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「作戦会議といっても、今さらできることなんてないんだけどね」
第一走者となっている中村さんが、そう前置きしながら話し始めた。
クラス対抗リレーは、男女交互に走る。男子三人、女子四人の七人でのリレーだ。
女子のほうが比較的多い学校だからか、第一走者の女子から始まり、アンカーも女子となっている。
そのアンカーが、わたしってことになるのだけど。
「今の水色チームの点数状況は、ボードを見てのとおりよ」
メンバーが一斉にボードに目を向ける。
「現在三位。四位とはかなり差がついてるし、わたしたちが頑張らなくても二年生と三年生がいるわけだから、このまま三位は堅いわね」
うんうん、そうだね。メンバーたちからも同意のつぶやきが得られる。
「でも! 一位二位との差は、それほど大きくはないわ! つまり、わたしたちが頑張れば優勝も可能なのよ!」
ぐっとこぶしを掲げ、熱く宣言する中村さん。
「というわけで、チームの足を引っ張らないように、そしてあわよくば優勝できるように、力の限りを尽くすわよ!」
『お~~~~!』
メンバー全員の声が重なった。
……ただし、わたし以外の。
わたしはひとり、えええええ~~~? 責任重大だよ~……、と心の中でぼやいていた。
なにせ、リレーはひとり半周ずつでバトンが渡されるのだけど、アンカーだけは一周丸々走ることになってしまうのだから。
わたしなんかがアンカーじゃ、絶対無理だよ~……。
泣き言ばかりが胸を突く。
不安でいっぱいになっているわたしに、不意に温かな声がかけられた。
「大丈夫、肩の力を抜いて。精いっぱい走れば、結果なんて関係ないよ」
ふぇ……?
驚いて顔を声のほうに向けると、わたしの横には白熊くんが立っていた。
「あれ? 白熊くんも、リレーに参加するの……?」
今さらながらの質問に、白熊くんは呆れることもなく答えてくれる。
「あはは、うん。ぼくもぼーっとしてたら、リレーしか余ってなくて……」
参加者リストを確認したときも、ミーティングのときも、そして今この場所に呼び出されたときも、余裕がなくて周りをよく見ていなかったからか、全然気がつかなかった。
他の人ならともかく、愛しの白熊くんがいることにすら気づかなかったなんて、わたしってどこまでぼーっとしてるんだか!
自分で自分が情けなくなりながらも、白熊くんと一緒の種目だと思うだけで、なんとなくパワーが湧き出してくるように感じられた。
とはいえ……。
「以上で会議は終わりね。雫宮さん、アンカー、任せたわよ!」
肩をポンと叩かれ、メンバーみんなから期待の目を向けられたら、さすがにプレッシャーが重くのしかかってくる。
作戦会議は終了となり、白熊くんから「頑張ろうね」と微笑みかけられたわたしは、決意していた。
スタートするまで、まだもうちょっと時間がある。
よし……。
人目から隠れるように、わたしはなるべく音を立てず、静かに校舎の陰へと身を滑り込ませた。
☆☆☆☆☆
「クリボー……」
「レンタマ、行っとくカイ?」
わたしの呼びかけに、言いたいことはわかってくれていたのだろう、静かに姿を現したクリボーから、すぐさま期待どおりの声が返ってくる。
「うん、お願い!」
「へへっ、まいどアリ~」
迷うことなく繰り出された契約受諾の言葉に、クリボーは満足そうな笑い声を漏らし、同時に坊主頭がピカッと光る。
と、その笑顔を、クリボーは頭の光とともに一瞬で引っ込めた。
「おっと、そうダ。ひとつ忠告シテおくヨ。こうやってレンタマ契約するトコロとか、レンタマに関して話してるトコロを、もしダレかに見られタラ、見た人間は消すしかナイ。そういう決まりになってるカラ、気をつけてネ」
恐ろしい忠告ではあった。
だけど、わたしには『れんたま』してもらう必要がある。そうじゃなきゃ、わたしは輝けない。
戸惑いながらも、力強く頷く。
「…………わかった」
わたしの答えを聞くと、クリボーは再び穏やかな表情に戻り、今までと同じようにレンタルする魂の希望を尋ねてきた。
「さて、今回はどんなカンジにするカナ?」
「えっと、そうね……。スポーツマン系で、周りを引っ張っていく力のあるような人がいいかな……。具体的には、ランナーの有森尚子さんみたいな感じ?」
「ン、了解だヨ!」
一瞬の強風をこの身に感じた、その次の瞬間には、わたしの全身から果てしない力が湧き上がってくる。
やっぱり、『れんたま』の力って、すごい!
わたしは改めてそう感じた。
ただ、ちょっと気がかりな点がある。
これって、あくまでも魂をレンタルして、性格を変えているだけなんだよね……?
運動能力まで変わるわけではないはずだけど、大丈夫なのかな……。
不安はあった。
でも……、
気合いがあれば、運動能力なんてどうにでもなるわ!
わたしはそう考えて、不安を振り払う。
この時点ですでに、『れんたま』効果は充分に発揮されていたと言えるのだろう。
よし、頑張ろう!
自分自身に言い聞かせ、わたしは校舎の陰から勢いよく飛び出した。