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「さて……と、本日の議題、行ってみよぉ~!」
バンッ!
放課後、他に誰もいなくなった教室で、わたしたちバンドメンバー一同は緊急会議をすることになった。
教卓の前に立って進行役を務めているのはパピコ。
クラス委員長であるパナップのほうが適任なのでは、と思わなくもないけど、パピコがやりたいと言うからには、誰も止められやしなかった。
「書記くん、黒板に書きたまえ!」
「はい、わかりました」
大福ちゃんが書記として、いいように使われている。
ふたりが教壇に立っているわけだから、椅子に座って会議の進行を見つめているのは、わたしとパナップのふたりだけということになるのだけど。
ともかく、大福ちゃんが丁寧な文字で黒板に書き上げた議題は、
「曲目選定」
だった。
……今さら? と思われるかもしれないけど。すでに何度か音楽室で練習したあとだというのに……。
とりあえず今までは、音楽の授業で歌ったあの曲を、それぞれ担当の楽器を思い思いにいじって適当に合わせてみよう、という感じでしかなかった。
なにせほとんど初心者の集まりだから、まずは慣れるところから入ろう、ということになっていたのだ。
といっても、わたしはただ歌うだけでしかないのだけど……。
だいたい、先生から許可されている練習時間がそれほど長くない上に、三組のバンドで交代だから、なかなか充分な練習にはならない。
楽器も借り物だから、ボーカルのわたしを除けば、学校以外での練習もほとんどできなかった。
もっとも、パナップは家にあるピアノで練習、パピコも自前のベースで練習しているらしい。
大福ちゃんはさすがにお嬢様だし、家でドラムの練習になるようなことはできないだろうから大変そうだ。
と、なにやら思考が明後日の方向に飛んでいってしまうのはわたしの悪いクセみたいで。
「こらピノ! ぼーっとするんじゃない!」
パピコから叱責が飛んできた。
コツン!
いや、失礼、叱責だけじゃなくて、チョークまで飛んできていた。
……って、
「いった~い……。ちょっとパピコ、ひどいよ~……」
さすがのわたしも抗議の声を返す。
とはいえ、自業自得だと一喝されるだけで、会議は止まることなく進行していった。
「ま、なにを演奏しよっかね~、ってことなんだけど、いい案とかある?」
席に座っているわたしとパナップに、交互に視線を向け、パピコが問いかけてくる。
「はいっ!」
「はい、パナップくん!」
「バンドといえばオリジナル曲をやるって手もあると思うけど、ウチらじゃ曲なんて作れません! だから、既存の曲を演奏するって方向は、まず確定だと思います!」
「ふむふむ。確かにそうだな~。じゃ、どうすればいいと思うかね?」
「そうですね、コピーバンドかなぁ? 誰か気に入ってるバンドとかアーティストとかをひとり決めて、その人の歌を何曲か選定するのがいいと思います!」
「ほほ~。……ひとりに決めず、いろんなヒット曲をやるというのは、ダメなのかな?」
「それでもいいけど統一感がないし、衣装も途中で変えられないから、同じ人の歌ってのがいいんじゃないかと思います!」
「なるほどなるほど。そんじゃ、方向性としてはそれで決定で! 書記くん、書いといて!」
「はい、わかりました」
すべてパナップひとりの意見だけで決まってしまった会議の結果を、大福ちゃんが文句も言わずに書き記す。
パピコ、議長をやっている意味ないんじゃ……。
そんなことを考えつつ、どうせわたしの意見なんて聞かれないだろうと油断していたら、思わぬ不意打ちを食らうことになってしまった。
「そいやあさ、このあいだの音楽の時間のって、YUUIさんをイメージしてたっしょ? ピノ、好きだもんな、YUUIさん!」
わたしに向かって話しかけてくるパピコ。すでに議長っぽい口調ではなくなっていたけど。
「う、うん……」
「じゃ、YUUIさんの曲でいいんじゃないか?」
あっさりとそう結論づけようとするパピコに、パナップから反対意見が出される。
「でも、YUUIさんはポップで、ちょっと激しいロック調の曲が多くなかったっけ? ウチらの演奏じゃ、あまり激しいのは無理があると思うんだけど」
反対意見はパピコに向けられていたけど、パナップの顔はわたしのほうを向いていた。
わたしに意見を聞きたい、ということだ。
「えっと、うん、そうだね……。アルバムの中にだったら、静かなバラード曲とかもあったりするけど……」
「アルバム曲じゃなぁ。やっぱり知名度の高い曲じゃないと盛り上がらないっしょ」
控えめに唱えたわたしの意見を聞いて、パピコはあっさりと考えの方向転換をする。
相変わらず、切り替え早っ!
「それでは、どうしましょう?」
「ゆったりした曲の多い人かぁ……。誰かいたっけかね~」
「それでいて、静かすぎないほうがいいね。喫茶店だけど、バンドと銘打っている以上、ある程度アップテンポな曲を期待してるはずだから」
三人は腕を組んで考え始める。
「あの……アユカさんは、どうかな……?」
わたしはポツリと意見してみた。
もちろん、『れんたま』契約でイメージした人だったから、っていうのがその理由だけど。
あのときはなんとなくアユカさんをイメージしただけだったけど、演奏する曲も決まっていないのに時期尚早だったかなと、今さらながらに思う。
「おっ、いいじゃん!」
「そうですね。わたしも好きですよ、アユカさん」
「うん、そうだね。ウチも好き。だけど、奇跡の歌声とまで言われる歌姫を選ぶなんて、ピノ、やる気だね!」
「は……はう……!」
な……なんだか自分で自分の首を絞めるような展開に、ずるずるとなだれ込んでしまったような……。
「ボーカルで魅せる必要があるだろうけど、さすがだな、ピノ!」
「はう、あう、えう……」
「ピノの衣装、ひらひらのドレスを用意しないといけないかもね!」
「はう!? あうあう……」
「そこはわたしにお任せください。うちにはたくさんのドレスがありますから」
「え……えええ……?」
「歌姫ピノと三人の従者、って感じだな!」
なんだかとってもノリノリなパピコ。
「ウチら、従者? まぁ、仕方ないか。ここはピノに頑張ってもらわなきゃだし!」
期待を込めたキラキラの瞳を向けてくるパナップ。
「そうですね。ふふ、とびっきり綺麗なドレスをご用意しますね。あっ、わたしのドレスじゃなくてお母様のですから、安心してください。わたしのでは、大きすぎてサイズが合いませんものね」
ちょっとはダイエットしなければいけませんね、なんて自虐的に笑っている大福ちゃん。
「あうあうあう……」
戸惑うばかりのわたしには、異常なほど盛り上がっている友人たちの勢いを止める手段なんて、見つけられるはずもなかった。