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悩んでいたらなかなか眠りに就けず、睡眠不足気味のまま朝を迎えてしまった。
なんだか頭が重い。
ぼーっと制服を着て、ぼーっと朝食を口に運び、ぼーっと歯を磨き、ぼーっと髪をとかし、ぼーっとしたまま家を出た。
制服のリボンが曲がっていたり、口の端にパンくずがついたままだったり、寝グセが残ったままだったり……。
それくらいは普段からよくあることだし、それほど気にはならなかったのだけど。(いや、もちろん気にするべきだとは思うけど……)
ともかくわたしは、学校に着いてからも、ぼへ~っとしていた。
担任の牧村先生が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まってもなお、わたしの眠気はまったく薄れることがなかった。
すぐ背後の席のパピコが、シャープペンの後ろ側でわたしの髪の毛をツンツンつつきながら、
「お~い、起きてるか~?」
とかなんとか声をかけて注意を促してくれていたみたいだけど、わたしの頭はふらふらと揺れるばかり。
なにやら、いつものホームルームとは、ちょっと違うような……。
そんな感覚だけはあったけど、わたしの頭の中にまでは届いてこない。
でも、べつにいいよね……。重要な連絡があったら、あとでパピコにでも聞けばいいわけだし……。
なんて余裕をかましていたわたしが悪かったのだけど。
「……さん、雫宮さん、聞いてるの?」
「え、あ、はいっ?」
突然先生から名前を呼ばれ、わたしの思考はようやくモヤが晴れたようにクリアになった。
「まったく、ぼーっとしないの。とにかく、もう決まりましたから。いいですね?」
「え……っと……」
いきなり決まりましたなんて言われても……と思ったけど、わたしがぼーっとしていただけで、実際にはいきなりってわけじゃなかったはずだ。
視線を前に向け、黒板を確認してみる。
そこには、こう書かれてあった。
体育祭の参加種目選定会議。
「あれ? でも、わたし……」
黒板には体育祭の各種目名が書かれ、その下に参加希望者の名前が書き連ねられている。
ぼーっとした頭ではあったものの、なんとなく周りのクラスメイトが、手を挙げたりしているのは覚えていた。
だけど、わたしは参加希望種目に手を挙げた記憶はない。
無意識のうちに手を挙げていたってこと……? さすがに、そんなわけないよね……。
困惑気味のわたしに、パピコが耳打ちしてくれた。
「ピノがぼーっとしてるあいだに、全部終わったんだよ。全員必ず一種目には出る決まりだから、余ってた種目に強制参加ってことになったのさ。よく見てみ? ピノの名前もあるっしょ?」
わたしは種目名と参加者の羅列を端から端まで順に眺めていく。
「あ……あった」
雫宮。わたしの名字。
その上に書いてある種目名は――。
「くらすたいこうりれー」
まだ頭がぼーっとしているからなのか、いまいちすぐには頭の中に浸透してこなかった。
え~っと……。
「って、クラス対抗リレー!?」
クラス対抗リレー、それは体育祭の最後を締めくくる一番盛り上がる種目。
クラスごとに色分けされたチーム対抗戦の大詰め、点数配分も大きくて、優勝を目指すなら一番重要となってくる花形種目だった。
「ど……どうして~!?」
思わずわたしらしくなく、大声を上げてしまう。
だって、どう考えてもわたしにふさわしい種目ではなかったからだ。
自慢じゃないけど、というか、だいたい予想はつくだろうけど、わたしの足はとっても遅い。
それだけじゃなく、体力も持久力もないし、さらには体の重心バランスまで悪いのか、走り方も不恰好だったりするし……。
とはいえ、どうやらもう決定してしまったらしい。
「誰も出たがらなくてさ、余ってたってわけ。このクラス、なんか運動が苦手な人ばっかりみたいだしな~」
パピコがそんな説明を加えてくれた。
学校のクラスって、成績も運動能力も、クラスごとにあまり大きな差が出ないように分けるものだと思う。
ともあれ、わたしたちは高校一年生。入学したばかりでは、学力については入試の点数なんかでわかるかもしれないけど、運動能力まではわからないだろう。
中学時代の体育の成績や運動部に入っていたかといった経緯でも、ある程度の判断はつくかもしれないけど。実際には、まったく考慮されなかったに違いない。
そんなわけで、運動が苦手な人ばかりとなってしまったこのクラス。
はなっから、優勝とか高得点とかなんて、狙ってもいないということか。
それにしたって、いくらなんでもこのわたしがクラス対抗リレーに出るなんて……。
辞退したいところではあったけど、ぼーっとしていた自分が悪かったというのもあるし、そもそも自己主張の苦手なわたしだから、結局なにも言い出すことはできず。
そのあと続けて行われた参加種目ごとのミーティングでも、嫌だとは口にできなかったわたしが、あろうことかアンカーという大役を任される羽目になってしまうのだった。