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休み時間、わたしは教室で自分の席に座り、ぼーっと窓の外を眺めていた。
「はぁ~……」
本日何度目になるかわからない深いため息をこぼす。
いつもなら、パピコ辺りがスパーンとわたしの頭を平手打ちしながら、「な~に辛気臭い顔してんだか!」とかなんとか言って絡んでくるところだけど。
今はパピコもパナップも大福ちゃんもいない。三人とも、トイレに行っているからだ。
もちろんいつもどおり、わたしも誘われたのだけど。
わたしはそんな気分じゃないからと断った。
「ピノ、つき合い悪いぞ~!」
なんて捨てゼリフを残して去っていったパピコ。
トイレに行くのを断ったくらいで、つき合い悪いとか言わないでほしいなぁ。
それはともかく、珍しくひとりで過ごす、静かな休み時間。
「はぁ~……」
わたしがため息をついているのは、言うまでもなく、バンドのボーカルのことを悩んでいるからだ。
頑張ってはいるけど、みんなの足を引っ張るだけのような気がして……。
みんなも本当は、別の人にボーカルを頼むべきだったと後悔してるんじゃ……。
そんなわけあるはずないのに、マイナス思考は膨れ上がるばかり。
「どうしたの?」
不意に話しかけてくる声が、なぜだかすぐ目の前から聞こえ、わたしは慌ててそちらに顔を向ける。
「……わあっ!」
声でもちろんわかってはいたけど、目の前にあったのが白熊くんの顔で、わたしは思わず息を呑む。
白熊くんはいつもながらの爽やかな笑顔を振りまき、前の席に後ろ向きに座って、こちらへと視線を向けていた。
わたしの机に、両肘をついた体勢で……。
「し……白熊くん……!」
さすがに思わずちょっと顔を引いてしまったけど、椅子の位置をずらしたわけでもないから、お互いの距離はほとんど変わっていなかった。
「雫宮さん、悩んでるんだよね? もしよかったら、相談に乗るよ。ぼくなんかでよければだけど」
そんなことを笑顔で言われたら、悩みごとだって抵抗なく口からこぼれ出してしまうってものだ。
ボーカルが思った以上に大変で、
頑張ってはいるけど、上手く歌えなくて、
他の三人は上達しているのに、わたしは全然ダメで、
やるしかないってのはわかっているけど、気持ちだけが突っ走って空回りしちゃって、
だからパピコたちと一緒にいることすら、心苦しく感じてしまって……。
わたしの口から次々とこぼれ落ちてゆく泣き言たち。
それらを白熊くんは黙って、時おり軽く頷きながら受け止めてくれた。
すべての弱音を吐き出し終えたわたしは、上目遣いで白熊くんを見やる。
白熊くんは軽く微笑むと、語り始めた。
「実はずっと気になってたんだ。ぼくの知ってる雫宮さんじゃない……って」
わたしはじっと白熊くんの綺麗な瞳を見つめ返しながら、その唇から紡ぎ出される言葉を聞き続けることしかできなかった。
「気を悪くしちゃったらゴメン。
でも、なんかこう、ずっとってわけじゃないんだけど、たまに雫宮さんらしくない感じになってるなって、思ってたんだ。
失礼な話だよね。雫宮さんはいつでも雫宮さんのはずなのに。
だけど、ぼくにはどうしても、そう思えてしまったんだ。
音楽の時間も、遊歩公園で遊んだときも、体育祭のときもね。
雫宮さん、おとなしくて控えめな感じだから、パピコからもいじられまくってるし、変わろうと思って頑張ってるんだろうけど……。
ただ、雫宮さんっぽくないって感じたとき、みんなから褒められたりしていても、もちろん笑顔にはなってるんだけど、なんだかちょっと心から笑えていないような気がして……。
あっ、なんかごめんね。べつにそんな、じろじろ見たりしてたわけじゃないから、安心して」
………………。
確かに、そうだ。
最初に『れんたま』したときから、多かれ少なかれ、わたしは悩みを抱えていた。
性格が変わって、自分を変えることができて、嬉しいという思いと同時に、言いようのない寂しさというか悲しさというか、虚無感みたいなものが心の中にもやもやと湧き上がっていたのだ。
白熊くんは、わたしの悩みに、ずっと前から気づいてくれていたんだ……。
「雫宮さん。もしも苦しいこととかあったら、全部吐き出していいんだよ?」
真面目な顔で見つめてくる白熊くん。わたしを心配してくれているのは、しっかりと伝わってきた。
とはいえ……。
話してしまうわけにもいかないだろう。
それ以前に、死神から魂のレンタルをしてもらっているだなんて、どう考えても信じてもらえないと思うし。
「心配してくれてありがとう。でもわたし、大丈夫だよ。ほんのちょっと悩んでただけだから!」
無理に笑顔を作る。
「なにさ、悩んでたって。ピノ、もしかして便秘?」
と、不意に加わった声に、わたしの顔は一瞬で真っ赤に沸騰する。
それは言うまでもなく、トイレから戻ってきたパピコのツッコミだった。
パピコってば、白熊くんの前で、なんてことを言うのよ!
「ちょ……ちょっと、パピコ……! そんなんじゃないよ~! そりゃあ、確かにここ数日、ごぶさたではあるけど……って違っ! そんなことが言いたいんじゃなくて~!」
なんだか自爆してしまっているわたしではあったけど、戻ってきたパピコたち三人に加え、白熊くんも笑顔をこぼしていた。
「……ま、元気になったみたいで、よかったよ。だけど、なにかあったらいつでも話してくれていいからね。昔みたいにさ」
白熊くんの温かな笑顔は、本当に昔みたいな澄みきった輝きを放っていて、わたしに懐かしいあの頃を思い出させてくれた。