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「うわっほ~ぅ! ねぇねぇ、それってマジ? マジ? マジポンのマジリング!?」
ごくありふれた共学の県立光理高校一年七組の教室に、今日も今日とていつものごとく、黄色い……を通り越して、金ピカと言ってもいいくらいの、底抜けに明るい声が響き渡る。
それに答えたのは、ふたりの女子生徒だった。
「ええ、是非にと、お母様が言ってました」
「どうでもいいけど~、マジポンってなに? マジリングって、もし進行形の~ingだとしたら、マジングじゃないとおかしい気がするよ?」
三人とも、今わたしのすぐ目の前にいる。
正確には、ひとりは斜め前で、もうひとりはすぐ横に並んでいるという配置だけど。
四つの机がくっつけられ、二対二で向き合って座っている状態。
この時間になると必ず姿を現し、そしてすぐに消えていく運命にある儚い物体がそれぞれの机の上を彩り、様々な匂いを漂わせていた。
その物体っていうのは、もちろんお弁当のことだ。
「細かいことなんて、気にするこっちゃないっしょ~! 今、気にすべきは、あたしらに訪れたパラダイスに思いを馳せること、そして、悔いのない思い出の一夜を過ごせるよう準備を整えること!」
「そ……そこまでのことなのかしら……。それに、パラダイスって……」
「なんかちょっと怪しいよね、いろんな意味で! さすがパピコだね!」
「ちょ……どういう意味さ、それっ!?」
すぐそばで繰り広げられている面白おかしなやり取りを聞きながら、わたしはくすっと笑みをこぼす。
「おいこら、ピノ! なに笑ってるのさ!? バカにしてんのか!?」
「え……べつにわたし、そんなつもりは……」
いきなり矛先を向けられ、おどおどしながらも声をしぼり出すわたし。
そのボリュームは、限りなくレベル0に近いレベル1程度の、消え入りそうなほどか細いものだった。
「相変わらず、ちっさい声だね~! 教育的指導!」
「これこれ、パナップ! いつからそんな権限を持ったのさ?」
「ふふっ。でもパナップってほら、一応クラス委員長ですから……。一応」
「一応一応うるさいよ!」
「…………」
矛先が逸らされてラッキー、なんて思いながら声を潜めているわたしではあったけど、そのまま逃れられるほど人生は甘くない。
「おぉっと、ピノ! 逃がしゃしないよ! えいっ!」
言うが早いか、横から首に絡みついてくる。
絡みつくっていうか、絞めつけるに近かったのだけど……。
「ぁぁぁぁぅぅぅぅ……っ。ぐ……る……じ……ぃ……」
今度の声が消え入りそうなのは、意識が遠のいているからで。
「やめんか!」
バシッ!
わたしの首に絡みついているパピコに、正面から容赦なく、教科書を丸めてぶっ叩くというツッコミが入った。
たまらず腕の力が緩んだところを、どうにかこうにか、わたしは撥ね退ける。
「いい加減にし~! クラスメイトは殺人犯♪ なんて状況、ウチは嫌だかんね!」
「ふふっ、誰でも嫌だと思いますが」
残るひとりは、顔色ひとつ変えずに微笑みをたたえたまま。
こんなやり取りも、わたしたちのあいだではごくありふれた光景だった。
わたしたちは今、お弁当を食べながらお喋りの真っ最中。
ふたり集まれば喋り出し、三人集まれば大騒ぎ。そんなグループだ。
でも、わたしだけはそんな彼女たちとは、一線を画している感がある。
あまり積極的に喋れる性格じゃないし、人見知りだし、暗いって評されることのほうが多いくらいだし。
だからこそ、みんなの中にまじって、騒がしい雰囲気に呑まれているのが大好きだったりするのだけど。
「む~。あたしの親愛表現を邪魔しないでほしいな~。ピノだって喜んでるんだからさ!」
などと勝手なことを言っている、さっきまでわたしの首に絡みついていたこの子は、桜庭柊子。あだ名はパピコ。
中学一年の頃からの腐れ縁で、底抜けに明るいのはいいとは思うけど、いつもわたしを必要以上に巻き込んでくれる、いわば諸悪の根源だ。……なんて言ったら、殴られるかも。
「よ……喜んでない……」
「嫌よ嫌よも、好きのうち、ってな!」
わたしが控えめに答えるも、無茶苦茶な理論によって煙に巻かれてしまう。
う~、そんなこと言われたら、どっちに転んでも喜んでることになっちゃう……。
「それじゃ、どっちでも同じじゃんよ!」
心の中でわたしがぼやいていた言葉を代弁してくれた、クラス委員長のこの子は、朝倉花。あだ名はパナップ。
クラス委員長っていうと、ちょっと近づきがたい印象があるかもしれないけど、パナップは全然そんな感じではない。
わたしなんかに言われたら嫌がられるかもしれないけど、結構抜けているところがあって、とっても馴染みやすい。
それに、べつに優等生ってわけでもないし。……もっとも、わたしなんかよりはずっと、成績優秀なわけだけど。
「ふふっ、でも、仲がいいのは確かだと思いますよ」
穏やかな笑みを浮かべながら、そう言いきったこの子は、藤枝雪見。あだ名は大福ちゃん。
お金持ちのお嬢様で、裕福だからなのか、少々ぽっちゃり系。
大福ちゃんなんてあだ名は、ちょっとどうかと思うのだけど、本人は全然気にしてなさそうだった。いつも、ふふっ、と目を細めて笑ってるし。
「ま、あたしの所有物だからな、ピノは!」
「わ……わたし、物じゃない~……」
こんな三人に囲まれたわたしは、雫宮陽乃。あだ名はピノ。
少々広めのおでこが気になるくらいで、これといった目立った特徴もない普通の女子高生だ。
ただ、なんだかちょっと、みんなにからかわれる傾向があるっていうのは、自分でもわかっている。
「でも、嫌じゃないんだろ? え? ほらほら、本音を言ってみろよ!」
パピコが再びわたしの首に絡みついてくる。
嫌かどうかと聞かれたら、嫌なんだけど。だって、苦しいし。
それでも、わたしは一番つき合いの長いパピコにさえ、強く反発したりはできない。
「ぅぅ……」
「恥ずかしくて言葉に出せないのかい? だが、体のほうはどうかな? へっへっへ!」
「いやらしいわ、ボケ! まったく、ピノも嫌なら嫌って言いなよ。じゃないとパピコに食べられちゃうぞ?」
「ふふっ、パナップも充分、いやらしいですよ」
どうしていつもいつも、こんなふうになってしまうのだろう。
今だって、大福ちゃんが「よかったら今度、うちに泊りがけで遊びに来ませんか?」って言ってくれたことから始まった会話だったというのに。
もしかしてわたし、友達の選択を思いっきり間違ってたりするのかも……?
そんな思いを胸の奥に仕舞い込み、わたしは今日も今日とて、みんなのオモチャにされてしまうのだった。