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考えてみたら、喫茶店なんてどこのクラスでも提案しそうな出し物だ。
バンド喫茶と趣向を凝らしてはみたものの、喫茶店は喫茶店。
少なくとも同じ学年で同じ種類の出し物がかぶらないように調整されるのは、ごく当たり前の対応だろう。
つまり、ホームルームで決まった時点では、まだわたしたちのクラスでバンド喫茶ができるかどうか確定していなかったことになる。
わたしとパピコはそれをすっかり忘れていたけど、クラス委員長のパナップは知っていたはず。
そう思って尋ねてみると、「盛り上がってノリノリな姿を見せられたら、水を差すわけにもいかないでしょ?」と、笑顔で返されてしまった。
どちらにしても、それから数日経った今、わたしたちのクラスの出し物は晴れてバンド喫茶に決定していた。
当然、練習にも熱が入っていく。
わたしたち以外のバンドも練習を始めていて、音楽室と楽器を三組のバンドが交代で使うようになっていた。
練習できる時間は減ってしまうけど、だったらその分、短時間で集中して練習すればいい。
そう言って気合いを入れるわたしたち。
ただ、わたしの声は相変わらず、なかなか出ないままだった。
もとより上手いわけでもなく、あの音楽の授業で見せたノリだけで選ばれたようなわたしだから、大きな声を出せなければまったく意味がないと言ってもいい。
さすがにこのままでは、みんなの迷惑になってしまう。
もちろん、パナップも大福ちゃんも、普段からいろいろとごちゃごちゃ言ってくるパピコでさえも、わたしを責めたりなんかしなかった。
それでも、どう考えても足を引っ張っているのは疑いようがなかった。
練習が終わったあとも、用事があるからと言ってその場に残り、しばらくぼーっと考え込んでいたわたしだったけど。
別のバンドが練習に使うのだから音楽室に残っているわけにもいかず、今はカバンを抱えたまま、廊下をとぼとぼと歩いていた。
「そろそろ、オレの出番カナ?」
クリボーの声が、わたしの頭の中に響く。
……そうだよね。
なるべく自分で頑張ったほうがいいのは確かだと思うけど、迷惑をかけてしまうようなら、それはただの意地っ張りでしかない。
代償が大きいのはわかってるけど、今は決断のときだよね……。
一瞬の間を置いたあと、
こくん。
クリボーの言葉にわたしはひとつ小さく頷くと、音楽室のある特別教室棟の端っこの、さらにまったく人気のない寂しい階段下の一角へと、隠れるように滑り込んだ。
「ここなら大丈夫そうだね」
小さな男の子形態に実体化したクリボー。
「さて、どういうカンジで契約するカナ?」
すぐさま、ニヤニヤと笑いながら問いかけてきた。
「う~んと、今後の練習時間全部と、それから文化祭当日の演奏中だけ、いい感じに契約、なんてことができるといいな~、とか……」
かなり都合のいい勝手な言い分だというのは、自分でもわかっていた。
だけど、遊歩公園のときの『れんたま』でかなりの代償を支払っているはずだから、慎重になってしまう気持ちもわかってもらえるのではないだろうか。
さすがのクリボーでも、こんなお願いは聞いてくれないだろうな、もしかしたら怒らせちゃうかもしれないな、と思いつつ、ダメもとでお願いしてみたのだけど。
「ふム。ま、お得意サマ特価ってコトで、特別に憂慮してアゲてもいいカナ」
「あ……ありがとう、クリボー!」
思いがけず受け入れてもらえ、わたしは戸惑いながらも感謝の意を示す。
「ただし、条件があるヨ」
「うっ……。なに?」
一瞬ビクッと身をすくめながら、クリボーの答えを待った。
すると……。
「オレ専用の育毛剤と頭を叩くためのクシを用意してホシイんダ!」
………………。
反射的にクリボーの坊主頭をまじまじと見つめてしまう。
まだ諦めてなかったんだ……。
お父さんの真似なんかしたところで、無駄だって何度も言ってるのに……。
ともあれ、バカ正直にそんなことを口にしたら、クリボーを怒らせてしまうだけだろう。
わたしはどうにか気持ちを抑え、同時に口も押さえながら考えてみた。
ちょっとお小遣いに痛手を負うことにはなるけど、それくらいだったら、買い食いとかを減らせば充分に可能なレベルだ。
命の重さと比べたら、ほとんど無きに等しいくらい軽い出費だと言える。
考えるまでもなく、答えは決まっているようなものだった。
もっとも、三十分で一回分という契約と比べれば少なくて済むとはいえ、代償を支払うことに変わりはない。
だけど、それだって考えるまでもない些細な問題でしかない。
だってわたしなんて所詮は、クリボーから『れんたま』してもらわなければ輝くことのできない、ダメ人間なのだから。
わたしは全然目立たないし、個性だって全然ないもんね……。
みんなも頑張ってるんだから、少しはわたしだってやる気を見せないと!
そのためには、『れんたま』の力が絶対に必要なんだ!
「……うん、わかった。育毛剤とか買ってあげるから、さっきの条件でお願いね!」
「了解だヨ! へへっ、毎度アリ~!」
こうして、もう何度目になるかわからない『れんたま』契約が交わされることになった。
ちょっぴり心が痛むけど、もう後戻りはできない。
契約成立に合わせて、いつもどおりクリボーの坊主頭が光り輝く。
……もしクリボーの頭に髪の毛が生えてきたら、契約成立できなくなったりして……。
と、余計なことを考えている場合じゃなかった。
「えっと……今回はね、ドレスを身にまとって優雅に舞い踊りながら歌う、世紀の歌姫、アユカさんのイメージで頼むわね!」
「あいあいサ!」
わたしが今回レンタルする魂のイメージを伝えると、クリボーは快く引き受けてくれた。
これで、いいんだ……。
ふぅ~。大きく息を吐く。
「クリボー、そろそろ帰ろう!」
「らジャ!」
わたしの言葉に、クリボーは素直に答え、いつもどおり姿を消してくれた。
下駄箱で靴に履き替え、校舎の外に出ると、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
夕陽はとっくに沈み、景色がゆっくりと暗い闇に呑み込まれつつある。
そんな中、家に向かって歩き始めたわたしの足は、心なしか重たく感じられた。