雑音
「無線技師達の間では有名な話です。有線や無線放送で使われる周波数帯域って言うのがありますよね。無線や携帯、各放送局で決められた帯域ごとに、通信しなければいけないという・・・いわゆる放送法というヤツでして・・・。実は、その周波数帯のなかで、絶対使ってはいけない周波数帯が、あるんです」
啓介はパンをかじり、ソファにもたれ掛かる。
「まだこの国では電信法という、有線放送しか規定されてない昭和20年代頃の話です。無線通信回線として需要が高まるにつれ、ラジオや船舶などの無線通信の混信を防ぐため、その筋の学者を呼び、調査、実験後、法で整備をしようと国が考えたわけです」
「まあ、あの頃から、国の法律改編が大幅になされたから・・・」
「・・・ええ。その調査員として選ばれた学者の一人が、ある研究論文を発表し、問題になったんです」
「・・・?」
「それは、『人の魂が宿っている周波数帯域が存在する』という内容の論文でした。その論文の中で、空中にさまよう霊魂が、雑音となり、ある特定の周波数で、霊との通信を可能にできる。そして、その通信雑音を『ゴーストノイズ』=魂の声だと定義しているんです」
「うそ、初耳だわ」
「もちろん突拍子もないものでしたから・・・。その学説は学会から一蹴され、調査委員会からも除名、迫害を被ることになる。そしてその数年後、ある事件が起こり、国はその帯域の通信を禁止した。当時その件について口を開く者は誰もいなかった。緘口令がひかれたんでしょう。現在の放送法でも、その周波数帯域は使ってはならない帯域として指定されています。ですからその真偽は謎のまま・・・。『ゴーストノイズ』という話は、その業界の、一部の人間の間で代々、真しやかに囁かれている噂でなんす」
高峰は、自分の記憶する知識を総動員し、そんな非現実的な学説が、本当に通用するのだろうか考えを巡らし始めた。
「ちょっと信じられない話だけど・・・」
「僕も信じてなかったんですが、彼女のようなハッキリした形で聞こえるのは希でしょう。僕も初めてですよ。こんなにはっきりしたものは・・・」
そう言いながら啓介は、電話の受話器を取り上げて高峰に向ける。
高峰は受話器を受け取り、耳を近づけると、
「ゴポッ・・・。・・・ご、・・・ザーッ・・・ごめんなさい・・・高峰・・・ん。コポ・・・コポン」
「ひっ!・・・あ、あなた、私たちの事、分かるの?」
「ゴボゴボッ・・・」
「『わかります』って言ってます。電話本来の帯域のノイズと、清水さん、大量の水を飲んで水死に近い状況で亡くなったせいで、聞き取りにくいんですが・・・。普通に彼女とやり取りできるんですよ。
高峰の顔はみるみる青くなり、苦虫を噛んだような渋い顔になった。
自分の両腕を擦りながら、黒電話から距離をおきたいためか、窓際に立つ高峰。
平常心を取戻そうと、大きく息を吸う。霧島をチラ見すると、大きなため息に代わった。
「で、どうするの?彼女。そもそも、立石さんに憑いていたんじゃなかった?・・・清水さん・・・。なんで、霧島君んとこの電話に、取憑いちゃうのわけ?」
「・・・」
啓介は、ソファにもたれたまま、黙っている。
「・・・霧島君?・・・?」
「・・・、・・・ぐう・・・」
「寝てんのか!」