電話
キョウコがマホの失踪を知らされたのは、再会の日から一週間後のことだった。
夕方、映画を独りで観に行った帰り際、めったに鳴ることのない携帯が、着信があった事をランプで知らせていた。マナーモードにしていたから、すぐに気が付かなかったが、着信時刻は、映画館を出てそう経っていなかった。マホからの着信だったが、留守電メッセージのマークが付いている。
・・・?・・・よく考えてみると、留守電にメッセージを残すようなことをマホはしない。メールで用件を送ってくるはずだ。訝しがりながら留守番メッセージを再生してみた。声の主は初めて聞く女性の声だった。マホの声とよく似ているが、明らかにしゃべり方がたどたどしく丁寧すぎていて、マホとは別人だとすぐに判った。
マホと連絡が取れなく、心配しているという内容の留守番メッセージ・・・。
マホの携帯から母親がかけたものだった。
が、話がとっちらかっていて、短い録音時間の尺では、なんとも要領が得なかった。すぐさまマホの携帯に電話した。マホの母親が出た。が、またもや話が釈然としない。だいぶ動揺している様子だった。とにかくマホのアパートに伺う約束をし、向かった。
マホのアパートには何度か遊びに行っていたので場所は知っていた。タクシーを捕まえれば30分ほどで着く距離だった。
(早まった事をしてなければいいが・・・。でも、どうして・・・?・・・もしかして・・・。まさか・・・?)
キョウコの頭の中はタクシーに揺られながら、マホの母親の動揺が、感染したかのようにゆらゆらと同じ思考を堂々巡りした。あの時、久々に再会したマホの表情にはどことなく違和感があった。何がどうと説明はできないのだが、なんとなく、いつものマホではないような気がしていた。小さな引っ掛かり、最後に見せた寂しそうな瞳は、今もはっきりと思い出せる。
そうこうしているうち、タクシーは、オレンジ色の屋根にアイボリー壁。プロヴァンス風のキレイなアパートに到着した。
マホの部屋は2階だが、入り口玄関は1階部分にあり最近流行の洒落た造りになっている。階段を上がると広いオープンキッチンとリビング。女の子の部屋の割には少し殺風景で家具らしいものがあまりない、清潔感のある部屋だったことを覚えている。確か白を基調としたテーブルとソファ、テレビとテレビ台、その横にちょっとした観葉植物。ぬいぐるみや写真立ての類は、掃除の時に邪魔になるからという理由で、置かないらしい。『その代わり寝室はすごいごちゃごちゃなの』と照れながら話していたのをキョウコは懐かしく想う。
チャイムを押すと、なにかが上の方からのっそり、のっそり、降りてくる気配がする。近づいて来るにつれ、人が階段をゆっくりと慎重に二段飛ばしで降りてくる音だと気づく。そんな足音がドアの近くまでやってくると・・・・
しばらくの間が空いて。ゆっくりと音もなくドアが開かれ、マホの母親が顔を出した。
母親は、一人暮らしのマホの様子がおかしいと思い、彼女のアパートを訪ねたが、鍵はかけられておらず、部屋の明かりも煌々と付けられたまま、携帯も持たず、行方がわからない。携帯の履歴からキョウコの連絡先を知り、電話したという。
「ごめんなさいね。急にお呼びたてして。ほんと、どうしていいか分からなくて」
「いえ。私も心配ですから。それより警察を呼んだほうがいいのかとか言ってましたけど・・・」
「ええ、そうなの。あの娘、どうしちゃったのかしら。ちょっと前まではこんな事する子じゃなかったのに・・・。部屋もひどいのよ」
「・・・部屋・・・?」
「そう・・・、ほんと恥ずかしいんだけど、ひどいのよ。2階に上がるのも大変・・・」
そう言いながら、ドアを開けたとたんに、異臭がキョウコの体を襲った。
ドアの向こう側は確かに2階に続く階段のはず。が、今、目の前あるのは通路に積み上げられたゴミの山にしか見えなかった。