出発
土曜日。休日。
予定が未定のまま、否応なしに考えてしまうこの日を、ついに迎えてしまったことが恨めしい。
目を開けるとキョウコは自分の部屋のベッドに横になっていた。
頭の回転が鈍い。体も重く、起き上がる事ができない。
時計を見るともう9時を過ぎようとしていた。カーテンからこぼれる外の光が、いつもならすがすがしく感じられるはずなのだが、今のキョウコにとっては恨めしく思わせた。
仕事は火曜日からいつも通り出勤し、金曜日まで何事もなくこなせた。
いや、こなしているふりをしていただけのような気がする。周りの同僚からは、疲れ果てた顔をいくら化粧で隠しても、漠然とした違和感は隠しきれなかっただろう。自分ですら、何のどんな仕事の処理をしたのかさえ思い出せないほどだ。
あの録音を聞いた時から、キョウコは全ての連絡手段の電源をオフにした。携帯、パソコン、それに繋がっているモデム。ケーブルも引っこ抜き、外部からの情報が一切入らないようにしたかった。テレビも一切つけないようにして過ごした。
マホのお母さんが、連絡取れずに心配しているだろう事も、キョウコは感じていた。あの日、急に挙動不信に帰ってしまってから、音信不通なのだから無理もない。それに対しての応えも、キョウコにとってはストレスになった。
何も考えたくなかった。
考えるという選択をキョウコは破棄した。自分の中の常識や今まで信じてきた世界を、守りづづけたいと必死に抵抗した。
そしてその抵抗に疲れた自分が今、ベッドの上に横たわっている。
(一体自分は何をやっているのだろう・・・。どうしたらいいのだろう・・・)
向き合わなければならない事は解っていた。先延ばしにし、自分の知らないどこかで、問題が解決したところで、キョウコ自信が納得しない限り、この状況はずっと平行線のままなのだ。
自分の手の中にいる猫が死んでいるのか、生きているのか・・・
キョウコはずっと手の平を開ける事を恐れている。
(とにかく起きよう。それから・・・)
キョウコは重い体をゆっくりと起こし、深く息を吸い込む。
身支度を整え、旅行バッグを引っ張りだし、とりあえずの着替えや洗面用具、化粧品を押し込んだ。
財布の中身から、久しぶりに見る免許証を確認した。証明写真の自分がまるで別人のようだ。
最後に、自分の部屋を見渡した。部屋はずっと片付けていないせいで荒れ放題だ。
(マホの部屋を笑えないな・・・)
そう思いながら、部屋を後にした。