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れんたま  作者: 沙φ亜竜
第3章 美人ランナー、有森尚子さんみたいに
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-1-

 わたしの家は、いわゆる幸せな家庭とは、お世辞にも言えない状態にある。

 両親は健在で、お兄ちゃんとわたしがいるという四人構成の、ごく一般的な核家族。

 ずっと昔から住んでいるこの町は、都心からは遠いものの通勤できるぎりぎりの範囲ではあるし、少々寂しい雰囲気ではあるけど、多くの人たちが居を構える住宅地だ。


 そんな町に一戸建ての家を持ち、家族四人で生活できているのだから、対外的には大きな問題はないように見える。

 ただ、家庭内は分裂していた。


 一応一緒に住んではいる。

 だけど、お父さんはとても多忙なようで、わたしが起きている時間に家にいることなんて、ほとんどありえなかった。たまの休日くらいはあると思うけど、土日も含めて、ほとんど見かけたことはない。


 一方、お母さんは専業主婦だからずっと家にいるのだけど、まったく会話はない。それどころか、顔を合わせようともしない。家事をこなしているとき以外は、ずっと部屋にこもっているみたいだし。

 学校がある日は朝食を作ってもらえるけど、それも起きたら用意してあるだけだった。

 また、休みの日にはご飯すら作ってもらえないから、自分でどうにかしている。といっても、簡単に食べられるものを戸棚やら冷蔵庫やらに準備してくれていることが多かったりするのだけど。


 唯一まともに顔を合わせるのは夕飯の時間で。このときはたいてい、家族一緒に食卓を囲んでいる。

 とはいえ、忙しいお父さんは不在なのが当たり前だし、会話だって全然ない。

 黙々と食べて、「いただきます」と「ごちそうさま」以外の言葉が発せられることは稀だ。

 お小遣いはもらっているけど、それだって、わたしの分とお兄ちゃんの分が封筒に入れられてリビングのテーブルの上に置かれているだけだったりする。


 家族のコミュニケーションって大切なはずなのに……わたしは小さい頃から、ろくすっぽお喋りもできずに育ったことになる。

 もっとも、わたし自身にしたって、学校から帰ってきたら自分の部屋にこもってしまうわけだけど。


 そしてそれは、お兄ちゃんも同じだった。

 いや、お兄ちゃんはわたしよりも、もっとひどいと言える。


 去年高校を卒業してから一年半くらい、お兄ちゃんは就職もせず、自分の部屋にこもって毎日ゲームばっかりやっているみたいなのだ。

 いわゆる、引きこもりってやつだよね。

 隣の部屋だからゲームの音とかも聞こえてくるけど、ほんと、なにやってるんだかって感じ。

 たまに独り言をぶつぶつとつぶやく声まで聞こえてきて、気持ち悪いことこの上ない。


 そこまで考えて、ふと気づく。

 ……お兄ちゃんの部屋から音が聞こえるってことは、わたしの部屋からも音が聞こえちゃうってことだから、注意しなきゃいけないよね……。

 う~ん……。クリボーと喋ってる声とか、もしかして聞こえちゃってたりとか、しないかな……?

 もし聞こえてたら、こっちこそ独り言をつぶやいているおかしな妹、なんて思われてたりして……。


 ま、お兄ちゃんになら、どう思われても関係ないか。どうせ引きこもりだし。


 ともあれ、思い返してみれば、小さい頃はよくお兄ちゃんと一緒に遊んだりしていた。

 兄弟姉妹がいる場合、どうしても一番近い存在となってしまうから、それもごく自然なことだったと言えるだろう。

 ふたりで外に遊びに出かけて、虫取りなんかもよくやっていたっけ。今はもう、虫を触ることなんてできないけど。


 当時のわたしはいつも、お兄ちゃんにべったりとくっついていた。そんなわたしの手を引いてくれるお兄ちゃんは、とても頼もしく思えたものだ。

 小さい頃から自分の部屋を与えられてはいたけど、お互いの部屋も頻繁に行き来していた。そのため、わたしはよくお兄ちゃんの部屋にあるマンガを読みあさっていた。

 読んでいたのが少年マンガばっかりだったから、同じクラスの女の子たちとはあまり話が合わなかった、なんて記憶も……。


 今となっては、懐かしい思い出――。


 べつに今でも嫌いってわけじゃない。

 それでも、引きこもっているお兄ちゃんは、髪もぼさぼさで見た目だけでも引いてしまうほどだった。

 だから自然と距離を置き、あまり積極的に話しかけたりしなくなっているのが現状だった。もう何ヶ月も話していないかもしれない。


 幸せな家庭とは言えない、という理由はまだ他にもある。

 どうやらわたしもお兄ちゃんも、お母さんから嫌われているみたいだということだ。


 昔からあまり顔を合わせなかったけど、家の中にいれば当然ニアミスする場合もある。そんなとき、慌てて逃げていくお母さんの後ろ姿を、何度も目撃していた。

 お父さんがいるときに、「わたしたちってお母さんに嫌われてるのかな?」と尋ねてみたことがあったけど、「そんなわけない」との答えが返ってくるだけだった。

 だけど、どう考えても好かれているなんて思えない。


 わたしとお兄ちゃんは、お母さんの本当の子供じゃないんじゃ……。

 そんなふうに考えたりもしたものだ。さすがに怖いし、両親を問い質してみたことはないのだけど。


 お母さんは、顔こそ合わせようとしないものの、遠くから怒鳴り声をぶつけてくることはあった。

 うるさくしていたり、好き嫌いして食べ物を残したり、昔だったら兄妹ゲンカをしたり、そんなときにはこっぴどく叱られた。


 物陰から叱りつけるだけで近寄ってはこないから、叩かれるなんてことはなかったけど、ごめんなさいと言うまで、怒鳴り声は止まらなかった。

 そういった意味では、しつけはしっかりしてくれていたと言えるのだろう。

 でも、幼いわたしにはどうしても、お母さんから嫌われていて、八つ当たりを受けているとしか思えなかった。


 だからこそわたしは、お母さんの怒鳴り声を受けないために、自分を押し殺してなるべく静かに過ごすようになったわけで……。

 わたしのはっきりしない性格は、そんな家庭環境のせいだと言える。

 お兄ちゃんがあんな感じになっちゃったのも、そうやって育ってきた結果だと思うし。


 はぁ……。

 もっと不幸な人はたくさんいるだろうけど、わたしはやっぱり、不幸な星のもとに生まれたとしか考えられなかった。


「……オレが口を出すコトじゃないケドサ、ピノの悪いクセなんじゃないカ?」


 部屋でぼーっとしながらそんなことを考えていると、突然クリボーが問いかけてきた。

 ちょっと、強めの口調で。


「え?」

「なんデモ悪く考え過ぎるトコ」


 うちの家庭環境が、不幸だって思ってること?

 確かにちょっと大げさすぎかもしれないけど、実際そうなんだから仕方がないじゃない。

 わたしは唇を尖らせ、不満を口にする。


「クリボーになにがわかるのよ」

「……ま、いいケド」


 クリボーは軽く肩をすくめ、それっきりなにも話しかけてはこなかった。


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