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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第4章 優雅な歌姫、アユカさんみたいに
26/45

-5-

「だからぁ~! 何度言ったらわかるんだっての!」

「ひぃ~……!」


 放課後の音楽室に、怒鳴り声と情けない悲鳴がこだまする。

 前にも言ったとおり、楽器を借りている以上、練習するとしたら音楽室を使うしかない。

 三組のバンドで交代して使っているから、時間も短い。


 だからこそ、集中して練習しなくちゃいけない。それはわたしにだって、わかっている。

 でも、頑張ってはいるけど、さすがに厳しくて……。


 わたしたちは、アユカさんの曲を演奏することに決めていた。

 他の二組のバンドと話し合わずに決めちゃったから、かぶったりしないかな、とも思ったけど、それは杞憂に終わった。

 それもそのはず、アユカさんの曲って、歌うのも演奏するのも難しい曲が多いから……。


 有名だし、雰囲気的にもイメージに合っていたからとはいえ、自ら大変な選択をしてしまったことになる。

 そうはいっても、みんなだって乗り気だし、今さら変えるわけにはいかないけど。


 ただ、『れんたま』効果があっても、あくまで性格を変えるだけ。歌まで上手くなるわけじゃない。

 恥ずかしくて声を出せない、という状態はどうにか乗り越えることができたけど、その先へ進むまでには至らない。

 されど熱を帯びてしまっているパピコには、わたしの頑張りなんて見えていないようで。


 さっきから何度も怒鳴り声をぶつけられてしまっている、というのが現状だった。

 あんな鬼のような形相で怒鳴られたら、誰だって情けない悲鳴が口をついてしまうだろう。


「なんだか失礼な思念を感じたような……。ま、それは不問にしとくけど! とにかく、気合いを入れろってば、気合いを!」

「ふぇ~……」

「ふぇ~じゃない! 気の抜けた声を出すな!」

「ふぃ~……」


 こんなやり取りが、延々と繰り返されている。


 パピコが文句を言いたくなるのも、わからないではない。

 だって彼女は、中学のときにバンドをやっていたのだから……。

 一方パナップも、ピアノ暦が長いからなのか、キーボード自体は初めてのはずだけど、そつなくこなしている。


 さらには、わたしと同じ素人のはずの大福ちゃんですら、なんだかノリノリでドラムを鳴らしていた。

 さすがに上手とは言えないけど、ちょっとぽっちゃり気味の彼女の力は、ドラムを叩くのに合っているようだ。……なんて言ったら、笑いながら殴られるかな……?


 もっとも、ドラムというのは単に力があればいいってわけじゃないらしい。

 それでも大福ちゃんはどうやら、リズム感もすごくいいみたいだった。あんな体型なのに。……なんて言ったら、笑いながら闇に葬られるかな……?


「ふふ……、すごく失礼な思念を感じましたけど、不問としておきます。とにかく、もう少し頑張りましょう!」


 大福ちゃんまで、なんだかパピコと同じようなブラックオーラを放っていて……。


 だけど、ここは頑張るしかない!

 わたしは言われたとおり気合いを入れる。

 そして、歌う、歌う、歌う。


 こんなに歌ったのなんて、生まれて初めてかもしれない。

 ともあれ、そうそう簡単に上手くなるはずもなく。

 もちろんみんなだって、わたしが本物のアユカさんみたいに上手く歌うことなんて期待してはいないだろうけど。

 そうではあっても、せっかく推薦してもらえたのだから、少なくとも恥ずかしくない歌声を届けたい。


 わたしなりに、必死にあがいてもがいて頑張った。

 その姿は、パピコたちもちゃんと見てくれていた。

 それで練習時間が終わったあと、


「うん。ま、いいんじゃないか?」

「ええ、だいぶよくなったと思いますよ!」

「そうだね。この調子なら、文化祭当日には間に合うよ、きっと!」


 みんなはそう言って、笑顔でお疲れ様と労ってくれたのだ。

 とはいえ、それはすなわち、わたしの歌声が満足のいくレベルに達していないと物語っているってことで……。


「わたし、頑張るね。みんなも、お疲れ様!」


 努めて明るく振舞って、わたしは音楽室をあとにする。

 いつものように校門の前でみんなと別れ、左右に畑の広がる静かな道を、わたしはとぼとぼと歩いていた。


 もっと頑張らなきゃ……。

 それにしても、『れんたま』があってもなお、こんな状態だなんて……。

 わたしってほんとに、全然ダメな子なんだな……。

 ついついマイナス思考に囚われる。


「あのネ、レンタマは万能じゃナイんだヨ? あくまで魂をレンタルして、性格をちょっと変えるダケなんだカラ」


 クリボーがツッコミを入れてくる。


 そういえば、最初にクリボーと会ったのって、この道だったっけ。

 あのときは雨が降ってたな……。


 今の空は、どんよりと雲ってこそいるものの、雨粒がこぼれ落ちてきたりはしていないけど。

 わたしは心の中で雨を降らせていた。


 こんなんじゃダメだよね。

 せっかくクリボーがこうして協力してくれているのに、それすら無意味だ、みたいなことを考えるなんて。

 そうは思いながらも、わたしの心の降水確率は百パーセントのまま数値を下げることはなかった。


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