探偵
「そう・・・。だから僕のところに・・・」
「はい。あの・・・」
「いえ、何も答えなくても大丈夫です。僕は、こう見えても感受性が強いほうでしてね。あなたのおっしゃりたい事は口にする前に、僕には伝わってくるんですよ。そうですね、例えば・・・そう、赤外線ヒーター・・・」
「・・・・・・?」
そう言いながら男は、自分のコーヒーカップを持ちながら立ち上がり、サーバーのコーヒーを自分で注ぎ足し、彼女に背を向けたままコーヒーをすする。来客にはお茶を出す気はないらしい。サーバーを元の位置に置いた。
「あれは、電気の流れに抵抗を加える事で熱を発生させる。そしてその熱はエネルギーとなり、周囲の空気に影響を与える。平たく言えば僕達人間も同じなんです。けれど、ヒーターのような機械ほど単純にはできていない。生命活動に伴う微弱な電流や体温は、その人個人の生命力や精神状態によって千差万別です。体の外へ放出される波長しかり・・・。それをうまく受信するのは至極困難なことなんですが・・・。う~ん、なんて言えばいいのかな・・・。・・・そう、サーモグラフ。霊能力者の中には、あれに近いカタチで人からのオーラを感じ取る事ができると聞きます。が、僕の場合はまたちょっと違うんですね、むしろ・・・」
「・・・はい・・・・・・・・・・・・・?」
・・・
「・・・あ、すいません・・・。話がそれてしまいましたね」
「はい・・・。あ、いえ・・・」
古い雑居ビルの3階一室。看板も何も掲げられていない事務所(1階入り口の郵便受に読みづらい字で、Kz探偵事務所とだけ書かれているが・・・)
室内は、どこを見渡しても整理整頓には縁遠く、雑然としている。薄暗く、ホコリとカビの臭いがする。机の上は、何かの資料なのか、新聞や雑誌、ノートやコピー用紙の山ができ上がり、いつ雪崩が起きても不思議ではない。あそこで仕事をすることはできなそうだ。
一応、お情け程度の応接用ソファとテーブルはある。が、向かいの探偵と名乗る男の座るソファには、枕と毛布が隅に追いやられている。ここで暮らしているのだろうかと一瞬頭をよぎる。
男は再び元いたソファに座りなおし、
「実はあなた。あなたが僕を探して訪ねて来られたと思っておられるかもしれませんが、僕があなたを探し出してお招きしたんです。ある人の依頼で。ああ、すいません、こんなむさ苦しい事務所で」
そう言って目の前を横切る小さな虫を手で握り捕まえる。足早に窓際に立ち去ってゆくと、握った手だけを外に出してブラブラ払う。
「いやー、ずいぶん手間取りました。調査する内容が多くて・・・」