悪夢
「はい・・・。すいません。明日は出勤します。え、いえ、大丈夫です。ありがとうございます。では・・・」
キョウコは深いため息をつきながら通話をきった。
適当な理由を見つけて上司に嘘ついて当日欠勤するのは気がひける。
月曜、9時。いつもならもう出社し、バタバタしてる時刻だ。キョウコを取残して平日という世界はまた、忙しく回り始めている気がする。キョウコの部屋は薄明かりのまま、しんとしている。どこかで鳩の鳴き声が聞こえてくる。外は良い天気のようだ。
負のオーラをまといながらキョウコは、ぽつんと昨日の服装のまま佇んでいる。結局ベッドで眠ることができなかったのだ。泣きつかれ、テーブルに突っ伏したまま浅い眠りに入りそうになると、うなされて目が覚める。
悪夢を見ていたように思うが、どんな夢だったのか思い出せない。
夢とは脳の記憶を整理することだと、何かで聞いたことがある。だとしたら、昨日の出来事の追体験を夢として見ている・・・?。
だとしても、昨日の出来事がすべて悪夢だったらどんなにいいかとキョウコは思う。
キョウコが記憶していた清潔感のあるマホの部屋は、全く別人の部屋になっていた。本当にこの部屋がマホの部屋なのかと疑った。
いたるところに大小さまざまなビニール袋にゴミが詰められ、無造作に放置されている。汚れた衣類が床を埋め尽くして床がどんな色だったのか判らない。ゴミ袋に見られる小さな無数の黒い点々。何だろうとキョウコは目を凝らすとぞっとした。子バエだ。
マホの母親が換気のため窓を開けてくれてはいたが、それでもひどい悪臭を放っている室内で、キョウコは呆然と立ち尽くすしかなかった。
はじめ、自殺しているのではないかと、手当たりしだい部屋中マホを探したのだと、独り言のように語る母親。憔悴しきっていた。
「とにかく警察に連絡してみましょう。お母さん、私も思い当たるところ探してみますから、大丈夫ですよ必ず見つかりますから・・・」
そういったものの、説得力はまるでなく、自分でも頼りなく聞こえた。
母親が、警察に連絡している間、キョウコはマホの寝室を覗いてみることにした。
シングルベッドとパソコンデスクがある。ノートパソコンは電源が入ったままスクリーンセーバーの映像がずっとループされていたようだった。
思わずマウスを動かすとデスクトップ画面に切り替わる。と、キョウコは目を見張った。
普通、画面上には、よく使うソフトを起動させるためのショートカットアイコンを置いておくものだが、マホの画面上には音声ファイルが画面いっぱいに置かれている。しかも同じ題名のファイルが続く。
・・・『izumi』・・・『izumi』・・・『izumi』・・・『izumi』・・・『izumi』・・・『izumi』・・・『izumi』・・・『izumi』・・・
百以上ある同じファイル名。同名のファイルは基本的には画面上に同居できないはずなのだが、壁紙の模様のように並んでいる。
習慣的にそのうちの一つを選択し、クリックする。
一瞬後悔した。と同時に、思い出す、一週間前、マホから聞かされた、あの噂。
アプリケーションは起動され、音声ファイルが再生される。
『・・・・そろそろイズミさんのころさね・・・』