歩調
翌日。
高峰は、自室のベッドで目を覚ました。
夢を見ていたように思えるが、どんな夢だったのか思い出せない。
時計を見ると7時を少し過ぎたところだ。携帯のアラームよりも早く目覚めるのは珍しい。
アラームを解除する。と、メールが、一件受信されている。
啓介からだった。04:22という受信時刻を理解するのに、数秒かかった。
(ずいぶんとまあ、早い・・・。・・・いや、一晩中起きてたのかしら・・・?)
『完了。もう大丈夫だと立石さんに言ってください。鍵はポストの中に入れときます』
啓介らしい文章だった。高峰は横になったまま少し安堵した。
始発で帰宅し、今頃は爆睡している頃だろうと想像できる。まだ寝かせてあげないと可哀想だなと思いながら、出社の準備にとりかかった。
昼過ぎに、立石に電話で報告し、その日は直帰する希望を雑誌社に提出した。
どの道、午後からネタ集めで啓介から情報を仕入れないとならない。
高峰はKz探偵事務所へと向かった。彼のことだから、まだ事務所のソファでイビキをかいている事だろう。
最寄の駅に着いた頃には、既に午後3時を回っていた。
高峰は啓介の携帯に無駄だと思いつつ、電話する。
「オカケニナッタバンゴウハ・・・」
やはり電源を切っている。いつもそうだ。彼の携帯が繋がった例がない。
電話帳機能から、事務所の固定電話の番号に掛けてみる。
どうせまた居留守を使っている事だから、ちょっとやそっとじゃ起きないだろう。そう高峰は覚悟の上で、事務所に向かう道中、歩調と共にコール数を数え始めた。
・・・1回、・・・2回、・・・3回。
「・・・はい・・・」
驚いたことに、3コールで繋がった。
そして、もっと驚いたことに、相手の声は女性だった。
聞き憶えのない声の主が、電話の向こう側に立っている。思わず歩みを止める高峰。
「あ、あの。Kz探偵事務所ですか?」
「・・・いいえ。違います。・・・」
プツリ・・・。
非情にも一方的に通話を切られた。
(はあ?)
いつも掛けている携帯に登録されている番号だから、掛け間違えたはずはない。そう高峰は心の中で確認した。
意味が分からない。もう一度掛けてみる。
3コールした後、チン・・・。という黒電話独特のベルの余韻で、相手が出たことが判る。
しばらくの沈黙。
「・・・もしもし?・・・。霧島君?・・・」
「ゴボッ、ゴボゴボゴボゴボ・・・」
プツリ・・・。プー・・・。プー・・・。
背筋から悪寒が走った。尋常じゃない。
電話機ごと水の中に投げ込まれたような、そんな音だ。
悪い予感が高峰の足元から這い上がってくる。そんな感覚を覚え、足早に歩みを進めた。
(霧島君、大丈夫なのかしら)
とにかく早く事務所に行って、啓介の安否を確認したい。
そう考えるうち、高峰の歩調は早くなった。