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遊歩公園――。
それは隣町にある静かな印象の公園だ。
大きな池の外周を、並木に挟まれた遊歩道が取り囲んでいる。
派手さはないものの、色とりどりの草花が爽やかで清々しい雰囲気を漂わせている、ちょっとした憩いの場。
お金がかからないということもあり、学生たちにとっては結構人気のあるスポットになっている。
とはいえ、せっかく休みの日にみんなでわざわざ出かけるにしては、さすがに地味で微妙かな~とは思っていた。
それでもみんな、なんだか意外とノリ気で、とっても盛り上がっているようだった。
「いっひっひ! なんたって、ピノの初デートだからな!」
「ちょ……ちょっと、パピコ……」
不満を顔に浮かべつつも、その笑い方はいやらしいよ、といった感想の発言は抑えておく。
余計なツッコミを入れて、逆にいじられてしまうのも面倒だし。
「でも、そうですね。しっかりオシャレして行かなきゃ!」
パチンと両手を合わせ、大福ちゃんが心底楽しそうな声を響かせる。
「オシャレは基本だね! だけどピノって、そういうの疎そうじゃない?」
「確かにそうだな~。ピノの私服って、地味だし、薄汚れてるし、季節ごとに一着ずつしかないし」
オシャレ関連の話題に食いついたパナップからの質問に、なぜだかパピコが答えを返していた。
……って!
「ちょ……ちょっと、パピコ! 薄汚れてなんかないし、もっといっぱい持ってるよ~!」
さすがに黙っていられなかったわたしは、必死で反論する。
オシャレに疎いのは確かだから、持っている服の数は女の子としては少ないほうだと思うけど……。
ともかく、わたしの反論に、パピコからさらにツッコミが入る。
「地味ってとこには反論しないんだな!」
「う……」
それは……残念ながら、否定できません……。
う~、だって、わたしの好きな色って、こげ茶色とか灰色とかだし……。
黙り込んでしまったわたしを見て、パピコはニヤリと笑みを放つ。
「よし! だったら買いに行こう!」
その言葉に、他のふたりも「是非そうしよう」とわたしをあおり立てる。
「……う、うん……それじゃ、行こうかな」
三人の勢いに負けたわたしは、微かに頬を染めながらも小さく頷いていた。
☆☆☆☆☆
遊びに行く予定の前日となる土曜日に、わたしたちは待ち合わせをして買い物に出かけた。
待ち合わせ場所は、地元の商店街。
幼い頃からずっとこの町に住んでいるわたしとパピコにとっては、ごく通いなれた場所だった。
同じ小学校に通ってはいたけど、パピコとは同じクラスにならなかった。見かけたことくらいはあったと思うけど、当時は知り合いではなかった。
だけどその後、中学一年生のときに一緒のクラスになってから、なんやかやで四年目となる友人だ。
一番わたしのことをわかってくれていると言ってもいい。
もっとも、一番わたしのことをからかってくれているのもパピコだったりするわけだけど。
パナップと大福ちゃんのふたりは、パピコと違って、今の高校に入学してから知り合った。
ふたりとも、住んでいるのも電車で何駅か行った先だったはずだ。だから、今日は休みなのにわざわざ来てくれた、ということになる。
それなのに、
「はぁ、はぁ、……お待たせ~……」
最後に待ち合わせ場所に着いたのは、なにを隠そう、このわたしだった。
だって、寝坊しちゃったんだもん……。
わたしは全速力で走ってここまで来た。
自転車には乗れない、というか、ふらふらして危険だから乗らないほうがいいと言われている。……パピコから。
そのパピコは、同じ小学校だったとはいえ、家は結構遠い。ちょうど通学範囲の端っこと端っこの正反対、といった感じになる。
そんなわけで、一緒に商店街まで来るより、別々に来たほうが早いのだ。
でもこんなことなら、迎えに来てもらいたかったかもと、今さらながらに思う。
「ピノ、おっそ~い! 罰として、踊れ!」
「や……やだよ~……」
「それじゃあ、歌うとか!」
「それも……嫌……」
「ふふっ、でしたら、土下座ですね」
「え……?」
「冗談だってば! ほら、早く行くぞ!」
恒例のからかいタイムをさくっと終わらせ、パピコはわたしの手をつかんで走り出す。
「ちょ……待って、まだ、息が……」
「却下!」
少し休みたかったわたしのお願いは、バッサリ一撃のもとに斬り落とされてしまった。
わたしたちはそのまま、リーズナブルな洋服が多くて学生にも人気のショップへと足を運んだ。
