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「さて、それじゃあ次回の授業……って明日だっけ? 何人かずつ組になって、みんなの前で歌ってもらいますからね~!」
「え~~~~~~!?」
ブーイングの嵐が防音壁にこだまする。
進学校ってほどではないにしても、そこそこのレベルではある光理高校だというのに、なんだかたまに小中学生っぽさをかもし出すこのクラス。
それはともかく、防音壁があることからもわかるとおり、ここは音楽室だ。
授業が終わった瞬間、牧村先生から放たれたひと言によって、激しい嵐が吹き荒れたところだった。
先生はパンパンパンと手を叩いて場を静める。
「はいはい、文句言わないの~。仲のいい人同士でいいから、パート分けとか、しっかり準備しておくのよ~!」
有無を言わさず淡々と連絡事項のみを述べると、牧村先生は早々に音楽室から立ち去っていった。
このクラスの担任だからなのか、牧村先生はわたしたちに対してだけ、いつも厳しいような気がする。
などと考えながらぼーっとしていると、いつものように三名の友人がわたしの周りに集まってきた。
「ま、ウチらはこの四人で組めばいいよね!」
「ふふっ、そうですね。四人揃っての練習なんかも必要かしら?」
「そこまですることないっしょ! ……ピノ! ハモリが重要なんだから、あんたもしっかり声出すんだぞ?」
「ぁぅ……」
「ぁぅ、ぢゃない! 声出てなかったら、おしおきだべ~!」
「ふふっ、かわいそうなピノさん、どんなおしおきをされてしまうのかしら! わくわく」
「おしおき前提なんだね!」
「ぅぅぅ……」
相変わらず立場の弱いわたしだった。
今日の授業は、今の音楽で最後。四人とも部活には入っていないから、あとは教室に戻って帰り支度をして下校するだけだ。
普段どおり横並びで歩く帰り道には、わたしたち四人の騒がしい声が、当然のごとく響き渡ることになるのだった。
☆☆☆☆☆
「んじゃ、また明日ね~!」
「ええ、みなさん、気をつけて」
「ピノ~、ちゃんと声出し練習しとけよ~!」
「……うん……」
途中まで一緒に歩き、それぞれの帰路が分かれるこの交差点で、わたしたちはさよならの挨拶を交わす。
パナップと大福ちゃんは駅のほうへ。
パピコは新興住宅団地のほうへ。
わたしはちょっと寂れた住宅地のほうへ。
それは、いつもどおりの光景。
ただ、わたしの心は、すっかり曇っていた。
そんな心模様を反映しているのか、空もどんよりと曇っている。
今にも降り出してきそうだ。
と思った次の瞬間には、ポツ、ポツ、と小さな雫が肌にぶつかる。
そして数瞬の間すら置かず、凄まじいほどの激しい雨音が静かだった一角に響き渡り始めた。
「きゃ、冷たっ……。はう、傘持ってくるの忘れた~……」
わたしはカバンを頭の上に掲げ、小走りで寂れた住宅地を抜けていく。
教科書とかノートとか、濡れちゃうかな……と心配ではあったけど、それより自分自身が濡れて風邪をひいたりしないかのほうが心配だ。
デリケートだからね、わたしって。……ひ弱なだけだけど。
それにしても、カバンくらいじゃ全然雨粒を防げない。それでも、ないよりはマシか。
パシャパシャパシャと濡れた路面を蹴る音が響く。
人は誰も通らない。
いつもどおりの、閑静な路地。
分厚い雲のせいもあるだろうけど、周囲はもうかなり薄暗くなっていた。
街灯の明かりがなかったら、足もとも覚束ないくらいだったかもしれない。
その暗闇に呑まれるかのように、わたしの足は徐々に速度を緩める。
曇ったままの心が重しとなり、足にくくりつけられている、そんな気分だった。
明日の音楽の授業、憂鬱だなぁ……。
そんな陰気な思いが、さっきからずっと心の中で黒く渦巻いていたのだ。
人前で大きな声を出して歌うなんて……わたしには無理……。
だけど、みんなに迷惑かけちゃうし、声が出てなかったらおしおきとか言ってたし……。
重圧にのしかかられたわたしは、ついに足を止めてしまった。
視線はただただ足もとへと向かうばかり。
雨は、まだ降り続いている。
最初ほどの大粒な雨ではなくなっていたけど、それでもザーザーと耳障りな音を立て、道路やカバンや肌や制服を容赦なく濡らしていく。
「明日、大丈夫かなぁ……」
沈んだ言葉とともに、ため息をこぼす。
まだ暑さの残る初秋の時期だというのに、なんだか雨粒はとてつもなく冷たく感じられた。
「チカラヲ、カシテヤロウカ?」
不意に、声が聞こえた。
「……え?」
黒――。
顔を上げたわたしの目の前には、真っ黒い闇が広がっていた。
否、それは闇ではなかった。
黒い、物体……。
瞳らしき部分だけが赤く輝いてはいるものの、全体的にひたすら黒くて、そしてなにやら背中には翼のようなものまで生えている。
その物体が、黒い中にあってなお真っ黒い、漆黒の口をゆっくりと開く。
「オレハ、シニガミダ」
「死神っ!?」
さすがのわたしも、思わず大声を上げてしまっていた。