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わたしはすごすごと、クラスの応援席へと戻った。
近づいていくわたしのほうに、みんなが視線を向けている。
せっかく優勝すら狙えそうな勢いだったのに、失敗してすべてをふいにしてしまったわたし。
それを責め立て、文句をぶつけるために、みんなで待ち構えているに違いない。
そう思ったわたしは、みんなが口を開くより先に、沈んだ声で素直な謝罪の言葉をしぼり出した。
「ごめんなさい……!」
そんなわたしを、驚いたような目で見つめるクラスメイトたち。
「なに言ってるの?」
「雫宮さん、すごくよかったよ!」
「白熱した~~~!」
「うんうん。こんなに楽しい体育祭、初めてかも!」
溢れんばかりの笑顔で、口々に賞賛の思いを伝えてくれるものだから、今度はこっちのほうが驚いてしまった。
「で……でも、トップなのに転んじゃって、優勝できなくなっちゃって、アンカーだったからみんなの期待に応えなくちゃいけないのに、それなのに……!」
湧き上がってくる涙がこぼれるのを懸命に堪えながら、自分の非を独白するわたしに、ゆっくりと近づいてくる影があった。
そっと人差し指を伸ばしてこぼれ落ちそうになっていたわたしの涙を拭い、優しげな視線を向けてくれているその人を見つめ返す。
「パピコ……」
いつでも一緒にいると言ってもいいくらい腐れ縁の友人、かけがえのない親友――。
彼女が今、わたしの目の前で笑顔を浮かべている。
「な~に泣いてんのさ! あんたはマジ頑張った! 誇っていいぞ! あとでアイスでもおごってやる!」
「ほんと、すごかったですよ!」
「うんうん。今日のザ・ベストオブ体育祭、イン我がクラスだよ!」
パピコの横には、いつものメンバー、大福ちゃんとパナップも並び、わたしを褒め称えてくれた。
大きな拍手の音を響かせながら……。
さすがに恥ずかしく思い始めたところで、さらにもうひとり、わたしの目の前に歩み出てくる人がいた。
「転んじゃったのは残念だったけど、すぐに立て直して必死に走ってる姿、ずっと見てたよ。クラスのために、よく頑張ったね。お疲れ様」
にこっ。
微笑みながらそう言ってくれたのは、わたしにバトンを渡してくれた白熊くんだった。
「あ……ありがとう! 白熊くんも、お疲れ様!」
まだ『れんたま』の効果が残っていたからなのか、わたしは素直に答えていた。
そんなわたしを、クラスのみんなが取り囲む。
「よし! 今日一番の功労者である雫宮さんを、みんなで胴上げしましょう~!」
クラス対抗リレーの第一走者だった中村さんが、そう言い出すと、みんながみんな、
「そうだね!」「うん、そうしよう!」
と、わたしの周りに群がってきた。
「ちょ……あの……」
戸惑うわたしの声なんて、完全にかき消されてしまう。
ふわっと、足が地面から離れたかと思うと、
「そ~れ!」
というかけ声とともに、わたしの体は大きく宙を舞っていた。
「ぅわ、ちょ、やめ、怖っ……!」
胴上げされているせいで、拒絶を言葉にしたくても、思うように口から飛び出してはいかず。
成すすべもなく、何度も何度も空中へと投げ上げられてしまった。
もちろんみんなが心からの祝福の意味で胴上げしてくれているのはわかっているけど。
いくらなんでも、さすがに恥ずかしい。
そりゃあ、自分でも頑張ったとは思うし、自分で自分を褒めてあげたい気分ではあった。
だけど、優勝したわけでもなく、ましてやわたしは、大観衆の面前で無様にコケる姿をさらしてしまった身なのだから……。
とはいえ、嫌な気分ではない。
胴上げされておたおたわたわたしながらも、そして、焦って上ずった声にならない叫びを響かせながらも、自然と笑みがこぼれていた。
……何度も続いた胴上げが終わって地面に降ろされたあと、他のクラスや他の学年の人たち、さらには先生方にまで注目されていたことを知り、わたしは顔から火が出るほど赤面する結果になってしまったのだけど。
☆☆☆☆☆
「よかったネ。ちょっと失敗はあったケド」
夕陽が周囲の景色を染める帰り道で、不意にクリボーが話しかけてきた。
周りには他に誰もいない。クリボーはお馴染みのくりくり坊主頭の男の子の姿で、わたしと並んで歩いている。
クリボーの言うとおり、失敗はあったものの、『れんたま』の効果がわたしをいい方向に進めてくれたのは紛れもない事実だった。
「うん。クリボー、ありがとね」
素直なわたしからの感謝の言葉を受け取り、
「ま、レンタマじゃ性格が変わるだけダカラ、運動能力なんて変わらないんだケドネ」
クリボーは苦笑まじりといった様子で、そう白状した。
それは、なんとなくわかってはいたことだけど。
「あっ、ひどい! 騙したのね?」
強い口調ではなく、あくまでも少し意地悪するつもりで、わたしは言い放つ。
対するクリボーは悪びれる様子もなく、こう答えた。
「なに言ってるのサ。心の持ちヨウがタイセツなんダヨ。実際、最高に楽しめたダロ?」
うん、確かにクリボーの言うとおりだ。
「……そうだね」
わたしは夕焼けで真っ赤に照らされた笑顔を惜しげもなくさらけ出しながら、充足感いっぱいの素直な言葉を返していた。