記憶
キョウコがマホのアパートに着いた時には、もう昼過ぎになっていた。
あのブラウザからの恐ろしい画像が気を抜くと無意識下から、ふと目の前にちらついて身を震わせてしまう。
キョウコは、あれ以上パソコンをいじる事ができなくなり、シャットダウンさせ、化粧もそこそこに、逃げ出すようにして外出した。
意識的に、思い出すまいとすればするほど、動悸は激しくなり、あのサイトの地図情報が気になって仕方がなかった。
マホの母親に相談しようかとも考えたが、また余計に気苦労かけるのは忍びなかった。
かといって、マホのパソコンがウィルスに感染していて、誤作動で送信されたメールを開くと、変な画像が出てくるという話を、警察に届けるべきなのか、判断つきかねた。
「壊れているか、誰かのいたずらでしょう」で、片付けられる気がする・・・。
関係者からしてみれば何でもマホの失踪と関連性があるように直結して考えがちになるが、部外者からみればそうは思わない。自分が逆の立場なら・・・。多分そうだろう。
驚いた事に、産廃業者のトラックが止まっていて、マホの部屋のゴミを次々と荷台に投げ入れている作業員がいた。
なんとも手回しが早いな、と関心した。
ベランダを見上げると、洗濯物を干しているマホの母親の姿があった。キョウコと目が合い、軽く会釈した。ゴミ袋を両手で何個も携え階段を降りてくる作業員をかわして、階段を上がると、あれだけあったゴミが、ほとんどなくなっていた。
マホの母親は洗濯物に取りかかったらしい。浴室は、衣類の山ができている。その奥で、洗濯機がガンガン音を立てて揺れている。
「ごめんね。キョウコさん、心配かけて。体調悪かったんじゃない?」
そういう母親の方が顔色がよくない。おそらくあまり寝ていないのだろう。目が真っ赤に腫れている。
「いえ、大丈夫です。それよりすごいですね。もうこんなに片付いてる。」
「何かやってた方が気が紛れるから・・・。朝、ゴミの回収の人に聞いたら、有料だけど業者手配できるって言ってくれて、頼んだの。私一人じゃこの量は無理だから・・・」
「警察から何か連絡ありました?」
「ううん、まだ何も。近くの公共施設からマホだと思われる人が現れれば連絡入れるって言ってたから、まだ見つかってないんだと思う」
お互い、あまり悪い方向へ話が進むのを避けるように黙ってしまう。
「じゃあ・・・私、キッチンの方、片付けますね」
「ああ、いいのに。気にしないで」
「いえ。私も、何かしないと落ち着かなくて」
そう言ってキョウコは、流しの汚れ物に手を付け始めた。浴室の洗濯機は早くも二回戦目の終了のメロディが鳴った。
キッチン周りをあらかた片付け終わり、ゴミの回収業者が去ると、室内は急に静まりかえった。
キョウコの足は自ずと寝室に向いていた。
マホのノートパソコンの前に立つ。パソコンは閉じられていた。・・・?・・・。
マホの母親も衣類を集めに部屋に入って来た。
「あの・・・。昨日このパソコン、おばさん使いました?」
小脇に空の洗濯かごを抱えたマホの母親は、首をかしげながら、
「・・・ううんと、いいえ。何も触ってないけど・・・」
「電源入りっぱなしだったと思うんですけど」
「うーん・・・。どうだったかしら、よく憶えてないのよね・・・ごめんなさいね」
「そうですか・・・」
キョウコはパソコンを開き、電源ボタンを押した。
「点けっぱなしのまま帰ってしまった気がしたので・・・」
昨日は、色々な事が一気にありすぎて、気が動転してしまい、意識が散漫だった。そのせいで自分の記憶にキョウコは自信を持てなくなりつつあった。
確かに、あのファイルはパソコンの画面いっぱいに、敷き詰められていた・・・
しかし、今、パソコンを起動しデスクトップが表示されると、
『izumi』という名の音声ファイルは、どこにも存在しなかった。