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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第4章 優雅な歌姫、アユカさんみたいに
27/45

-6-

 休み時間、わたしは教室で自分の席に座り、ぼーっと窓の外を眺めていた。


「はぁ~……」


 本日何度目になるかわからない深いため息をこぼす。


 いつもなら、パピコ辺りがスパーンとわたしの頭を平手打ちしながら、「な~に辛気臭い顔してんだか!」とかなんとか言って絡んでくるところだけど。

 今はパピコもパナップも大福ちゃんもいない。三人とも、トイレに行っているからだ。


 もちろんいつもどおり、わたしも誘われたのだけど。

 わたしはそんな気分じゃないからと断った。


「ピノ、つき合い悪いぞ~!」


 なんて捨てゼリフを残して去っていったパピコ。

 トイレに行くのを断ったくらいで、つき合い悪いとか言わないでほしいなぁ。


 それはともかく、珍しくひとりで過ごす、静かな休み時間。


「はぁ~……」


 わたしがため息をついているのは、言うまでもなく、バンドのボーカルのことを悩んでいるからだ。

 頑張ってはいるけど、みんなの足を引っ張るだけのような気がして……。


 みんなも本当は、別の人にボーカルを頼むべきだったと後悔してるんじゃ……。

 そんなわけあるはずないのに、マイナス思考は膨れ上がるばかり。


「どうしたの?」


 不意に話しかけてくる声が、なぜだかすぐ目の前から聞こえ、わたしは慌ててそちらに顔を向ける。


「……わあっ!」


 声でもちろんわかってはいたけど、目の前にあったのが白熊くんの顔で、わたしは思わず息を呑む。

 白熊くんはいつもながらの爽やかな笑顔を振りまき、前の席に後ろ向きに座って、こちらへと視線を向けていた。

 わたしの机に、両肘をついた体勢で……。


「し……白熊くん……!」


 さすがに思わずちょっと顔を引いてしまったけど、椅子の位置をずらしたわけでもないから、お互いの距離はほとんど変わっていなかった。


「雫宮さん、悩んでるんだよね? もしよかったら、相談に乗るよ。ぼくなんかでよければだけど」


 そんなことを笑顔で言われたら、悩みごとだって抵抗なく口からこぼれ出してしまうってものだ。


 ボーカルが思った以上に大変で、

 頑張ってはいるけど、上手く歌えなくて、

 他の三人は上達しているのに、わたしは全然ダメで、

 やるしかないってのはわかっているけど、気持ちだけが突っ走って空回りしちゃって、

 だからパピコたちと一緒にいることすら、心苦しく感じてしまって……。


 わたしの口から次々とこぼれ落ちてゆく泣き言たち。

 それらを白熊くんは黙って、時おり軽く頷きながら受け止めてくれた。

 すべての弱音を吐き出し終えたわたしは、上目遣いで白熊くんを見やる。

 白熊くんは軽く微笑むと、語り始めた。


「実はずっと気になってたんだ。ぼくの知ってる雫宮さんじゃない……って」


 わたしはじっと白熊くんの綺麗な瞳を見つめ返しながら、その唇から紡ぎ出される言葉を聞き続けることしかできなかった。


「気を悪くしちゃったらゴメン。

 でも、なんかこう、ずっとってわけじゃないんだけど、たまに雫宮さんらしくない感じになってるなって、思ってたんだ。

 失礼な話だよね。雫宮さんはいつでも雫宮さんのはずなのに。

 だけど、ぼくにはどうしても、そう思えてしまったんだ。

 音楽の時間も、遊歩公園で遊んだときも、体育祭のときもね。

 雫宮さん、おとなしくて控えめな感じだから、パピコからもいじられまくってるし、変わろうと思って頑張ってるんだろうけど……。

 ただ、雫宮さんっぽくないって感じたとき、みんなから褒められたりしていても、もちろん笑顔にはなってるんだけど、なんだかちょっと心から笑えていないような気がして……。

 あっ、なんかごめんね。べつにそんな、じろじろ見たりしてたわけじゃないから、安心して」


 ………………。


 確かに、そうだ。

 最初に『れんたま』したときから、多かれ少なかれ、わたしは悩みを抱えていた。

 性格が変わって、自分を変えることができて、嬉しいという思いと同時に、言いようのない寂しさというか悲しさというか、虚無感みたいなものが心の中にもやもやと湧き上がっていたのだ。

 白熊くんは、わたしの悩みに、ずっと前から気づいてくれていたんだ……。


「雫宮さん。もしも苦しいこととかあったら、全部吐き出していいんだよ?」


 真面目な顔で見つめてくる白熊くん。わたしを心配してくれているのは、しっかりと伝わってきた。

 とはいえ……。

 話してしまうわけにもいかないだろう。

 それ以前に、死神から魂のレンタルをしてもらっているだなんて、どう考えても信じてもらえないと思うし。


「心配してくれてありがとう。でもわたし、大丈夫だよ。ほんのちょっと悩んでただけだから!」


 無理に笑顔を作る。


「なにさ、悩んでたって。ピノ、もしかして便秘?」


 と、不意に加わった声に、わたしの顔は一瞬で真っ赤に沸騰する。

 それは言うまでもなく、トイレから戻ってきたパピコのツッコミだった。

 パピコってば、白熊くんの前で、なんてことを言うのよ!


「ちょ……ちょっと、パピコ……! そんなんじゃないよ~! そりゃあ、確かにここ数日、ごぶさたではあるけど……って違っ! そんなことが言いたいんじゃなくて~!」


 なんだか自爆してしまっているわたしではあったけど、戻ってきたパピコたち三人に加え、白熊くんも笑顔をこぼしていた。


「……ま、元気になったみたいで、よかったよ。だけど、なにかあったらいつでも話してくれていいからね。昔みたいにさ」


 白熊くんの温かな笑顔は、本当に昔みたいな澄みきった輝きを放っていて、わたしに懐かしいあの頃を思い出させてくれた。


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