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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第3章 美人ランナー、有森尚子さんみたいに
19/45

-5-

 わたしが向かう先、四百メートルトラックの直線部分にあるスタート地点に、クラス対抗リレー参加者がずらりと並んでいた。


 ひとり二百メートルずつ走り、最後のアンカーだけは一周丸々走る。

 だから参加者が並ぶのは、わたしが今並んでいるこちらの直線部分と、半周先にある反対側の直線部分の二ヶ所。

 男女が交互に走ることになっているため、こちら側には女子が、反対側には男子が並んでいた。


 白熊くんが向こう側なのが、ちょっと寂しいところだけど。

 ともあれ、アンカーであるわたしの前に走るのが白熊くんだから、わたしは直接白熊くんからバトンを受け取ることになる。

 そういった意味でも、頑張らないと!

 気合を入れながら、クラスの列の最後尾に並んだ途端、


「雫宮さん!」


 と呼びかけられた。声をかけてきたのは、一走者の中村さんだった。


「どこに行ってたのよ? なんだか嫌そうにしてたから、逃げたかと思ったじゃないの」


 文句の言葉を向けながらも、わたしの登場に安堵の表情を浮かべていた。

 そんな彼女に、わたしは明るい調子で答える。


「ごめんなさい! ちょっとトイレに行ってたの! これで準備万端、わたし、頑張るよ!」

「あっ、そう……? でも、ほんとに大丈夫?」


 あまりの邪気のなさに、中村さんの勢いも削がれてしまったようだ。ちょっと心配そうに訊いてきた。


「任せといて!」


 わたしはグッと親指を立て、ウィンクを返す。

 すると、


「お~、雫宮さんがやる気だ!」「カッコいい!」「うん、目指すは優勝だね!」


 勢いに圧されたのだろう、列に並んでいた他の三人も、はしゃいだ声を重ねてきた。


「悔いのないよう、精いっぱい走ろう! 男子だって頑張ってくれるはずだから!」


 続けて放ったわたしの言葉に、みんなも頷いてくれる。

 ……もっともわたしとしては、男子というのは、主に白熊くん、って意味を込めていたのだけど。


「そ……そうね! よし、みんな! 優勝目指して頑張るわよ!」


 中村さんもわたしの勢いに乗っかる形で、激励の音頭を響かせると、手のひらを下に向けて、右手を前に突き出す。

 すぐさま彼女の手に、走る順番どおりに右手が重ねられ、最後にわたしが一番上に右手を重ねる。


『ファイト、お~~~~!』


 心がひとつとなったわたしたちは、澄み渡る青空のもと、大きく力強い気合いのかけ声を響かせた。



 ☆☆☆☆☆



 心地よい盛り上がりの中、一年生のクラス対抗リレーが始まった。


 第一走者の中村さんは、バドミントン部に所属している。運動部だから、それなりに足には自信があるのだろう。

 他の六クラスの第一走者は、比較的走るのが苦手な人が多かった。おそらく、あとから追い上げていく作戦だと思われる。

 その作戦の違いによって、わたしたちのクラスはトップで第二走者にバトンを渡すことになった。


 もともとほとんど諦めていたリレーではあったけど、現在トップだという事実を目の当たりにすれば、いやが上にも士気は高まる。

 中村さんが頑張ってくれて、リードを広げていたのも功を奏したと言える。

 流れに乗ったクラスメイトたちは、みんな自分の持てる力を百パーセント以上発揮しているように思えた。


 さすがに運動が苦手なメンバーばかりのわたしたちのクラス。練習はしたけど、それはどこのクラスだって同じ。徐々に差は詰まっていく。

 それでも、思ったほどの急激な後退劇は起こらない。

 トップ独走とはいかず、二番手に下がり、三番手にまで下がってしまったけど、それでも大健闘だ。


 参加している走者だけでなく、声援を送るクラスメイトたちも、これ以上ないほど熱を帯びている。

 トラックの周囲を見てみると、パピコ、パナップ、大福ちゃんの三人も、必死で応援してくれているのが見えた。


 みんな、楽しんでるなぁ。

 そしてもちろん、わたしも楽しんでいた。


 出番がまだ終わっていないから緊張はあったものの、モチベーションは高まるばかり。

 そんな中、リレーは続く。


 全部で九人、合計二千メートルのリレー。実際のところは、大した時間ではなかったはずだ。

 だけど、ひとりひとりの走り、一瞬一瞬の場面が、それこそ一ミリ秒たりとも見逃さないと言わんばかりの連続写真のように、鮮やかなまま脳裏に次々と写され、記憶のアルバムに収められていく。


 やがて、第七走者から白熊くんへとバトンが渡された。

 のほほんとした、のんびり屋といった印象の白熊くんだから、クラスメイトもさほど期待はしていなかったんじゃないかと思うけど。


 思ったより、速いかも!


 わたしが白熊くんを見るひいき目というのも影響していたかもしれない。

 それでも、すごくカッコいいフォームで走る姿が、わたしの心のアルバムの白熊くん専用ページに追加される。

 息を呑んで見惚れてしまったけど、次はわたしの出番なんだよね……。


 現在、白熊くんは三番手。

 わたしはトラックの内側から三番目に並び、白熊くんの到着を待つ。


 先頭と二番手のふたりが、激しいデッドヒートを繰り広げながらコーナーを回っている、まさにそのとき!

 二番手の人が最後のチャンスとばかりに追い抜こうと、少々無理をしたからだろうか。

 先頭の人の肘が、二番手の人の腕にぶつかってしまう。


 それにより、双方ともバランスを崩し、二番手の人がトップの人に抱きつくような形で接触。

 必死に体勢を立て直そうとしたところで、相手の足が引っかかる。

 ふたりとも素晴らしい反射神経の持ち主のようで、とっさに地面に片手をつき、どうにか転倒だけは免れた。とはいえ、速度は完全に落ちてしまう。


 その横を、するりと通り抜ける影。

 そう、それは言うまでもなく、白熊くんだった。


 うわっ、白熊くん、やった! すごいすごい! カッコいい! 最高っ!


「よし! うちがトップだ!」


 クラスメイトの声に、わたしは我に返る。

 気づけば、白熊くんはすぐ目の前にまで迫っていた。

 でも、かなり離れたとはいえ、背後には二番手三番手の人も続いてきている。


 うわ~、トップでアンカー……責任重大すぎる……。

 などと考えて、おたおたしているヒマはない。


 白熊くんが到達する少し前に、わたしはスタートラインから走り出す。

 前を向いて、右手を後方に下げる。

 バトンの先端が、わたしの手に……触れた!


 ぎゅっと、力強く握る。

 白熊くん! わたし、ちゃんとキャッチしたよ!

 わたしはバトンとともに勝利への願いをも受け取り、一心不乱に走り出した。


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