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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第5章 童話の中の、お姫様みたいに
29/45

-1-

 昼過ぎくらいに目が覚めた。

 今日は日曜日だから、慌てることはない。


 そうはいっても、遅く目覚めた日は、どうしても時間を無駄にしたような気になってしまう。

 睡眠は大切。それはわかっているけど。

 でも、布団に入った時間がいつもと同じなのに起きたのが平日より五時間も遅いと、やっぱり貴重な時間を浪費にしてしまったという考えが頭の中をちらつく。


 普段の休日は、いつもどおりとはいかないけど、朝と呼べる時間帯のうちに目覚めて、昼過ぎまでぼへーっとするのに。

 ……起きていたところで、時間を無駄にしてるのは変わらないのか……。

 などと考えながら身を起こす。


 と――。

 クリボーがわたしに気づいて、部屋の片隅から飛びつくほどの勢いで近寄ってきた。


 勝手にドアを開けて入ってくることはほとんどないと思うけど、家族に見つからないため、クリボーにはなるべくドアから死角となる場所にいるよう指示してあった。

 わたしが部屋にいるときは、わたしのそばにいてくれればいいと言ってあるけど、寝ているときは静かにしてほしいし、ちょっと離れてもらっている。

 だから、この部屋の片隅はクリボー専用エリアみたいになっていた。


 そんなクリボーが、なにやら満面の笑みを浮かべながら話しかけてくる。


「ねぇねぇ、ピノ! コレ、見てヨ~!」

「ん~、なぁに~? どうしたの~?」


 寝ぼけまなこをこすりながら、気のない返事をするわたしの目の前に、クリボーはいつもどおりの坊主頭をぐいっと近づけてきた。


「なによ~、ツルツル頭がどうかしたの~?」


 まだ寝ぼけていたからか、ついついクリボーが気にしているはずの禁句を口にしてしまった。

 だけど、クリボーの笑顔は曇ることなく、代わりに笑顔を二割増しくらいに輝かせながら、


「もっとヨク見てヨ~!」


 と、頭をさらにわたしの目の前にまで寄せてくる。


「…………あ」


 ようやく、わたしは気づいた。

 いつもどおりの坊主頭、と思ってしまったけど、よくよく見てみれば、いつもどおりではなかったのだということに。

 うっすらと。

 ほんとにうっすらとだけど、産毛みたいな髪の毛が、クリボーの頭からちらほらと生えているではないか。


「そっか、毎日育毛剤つけてクシで叩いて、頑張ってたもんね」

「うン!」


 ほんのちょっとだけの、産毛程度の髪の毛だけど、それでも相当嬉しいのだろう。

 クリボーは笑顔を崩さず、その存在をしっかりと確認するかのように、そっと優しく産毛を撫でている。


 死神なのに。

 坊主頭(にちょっと毛が生えた程度)なのに。


 可愛いな~。なんだか、弟ができたみたい。

 ほのぼのとした光景を見て、ほのぼのとした会話も交わして、わたしはとても穏やかな気持ちに包まれていた。

 もっとも、この愛らしい見た目に騙されているだけなのかもしれないけど。『れんたま』してもらうたびに、わたしの寿命は吸い取られているはずなのだから……。


「どうしたんダイ?」


 わたしの笑顔が一瞬苦笑まじりになったことに、クリボーは気づいてしまったようだ。


「ん、なんでもない。髪の毛、生えてきてよかったね!」

「うン! ありがとう!」


 わたしのごまかしを含んだ言葉に、クリボーは再び、一点の曇りもない笑顔を輝かせた。



 ☆☆☆☆☆



 さて、とりあえず休みの日ではあるけど……。

 歌のトレーニングはしなければならない。

 文化祭の出し物とはいえ、お客さんに聴いてもらうのだから、少しでもよくなるように頑張らなきゃ。


 わたしは毎日、発声練習をしたり、CDをかけて歌ったり、といったことを続けている。

 ただ、それだけじゃダメだよと、昨日の夜、電話でパピコとお喋りしているときに言われてしまった。


 まずは基礎体力をつけること。

 全身にまでは必要ないけど、声を出すために必要な筋肉をつけておくのは、基本中の基本だと言っていた。

 腕立て・腹筋・背筋などの筋力作りを定期的に続けるとか、水泳やジョギングなどで体力や持久力を鍛えるといいとか、そういった助言も受けた。

 とくに水泳やジョギングは肺活量も多くなって、長い時間声を出し続けることにもつながるらしい。

 水泳はさすがにプールや海なんかがないとできないから、筋力作りとジョギングをやろうとわたしは考えていた。


 だけど、外を走るのはちょっと恥ずかしい。

 べつに恥ずかしいことではないはずだけど、なんというか、人の目が気になってしまうのだ。

 あの人、なにを急いでいるのだろう? 寝坊して遅刻しそうなのかな? もっと余裕を持って生活すればいいのに。

 そんなふうに思われたりしそうで……。


 ランニングウェアなんかを着て、タオルを首にかけたりして走れば、そう思われる可能性はなくなるだろうけど……。

 体育の授業とかならいいとしても、近所をランニングウェアで走るのは、やっぱり結構恥ずかしい気がする。

 かといって、まだ残暑もあるこの時期では、ジャージを着込んで走るのもつらいだろう。


 というわけで、わたしは室内でトレーニングすることにした。

 アレの存在を思い出したからだ。


 場所はお風呂の脱衣所。その片隅に、ホコリをかぶったソレは存在していた。

 長年使われていない、タオルを乾かすときの物干し竿代わりにされていることもある、脱衣かご置き場にされているソレ。

 そう、ルームランナーだ。


 お父さんが気になり始めたおなかを引き締めようと買ったのが、かれこれ十年くらい前だっただろうか。

 最初に何度か使っていたものの、それからほとんど使われていない代物だった。

 お兄ちゃんが学生時代、少しだけ使ったりしていたみたいだけど、今では完全にホコリまみれ。

 まずは掃除するところから始めなければならなかった。


 掃除を終え、電源をつなぎスイッチを入れてみると、ピッという音とともに動作を開始するルームランナー。

 うん、まだしっかり動く。これなら使えそうだ。

 わたしは一旦停止させたルームランナーの上に乗り、速度調整をしてスタートボタンを押した。


 無理はせず、あまり速くないペースで、長く走り続けるのを目標にする。

 できれば何時間か続けたいところだけど、わたしの体力だと、三十分ももたないかなぁ?

 まずは、自分の体力を知ることから始めてみよう。

 ぼんやりと考えながら、ひたすら足を動かす。


 途中、ふと視線を感じ、顔を脱衣所の入り口に向けてみると、お母さんがこちらをのぞき込んでいた。

 わたしと目が合うと、慌てて逃げるように去ってしまったけど。

 いつもながら、話しかけてもくれないのね……。

 お母さん、「なにやってんだか、あの子は」とか考えて、鼻で笑ってるのかな。


 ……いいもん、べつに。

 わたしは気を取り直し、若干湿り気のある脱衣所でひとり、黙々と走り続けた。


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