除霊
啓介は勢いよく跳ね起きた。
全身汗をかいて、息苦しく、激しい動悸で心臓が張り裂けそうだ。一瞬、自分が何処に居るのかわからない。ばたついて、手に触れた物にしがみついた。
真帆と意識が繋がっていたため、危うく溺れかけたのだ。
呼吸を整えるるためゆっくり肩で息を吸い込み、深呼吸した。
もう一度。
汗を拭い、理解する。
事務所のソファ。薄暗く古い見慣れた天井。
ここは、自分の、霧島 啓介の探偵事務所・・・。
自分はまだ、生きている・・・。
洗面台に立ち、顔を何度も洗う啓介。
そしてそのまま、鏡に映る自分の顔を見た。
鏡の自分の目に焦点を合わせると、ふと、啓介はまた、あの悪い考えが頭を過ぎる。
はたしてここは、自分の世界なのだろうか?と・・・。
もしかしたら、まだ誰かの記憶をビジョンとして見ているのではないだろか。
鏡に映るこの顔もまた、誰かの記憶だとしたら?・・・。
向こうの世界と現実の世界を区別などできない。啓介はそう考えていた。
向こう側の人間にとってみれば、向こう側が疑いようのない現実だ。
啓介はソファに座り直し、タバコに手を伸ばした。
(やっぱり・・・だめか・・・)
時計を見ると、針は午前2時を少し過ぎた頃だった。窓の外はすっかり暗くなり、静かすぎるほど何も聞こえて来なかった。
窓を開けて、澱んだ空気を外へ逃がすと、何処かで耳鳴りように煩わしく虫が鳴いている。
タバコの煙を吐きながら、深いため息。
清水 真帆の除霊に失敗するのは二回目だった。
黒電話に目をやる。
(・・・)
この部屋に彼女の気配はないが、おそらくまだ遠くへは行っていないだろう。黒電話の向こう側に彼女がヒモ付いているのが感覚的に分かる。
彼女の強い執着は、彼女からの依頼を果たさなければ、解放することはできないだろう。
重々啓介も承知している。
『キョウコさんを助けてほしい・・・』
そう頼まれたのだ・・・。
しかし、啓介にとって『キョウコ』の特定は至極困難なことだった。
真帆の記憶からは、その『キョウコ』に関する記憶が、なぜかすっぽりと抜け落ちているのだ。ただただ『キョウコ』という女性が真帆にとってかけがえのない存在であるようなあやふやな感情と、その名を思い出す度、彼女を助けねばならないという焦燥感があるだけだった。
(一体、『キョウコ』とは、誰なのだろう・・・)
あの部屋に居た二人の執着は簡単に解く事ができた。なぜなら、三人目の入居者は二人目の入居者を見つけて欲しいと言うもので、二人目は、最初の入居者。つまり清水真帆を探して欲しいと言われたからだ。
人が死ぬと、なんらかの形でその痕跡が物や場所に残留する。未練、無念、残念する魂。
その言葉を聞き、応えてやる。そこで永遠的に個に固執しようとする思考リピートを無意味だと気付かせ、個を全る作業。
どこにでも居、どこにも居ない存在にする。
それが啓介の『除霊』のやり方なのだけれども・・・