パピコが洋服を買いに行くのにつき合うときは、いつもこの店だった。
というか、わたしも服を買うなら、たいていこの店になってしまうのだけど。
それほど広くはないけど、品揃えは豊富。若者向けの服を中心に扱っているのは、都心からちょっと離れたこんな町では珍しいかもしれない。
店内には、わたしたちと同じくらいの女子中高生の姿が多く見受けられる。店員さんも若い女性ばかりだ。
さほど広くないわりに人気の高い店ではあったけど、それでも人でごった返すという感じではなかった。
ゆっくりと落ち着いて選ぶことができるし、わたしも好きな店ではある。ただちょっと、わたしの好みは地味すぎるみたいで、趣味に合う服はなかなか見つけられないのだけど。
それはともかく、店内に入るやいなや、わたし以外の三人はそれぞれ意気揚々と服選びに奔走し始めた。
と思ったら、すぐにパピコが駆け寄ってきて、なんだかちょっと露出度が高めで派手派手な服をわたしの目の前に掲げた。
「ピノ、これにしな!」
「え……?」
戸惑うわたしに、パピコはきっぱりと言い放つ。
「今日はピノの服を選びに来たんだぞ? 忘れたのかよ!」
あ……確かにそういう話だっけ……。
それにしたって、これはさすがに……。
「ちょっと、その……、いくらなんでも恥ずかしいよ……」
パピコが持っているのは、膝上何センチあるのだろうと驚いてしまうほどの短いフレアスカートと、胸もとがこれでもかというくらい大胆に開いている服だった。
「バカ、これくらい普通だよ? それに、せっかくのデートなんだからさ、思いっきり変身してびっくりさせちゃえ! 誘惑すんだよ、誘惑!」
「あ、あのねぇ……。それに、べつにデートってわけじゃ……」
もちろんわたしだって、休みの日に白熊くんと一緒にいられるなら、可愛く思ってもらえる格好をしなきゃとは思うけど。
実際にはふたりきりじゃなくて、パピコたち三人も一緒なのだから、デートとは呼べないはずだ。
と、そんなわたしのもとへ、続けてパナップが歩み寄ってくる。当然のように、選んできた洋服を掲げながら。
「ねぇねぇ、これなんか、どう? ショートパンツだから、太ももが完全に見えていい感じじゃない?」
どうやらパナップも、パピコと同じ方向性でわたしの服を選んでいるらしい。
「だけど男って、スカートのほうが好きなもんじゃないか?」
「ん~でもさ、下着が見えそうなくらい短いのは、さすがに引かれないかな?」
わたしを差し置いて、ふたりの議論が始まる。とそこへ、さらに加わる最後のひとり。
そうだ、お嬢様だもん。きっと……きっと大福ちゃんなら、まともな服を選んでくれるはず!
「これはどうでしょう?」
「………………」
彼女が掲げていたのは、ピンク色を基調にした、丈も短めの可愛らしいセーラー服だった。
コスプレ用なのかな……。っていうか、そんなの、どこにあったのよ……。
さすがのパピコとパナップも唖然としている……と思ったら。
「あっはっは、それ、いいかもな!」
「うんうん、サプライズ的効果があるかも!」
あう、食いついた!
「でしょう? わたしたちの制服、ブレザーですし。確かピノは、中学のときもセーラー服ではありませんでしたよね? わたしの中学も違いましたけど」
なにやら、これで決定、みたいな雰囲気になっちゃってるんだけど……。
こんなピンク色の制服なんてありえないし、どう考えてもアニメとかゲームとかのデザインだよね……。恥ずかしいっていうか、痛いよ……。
それからも、みんなは黄色い声ではしゃぎながら、選んできた服を体にあてがい、これなら似合うだとか、これなら誘惑できるだとか、好き勝手にわたしを着せ替え人形にしていた。
いくつかは試着もさせてもらい、最終的に、三人がひとつずつ選んでくれた合計三着の服を、わたしは買うことになってしまった。
値段が手ごろなのを選んでくれたから、お小遣いは足りそうだけど……。
それでも、最初に持ってきたものと比べたら随分とマシではあったものの、やっぱり露出度の高めな服が多かった。
このところ暖かくなってきているし、明日は天気もいいみたいだから、涼しい服装にするのは当然でしょ、とのことだけど……。
「ま、こんなとこだな。その中のどれかにしなよ? ピノが着てきた服を選んだ人が勝ちって、賭けてるんだから!」
そ……そんな賭け、勝手にしないで……。
「はぁ……」
わたしはレジカウンターに向かいながら、小さくため息をつくのだった。