ頭の中で反芻し、意味を理解してみる。
え~っと、「オレがお前に、魂をレンタルしてやるのさ。それによってお前は、自分以外の性格になれる」ってところかな?
…………。
「ほ……ほんとにっ!?」
わたしは死神さんの話に飛びかかる勢いで食いついた。
「ア……アア、ホントウサ。モチロン、タダッテワケニハ、イカナイガ」
ニヤリ。
深い暗闇の顔が、微かに笑みを浮かべたように見えた。
「それって……」
死神さんとの、取引ってこと……?
つまりは、寿命やら魂やらを吸い取られてしまうとか……。
あっ、レンタルしてくれる魂って、そうやって手に入れたものだったりするのかな?
不安をありありと浮かべたわたしに、死神さんは再確認するかのように言い放つ。
「タイセツナモノヲ、イタダカセテモラウ」
大切なもの……。
言葉を濁してはいるけど、それってやっぱり……。
「命を代償に……ってこと?」
「マァ、ソウイウコトニナルナ。ダガ、アンシンシロ。イタダクトイッテモ、スコシダケダ」
恐る恐るしぼり出したつぶやきに、死神さんからは予想どおりの答えが返ってきた。
少しだけと言われても、魂を吸い取られてしまうとか、そういうのはさすがに怖い……。
わたしの苦悩をよそに、死神さんはさらに聞き取りにくい言葉を続ける。
「ケイヤクスレバ、シバラクノアイダ、オマエノソバニツイテイテヤル。オマエガノゾムカギリ、ナンドデモレンタルシテヤルゾ?」
再び頭の中で反芻する。「契約すれば、しばらくのあいだ、お前のそばについていてやる。お前が望む限り、何度でもレンタルしてやるぞ?」か。
それは、とても魅惑的なささやきだった。
恐怖心がわたしの胸の中いっぱいに広がっていたのは確かだ。
だけどわたしは元来、暗くてはっきりしない性格をしている。この性格を、変えられるかもしれないと考えたら、そんな恐怖心も薄れてしまうというものだ。
ずっと性格を変えたままにするのは、寿命を吸い取られ続けるってことになるだろうから危険すぎるし、絶対に却下だとしても。
何度か魂を貸してもらったりしていれば、自分を変えるきっかけくらいにはなるはずだ。
大丈夫……。
誘惑に負けないで、無理しないように気をつければ、きっと……。
ごくり。
ツバを飲み込む。
そしてわたしは、口を開いた。
「う……うん、それじゃあ、お願いします……」
「ヨシ、ケイヤクセイリツダ!」
真っ黒な死神さんは、なんだかとっても嬉しそうに弾んだ声を響かせた。




